中北浩仁

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中北 浩仁
生誕 (1963-09-28) 1963年9月28日(55歳)
香川県高松市
現役期間 年 – 現在

中北 浩仁(なかきた こうじん、1963年9月28日 - )は、香川県高松市出身のアイスホッケー選手、指導者。

来歴[編集]

高松市立四番丁小学校高松市立紫雲中学校を経てアソール・マレー・ノートルダム英語版カナダサスカチュワン州・ノートルダム高等学校)へ留学し、アメリカ合衆国ノース・ダコタ大学英語版卒業[1]

6歳からアイスホッケーを始め、中学校時代は夏休みを利用して、カナダのホッケースクールに通っていた。中学卒業後、本格的にNHLの選手になることを目指してカナダの高校に留学。アメリカ合衆国ノース・ダコタ大学英語版進学後は全米大学体育協会(NCAA)リーグ戦でプレーしていたが[2]、大学4年生の時、右膝の靭帯断裂により現役を引退した[3]

大学卒業後に日本へ帰国し、日立製作所に入社。日立では完全にアイスホッケーから離れて社業に専心していたが、2002年にアイスホッケーの経験を買われてアイススレッジホッケー日本代表監督に就任[1][4]

2006年トリノパラリンピックで5位。2010年バンクーバーパラリンピックでは準決勝で強豪の地元・カナダを破り決勝に進出。決勝では世界ランク1位のアメリカに敗れたが、チームを銀メダル獲得に導いた[1][4]

ビジネスマンとしては2017年5月より日立製作所の海外法人である日立アジア社及び日立インド社の両社において取締役会長を務めている[5]

脚注[編集]

  1. ^ a b c “アイススレッジホッケー日本代表監督 中北浩仁氏講演会” (日本語) (PDF) (プレスリリース), 高松市役所, https://www.city.takamatsu.kagawa.jp/file/13606_L14_638_L27_tirasi.pdf 2017年2月12日閲覧。 
  2. ^ “トリノ冬季パラリンピック トリノに競う(中)意識の変化 枠を乗り越え指導”. 信濃毎日新聞社. (2006年3月2日). http://info.shinmai.co.jp/2006paralympic/2006/03/02_000755.html 2018年2月12日閲覧。 
  3. ^ “メダルに挑戦/ISホッケー日本・中北監督(高松市出身)”. 四国新聞ニュース. 四国新聞社. (2010年3月19日). http://www.shikoku-np.co.jp/sports/local/article.aspx?id=20100319000114 2018年2月12日閲覧。 
  4. ^ a b “スポーツチャレンジ賞 PERSON 第3回受賞者のご紹介 奨励賞 中北浩仁” (日本語) (HTML) (プレスリリース), ヤマハ発動機スポーツ振興財団, http://www.ymfs.jp/project/culture/prize/backstories/person/03/nakakita 2017年2月12日閲覧。 
  5. ^ “人事異動について” (日本語) (PDF) (プレスリリース), 日立製作所, (2017年4月27日), http://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2017/04/0427a.pdf 2017年2月12日閲覧。 

関連項目[編集]