ユホ・スニラ

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ユホ・スニラ
Juho Sunila
JuhoSunila.jpg
生年月日 (1875-08-16) 1875年8月16日
出生地 フィンランド大公国の旗 フィンランド大公国
オウル州 リミンカ
没年月日 (1936-10-02) 1936年10月2日(61歳没)
死没地  フィンランド
ウーシマー州 ヘルシンキ
所属政党 農民同盟

在任期間 1927年12月17日 - 1928年12月22日
大統領 ラウリ・クリスティアン・レランデル

在任期間 1931年3月21日 - 1932年12月14日
大統領 ペール・スヴィンヒュー
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ヨハン(ユホ)・エミール・スニラフィンランド語: Johan(Juho) Emil Sunila1875年8月16日 - 1936年10月2日)は、フィンランドの政治家。農民同盟(現在の中央党)所属。農民経済委員会の専務理事で、首相を2期務めた[1]

生涯[編集]

リミンカ出身。1922年に国会議員を引退したサンテリ・アルキオの後継として、キュオスティ・カッリオに次ぐ1920年代の農民党ナンバーツーとなった。農民層が基盤のヴィープリ県知事とラウリ・クリスティアン・レランデル大統領の協力で、地方の広範な向上より農業効率の向上に重点を置いた。

第一次内閣は1927年12月から1928年12月まで、第二次内閣は1931年3月から1932年12月までで、カッリオ内閣とアンティ・トゥレンヘイモ内閣では農務相を務めた[2]。1936年10月2日、首都ヘルシンキにて死去。

脚注[編集]

  1. ^ Ministerikortisto”. Valtioneuvosto. 2011年2月17日閲覧。[リンク切れ]
  2. ^ Edustajamatrikkeli”. Eduskunta. 2011年2月17日閲覧。
公職
先代:
ヴァイノ・タナー
フィンランドの首相
1927年 – 1928年
次代:
オスカリ・マンテレ
先代:
パーヴォ・ヴィルックネン
フィンランドの国会議長
1930年
次代:
キュオスティ・カッリオ
先代:
ペール・スヴィンフヴュー
フィンランドの首相
1931年 – 1932年
次代:
トイヴォ・ミカエル・キヴィマキ