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ミコウフ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ミコウフ
市場広場と町役場
市場広場と町役場
ミコウフの紋章
紋章
ミコウフの位置(ポーランド内)
ミコウフ
ミコウフ
北緯50度10分 東経18度54分 / 北緯50.167度 東経18.900度 / 50.167; 18.900
ポーランドの旗 ポーランド
シロンスク県
ミコウフ郡
基礎自治体 ミコウフ(都市型自治体)
建設 13世紀
町権 1547年
政府
  町長 Stanisław Piechula
面積
  都市 79.2 km2
人口
(2019年)
  都市 40,898人
  密度 520人/km2
  都市部
2,746,000人
  都市圏
5,294,000人
等時帯 UTC+1 (中央ヨーロッパ時間)
  夏時間 UTC+2 (中央ヨーロッパ夏時間)
郵便番号
43-190から43-197
市外局番 +48 32
ナンバープレート SMI
ウェブサイト www.mikolow.eu
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ミコウフポーランド語: Mikołów [miˈkɔwuf]: Nikolai(ニコライ)、シレジア語:Mikołůw)は、ポーランドの南部、シレジア地方のカトヴィツェ近郊にある町。シレジア高原に位置し、ヴィスワ川支流のマンコウォヴィエツ川が流れる。かつてはカトヴィツェ県に属したが、1999年の再編でシロンスク県に組み込まれた。戦間期もシロンスク県に属していた。

人口270万人のカトヴィツェ都市圏と529万4千人のシレジア大都市圏の圏内にある[1]。人口は2019年の時点で4万0898人[2]

歴史

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上シレジアで最も古い町のひとつで、1222年にラツィブジュ・ツァスミール公がヴロツワフ司教ヴァヴジニェツへ送った文献にも登場する。ミツロフ城主アンドレフの名があり、すでに行政の中心地であったことがうかがわれる。

交易路の交差点にあったことから、交易の要所になったが、1349年から翌年の黒死病で住民の3分の1が亡くなった。1433年から1443年にかけ、数回地震にも見舞われた。1545年に都市権を取得。1645年と1687年には年に4度見本市の開催が許されていた市場近くの家屋で火災が起き、18世紀後半には幾度か百姓一揆が起きた。さらに、1713年から1715年にかけて蔓延した飢饉にも生き残った。1760年になって初めて現在の表記が見られる。1794年5月20日に大火が発生して、市場周辺の家屋全体が焼失した。町役場も含まれたため、保管されていた歴史的資料が全て灰になった。

ユダヤ史

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1674年に初めてのユダヤ人がやってきて、宿屋を開いた。1816年にシナゴーグが建てられ、19世紀後半には800人のユダヤ人がいたが、徐々に減少して第二次世界大戦前には243人になった。1945年1月のソ連による「解放」直前には、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所の囚人がミコウフを通ってドイツまで、強制労働のため行軍させられた。その大多数が瀕死の状態で、ミコウフでは60人以上の人々が死ぬか殺され、後になってユダヤ人墓地に埋葬された。この囚人のなかにはカトリック教徒も少数含まれていた。1972年には共産党当局がボレスワフ・シュミアウィ炭鉱の工夫にシナゴーグを爆破するよう命じた。

ミコウフのユダヤ人墓地は19世紀後期に造営されたが、最古の墓は1726年のもので、265基のうち100基が保護されている。墓地の入り口には1945年1月の犠牲者に奉げられた記念碑があり、「この地で1945年1月16日、穏やかに休んでいた14人がシュツポリツァイに撃たれ、1945年1月19日には疎開のためアウシュヴィッツ強制収容所からやってきた50人の囚人が虐殺された。彼らに栄光あれ」と綴られている。かつてはもう1ヶ所、1682年につくられたユダヤ人墓地があったが、第二次大戦中に完全に廃墟となった。

ゆかりの人物

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  • ラファウ・ヴォヤチェク - 詩人
  • イザベラ・クロツ - 政治家
  • イグナズ・ヴェフセルマン - 建築家・篤志家
  • エウゲニュシュ・ヴィチスウォ - 政治家
  • ロクサナ・ヨネク - 1997年度「ミス・ポロニア」

姉妹都市

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脚注

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  1. European Spatial Planning Observation Network (ESPON) アーカイブされたコピー”. 2009年7月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年3月28日閲覧。
  2. Population. Size and structure and vital statistics in Poland by territorial division in 2019. As of 30th June”. stat.gov.pl. Statistics Poland (2019年10月15日). 2020年3月13日閲覧。

外部リンク

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