人民革命政府 (グレナダ)
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| グレナダ | |||||
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| Grenada | |||||
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国歌:Hail Grenada グレナダ万歳 | |||||
| 公用語 | 英語 | ||||
| 首都 | セントジョージズ | ||||
| 君主 | |||||
| 1979年 - 1983年 | エリザベス2世 | ||||
| 総督 | |||||
| 1979年 - 1983年 | ポール・スクーン | ||||
| 首相 | |||||
| 1979年 - 1983年 | モーリス・ビショップ | ||||
| 1983年10月14日 - 19日 | バーナード・コアード | ||||
| 1983年10月19日 - 25日 | ハドソン・オースティン | ||||
| 変遷 | |||||
| 革命 | 1979年3月13日 | ||||
| グレナダ侵攻 | 1983年10月25日 ‐ 29日 | ||||
| 通貨 | 東カリブ・ドル | ||||
| 現在 |
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人民革命政府(じんみんかくめいせいふ、英語: People's Revolutionary Government、PRG)は、かつてグレナダに存在した、革命によって樹立された社会主義政府である。
解説
[編集]1979年に、マルクス・レーニン主義を掲げるニュー・ジュエル運動は、グレナダ政府を革命によって打倒し、グレナダをイギリス連邦唯一の社会主義国にした後、人民革命政府樹立を宣言した。グレナダではこの革命を1979年3月13日革命[1]、又は単に革命と呼んでいる。1983年にアメリカ合衆国はグレナダ侵攻を行い、停止されていた憲法を復活させ、政府要人も裁判で有罪判決を受けたことで、PRGは廃止された。
歴史
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脚注
[編集]参考文献
[編集]- Scoon, P. (2003). Survival for service for service: My Experiences as Governor General of Grenada. MacMillan.