ユルク・シェフトライン

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ユルク・シェフトライン(Jürg Schaeftlein, 1929年5月15日 - 1986年2月15日)は、オーストリア出身のオーボエ奏者[1]

グラーツの生まれ。幼時から姉(後にブロックフレーテ奏者)と共にブロックフレーテを始め、その後オーボエをまなぶ。ウィーン交響楽団に在籍していたが、1952年にクルト・ヴェスの要請で来日し、ヴェス在任中のNHK交響楽団の客員オーボエ奏者を務めた。また日本滞在中は、東京芸術大学でも教鞭をとった[2]。帰国後はウィーン交響楽団に復帰し、1958年から首席オーボエ奏者。傍ら古楽器ピリオド楽器)の演奏でも活動し、1961年にウィーン・コンツェントゥス・ムジクスに首席オーボエ奏者として参加し、没年までその任に当たった[3]。1970年からはウィーン国立音楽大学でも後進の指導に当たっていた。

ウィーンにて没。

脚注[編集]

  1. ^ [1]
  2. ^ シェフトライン自身はツーレーガー製のウィンナ・オーボエを好んで用いたが、学生には一般的なオーボエでの演奏法を教えた。(“A History of oboe playing in Japan”. The Double Reed (International Double Reed Society) 27: 120. (2004). )
  3. ^ Paul R. Laird (2004) (英語). The Baroque Cello Revival: An Oral History. Scarecrow Press, Inc.. p. 97. ISBN 9780810851535