ラファエル・カレーラ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
ラファエル・カレーラ

ラファエル・カレーラ(José Rafael Carrera Turcios,1814年10月24日 - 1865年4月14日)は、グアテマラの政治家、軍人。保守派のメスティーソカウディージョでグアテマラの初代大統領に就任後、独裁政治をおこなった。

グアテマラ市の貧困地区で生まれ、正式な教育を受けることはなく軍隊に入り1829年に除隊後、季節労働者となる。当時のグアテマラは中米連邦に加わりマリアーノ・ガルベス政権はグアテマラ大司教の追放や教会財産の没収など自由主義的な政策を行い、1834年に首都も保守主義派の牙城だったグアテマラ市から自由主義派の牙城だったサンサルバドルに遷都していた。1837年にコレラが流行すると、保守主義者はコレラが自由主義者による陰謀だという噂を流し、これを扇動した司祭たちがインディオやメスティーソを動員した大衆蜂起にカレーラも加わりすぐに指導的地位に就く。この反乱は教会、保守派、農民の支持され自由主義派と戦い1838年に勝利した。

1839年に独立国となったグアテマラを完全に支配し強力な保守統治を行った。しかし、1947年に起きた洪水を契機とする反乱で翌年、辞任しメキシコに亡命するが教会と地主の要望で帰国し内戦を経て1854年には終身大統領に就任。

教会は植民地時代の特権を回復し、教義に沿った公教育が行われた。政治経済では、大土地所有者に有利な経済基盤整備に加担しインディヘナに対しては人頭税を廃止したが、着任当初、共有地の返還と保護を部分的に進めたものの保護制度は確立せず、彼自身も次第に白人エリート的生活様式に同化し、結局クリオージョ支配に準じた政治体制に回帰した結果になった。国外では、1953年と1954にエル・サルバドルとホンジュラスの自由主義政府を転覆させ保守主義体制を確立させ、1856年のウィリアム・ウォーカーとの戦争の際には他国と同調してグアテマラを中米連合軍の一員に加えた。

1865年に病死し以後、グアテマラでの保守派の支配が終焉にむかった。

外部リンク[編集]