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レオン (ブルターニュ)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
レオンの旗

レオンまたはペイ・ド・レオン (Léon 、Pays de Léon、Léonais[1]ブルトン語:bro Leon)は、フランスブルターニュの地方。レオン司教区に相当するかつての伯領であった。古い名をLoonoisといった[2]。一時はレオン子爵やレオン領主が治めたがその後分割された。レオンには男爵領、代官区が含まれ、徴税の行われる管区でもあった。

東側の境界はモルレー川、南側はアレ山地のふもと、コルヌアイユとの境界はエロルン川である。モルレーの町はモルレー川左岸にあり、右岸はトレゴール地方となる。

中世にはレオン司教が当時率いるレオン子爵領の他、1185年にブルターニュ公ジョフロワ2世が設置したブルターニュ三部会(fr)に出席する7つの男爵領の1つがレオンであった。地方の政権をレオン司教伯が握っていたとき、男爵領をたやすく手中に収めたのはロアン家で、14世紀に彼らはレオン子爵領の相続人となった。そしてロアン家はペイ・ド・ヴァンヌテにおいてもロアン男爵領を所有していた。ロアン家は、ブルターニュ女公アンヌ・ド・ブルターニュがフランス王シャルル8世と1491年に結婚したことによって、アンヌがブルターニュ公国の宗主権を失ったとみなし、1491年以降レオン公(prince du Léon)の称号を名乗るようになった(レオンが正式に公爵領であったことはない)。現在でもレオン公の称号は儀礼称号として残っており、現ロアン公爵ジョスラン・ド・ロアン(fr、元ブルターニュ地域圏知事でもある政治家)の長男アラン・ド・ロアンがレオン公を名乗っている。

レオン住民は隣接するトレゴール住民やコルヌアイユの住民に対して、伝統的に強い競争心をもっており、『三者とも同じフィニステール県人であるが、レオン住民はコルヌアイユ住民ではないし、トレゴール住民と混同してはならない。』という格言があるほどである[3]。レオン住民は非常に宗教心が篤く、保守的で、ビジネスに長けており、宗教心がレオン住民より浅く、良い暮らしを求めるその隣人たちとは異なる。現代の政治では、レオン住民は伝統的に右派に投票する傾向にあるが、トレゴールやコルヌアイユはより左派寄りである[4]

レオンの主要コミューン

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脚注

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  1. Voir par exemple fr:Jean-Baptiste Ogée, "Dictionnaire historique et géographique de la province de Bretagne" en 4 volumes, Nantes, 1778-1780.
    La version originale, numérisée en 2010 par l’Université d’Ottawa, est archivée et disponible librement en ligne : volume 1, volume 2, volume 3, volume 4 (archive.org), ou la nouvelle édition revue et augmentée en 1843 par A. Marteville et P. Varin (Google Books)
  2. J. Bédier, Le roman de Tristan et Iseut, I, p. 2, Art H. Piazza, Paris, 1946. (Les références médiévistes sont innombrables, celle-ci n'en est que la plus célèbre.)
  3. Mikaela Kerdraon, Xavier Grall, page 31, éditions An Here, Ar Releg-Kerhuon, 2001, ISBN 2-86843-215-8.
  4. Identité mentale des Léonards : Dictionnaire d’histoire de Bretagne, page 444, ouvrage collectif, Skol Vreizh, Morlaix, 2008, (ISBN 978-2-915623-45-1).