中山恒明

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中山 恒明(なかやま こうめい、1910年9月25日 - 2005年6月20日)は、日本外科医、外科医学者。

食道外科で独自の手術法を確立したことで知られる。

経歴[編集]

山梨県白州町医師中村進の長男として生まれる。東京出身。新潟高等学校卒。1934年千葉医科大学卒。1936年、同助手。1938年医学博士1947年、千葉医科大学教授、のち組織改編により千葉大学医学部教授。1964年、国際外科学会の「世紀の外科医賞」を受賞。1965年東京女子医科大学客員教授。同大に消化器病センターを設立。同年中山癌研究所を創設。日本消化器外科学会会長、国際外科学会会長。1991年、がん医学の中山恒明賞を創設。

人物[編集]

自身の乳がんを助手とともに手術し、翌日には出勤している[1]

長谷川町子のがんの手術(家族の要望により本人には告知せず)の際には、家族に力強く快癒を約束し、名医は患者を安心させる対人能力にも長けていると長谷川の妹の洋子(心理学専門家)を感心させている。また手術7日後の長谷川町子に病床での執筆再開を促し、家族が町子にもう連載はやめようと言うと、執筆したい町子の求めに「(家族を)呼んでらっしゃい!洗脳してあげる。」と応じ、中山に説得された家族は渋々執筆道具を病床に届けている[2]

教授就任の背景[編集]

昭和22年、1947年、36歳で第二外科教授となった。千葉医大生え抜きとして初めての教授就任であった。千葉医大はその前身の千葉医専の時代から、典型的な東大医学部の植民地であった。主任教授はすべて東大医学部出身者で占められていた[要出典]

著書[編集]

  • 『動脈性衝撃注射療法』協同医書出版社 1948
  • 『容易且安全なる頸動脈毬剔出手術手技』日本医書出版 図解手術叢書 1948
  • 『頸動脈毬(腺)』学術書院 1949
  • 『最も容易にして且安全な胃切除術々式』日本医書出版 図解手術叢書 1948
  • 『外科医になる道』医学書院 1953
  • 『消化器外科手術』第1-3巻 金原出版 1954-56
  • 『アイソトープによる癌の早期診断』中外医学社 1956
  • 『癌 日本人の幸福のために』東都書房 1958
  • 『患者の顔医者の顔 随筆』コスモポリタン出版社, 1959
  • 『臨床外科鑑別診断』金原出版 1960
  • 『手術のこつとその解剖要点 外科用解剖』中外医学社, 1961
  • 『胃がんと食道がん』1963 主婦の友新書
  • 『外科医への道』金原出版, 1963
  • 『ガンは治る 知識をもってガンと戦え』内田老鶴圃新社, 1964
  • 『ガンはこわくない 診断から治療までの40題』サンケイ新聞出版局, 1965
  • 『癌を治す』潮出版社 1979

共著[編集]

  • 『注射の仕方』北村太郎共著 医学書院 ナーセス・ライブラリ 1951
  • 『医学の夜明け 心の対話』榊原仟 日本ソノ書房, 1969
  • 『食道疾患図譜』編集 医学書院, 1973
  • 『医学の挑戦』吉田富三共著 学生社 科学随筆文庫 1978
  • 『胃の手術 1 (胃切除B[Ⅰ])』木下祐宏共著 医学図書出版 最新図解手術叢書 1980
  • 『糖尿病とともに90歳 外科医中山恒明が語るすこやかライフ』大森安恵,渡邉まゆみ編著 プラネット 1999

脚注[編集]

  1. ^ 『サザエさんうちあげ話・似たもの一家』p.96
  2. ^ 『サザエさんうちあげ話・似たもの一家』pp.96-97

参考[編集]

  • 日本人名大事典:[1]
  • [2]
  • 『サザエさんの東京物語』長谷川洋子. 朝日出版社, 2008.4.
  • サザエさんうちあけ話』長谷川町子. 姉妹社, 1979. 朝日新聞社, 2001.
  • 『神と人間の間 ガンをねじ伏せた中山恒明』高村暢児. 講談社, 1976.