ヴィクトル・ノヴァーチェク

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
ヴィクトル・ノヴァーチェク
Nováček Quartet.jpg
ノヴァーチェク四重奏団
基本情報
生誕 1875年????
出身地  チェコ ティミショアラ
死没 (1914-03-03) 1914年3月3日(39歳没)
ジャンル クラシック音楽
職業 ヴァイオリニスト
担当楽器 ヴァイオリン

ヴィクトル・ノヴァーチェクチェコ語: Victor Nováček1875年 - 1914年3月3日)は、チェコヴァイオリニスト、教育者。

生涯[編集]

末息子としてティミショアラに生まれる。父のマルティンホラジュジョヴィツェ英語版の出身で、プラハのオルガン学校で学んだ後ティミショアラに居を構え、同市で正教会の合唱指揮者、フィルハーモニック協会の指揮者、音楽学校の校長を務めた人物である。兄弟のルドルフオトカルカレルも音楽家になっており、家庭で音楽教育を受けたヴィクトルは一家の四重奏に加わった。1888年12月3日、13歳だった彼はこの四重奏団で第15回のフィルハーモニック・マチネに出演し、ハイドン弦楽四重奏曲第11番 作品2-5、ベドルジハ・スメタナピアノ三重奏曲 作品15そしてメンデルスゾーン弦楽五重奏曲第2番 作品87を演奏した。翌年には管弦楽と共演してパガニーニヴァイオリン協奏曲第1番を演奏している。

プラハ音楽院ライプツィヒ音楽院で研鑽を積み、同校のヴァイオリンの試験ではロベルト・シューマン賞を獲得している。また、ベルリンでは一時ヨーゼフ・ヨアヒムに師事していた。

故郷のティミショアラでヴァイオリンの音楽解釈講座を開こうとしていたところでヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団コンサートマスターとして招聘を受け、計画を断念することになった。ヘルシンキ音楽院ではヴァイオリンの教授に就任している。1904年2月8日、彼はシベリウスヴァイオリン協奏曲を作曲者自身の指揮により初演する栄誉に浴した。

1914年3月3日、ヘルシンキに没している。

参考文献[編集]

  • Franz Metz: Die Kirchenmusik in Südosteuropa: historische und typologische Studien zur Musikgeschichte südeuropäischer Regionen. H. Schneider, 2003.
  • Československý hudební slovník osob a institucí II. (M–Ž), 1965, Státní hudební vydavatelství, Praha

外部リンク[編集]

脚注[編集]