ミハイル・ロシチン

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ミハイル・ロシチン
誕生 Михаил Михайлович Гибельман
(1933-02-10) 1933年2月10日
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦カザン
死没 (2010-10-01) 2010年10月1日(77歳没)
ロシアの旗 ロシアモスクワ
職業 小説家劇作家脚本家
活動期間 1952年 - 2010年
ジャンル 小説演劇
主な受賞歴 スタニスラフスキー賞
子供 4人
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ミハイル・ミハイロヴィッチ・ロシチンロシア語:Михаи́л Миха́йлович Ро́щинラテン文字表記:Mikhail Mikhailovich Roshchin1933年2月10日 - 2010年10月1日)は、ロシアカザン出身の小説家劇作家本名ジーベルマンГибельма́н)。

生涯[編集]

1933年2月10日、ソ連のカザンに、ミハイル・ナウモヴィッチ・ジーベルマン、クラウディアの元に生まれる。幼少期はセヴァストポリで過ごしたが[1]第二次世界大戦時にはモスクワに引っ越した。

学校に行った後、鉱山で働くと同時に夜間にレーニン教育学研究所で授業を受けた。1952年、モスクワの日刊紙[2]。『モスコフスキー・コムソモーレツ』で処女作を発表[3]

1957年より雑誌Знамя』に務め、カムイシンヴォルガ川付近の取材を行った。

1960年頃から戯曲を書き始めたが、当時の検閲により当時では評価されなかった[4]

ソルジェニーツィン事件チェコ事件の際には反体制的立場を取り、演劇や小説、脚本など多岐に渡って作品を手がけた。

2010年10月1日、モスクワで心臓発作のため亡くなる。

作品[編集]

邦題は参考文献に記載があるものとした。

演劇[編集]

  • 1963年執筆、2000年発表『Седьмой подвиг Геракла
  • 1965年執筆、2000年発表『Дружина
  • 1968年『冬の虹(Радуга зимой)』 - 児童劇。
  • 1971年『ワレンティンとワレンティナ(Валентин и Валентина)』
  • 『旧正月(Старый Новый год)』
  • Спешите делать добро
  • Эшелон
  • Ремонт
  • Муж и жена снимут комнату
  • Перламутровая Зинаида

小説[編集]

  • 1956年、『В маленьком городе
  • 1961年、『Что ты делаешь вечером
  • 1968年、『朝から夜まで(С утра до ночи)』
  • 1971年、『天国の24日(24 дня в раю)』
  • 1978年、『Река
  • 1977年 - 1979年、『Галоши счастья
  • 1987年、『Полоса
  • 1987年、『Чёртово колесо в Кобулети
  • 1988年、『На сером в яблоках коне
  • Рассказы с дороги
  • Моя самая платоническая любовь
  • Роковая ошибка
  • 2000年、『Иван Бунин
  • Чёрный ход

脚本[編集]

  • 1973年、『Я тебя люблю
  • 1980年、『旧正月(Старый Новый год)』
  • 1985年、『ワレンティンとワレンティナ(Валентин и Валентина)』
  • 1987年、『Шура и Просвирняк
  • 1988年、『Новые приключения янки при дворе короля Артура
  • 1990年、『Роковая ошибка

脚注[編集]

  1. ^ Михаил Рощин” (Russian). CDR Theatre. 2010年5月27日閲覧。
  2. ^ 2014年現在、『モスコフスキー・コムソモーレツ』は大衆紙として知られる。
  3. ^ In 1953, he entered the Literary Institute and worked as a journalist of the regional newspaper, Kamyshin in the city of Volga.
  4. ^ 万有百科大事典 1973, p. 715.

参考文献[編集]