ヨハン・ショーベルト

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ヨハン・ショーベルト(Johann Schobert、? - 1767年8月28日)は、ドイツ出身のフランス作曲家クラヴサン奏者。レオポルト・モーツァルトからは疎ましがられたが、モーツァルト少年にフランス風のロココ趣味を植え付けた張本人として重要な人物である。

ショーベルトの生地については確かなことがわかっていない。フリードリヒ・メルキオール・フォン・グリム男爵が示唆したところによると、恐らくシュレージエンの出身だが、あるいはクリスティアン・シューベルトが言うようにニュルンベルクの出身かもしれない。生年もまた不確かで、1720年ごろ、1735年ごろ、1740年ごろと様々な説が出されている。

1760年パリに行き、コンティ公ルイ・フランソワ1世に仕える。鍵盤楽器のためのソナタ集をいくつか作曲しているが、そのほとんどは、一つ以上のオブリガート楽器が副えられている。ほかにチェンバロ協奏曲交響曲オペラ・コミックLe Garde-Chasse et le Braconnier (狩猟監視官と密猟者)》がある。少年時代のモーツァルトはショーベルトのソナタの楽章を研究して自作(ヴァイオリンとクラヴィーアのためのソナタK.6~9)に反映させ、クラヴィーア協奏曲第2番の第2楽章として「クラヴィーアとヴァイオリンのためのソナタ」作品17-2を編曲して用いた。

ショーベルトは美食家であり、1767年の夏に、毒キノコ食用キノコと誤って家族とともに摂り、亡くなったという。

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