マドレーヌ・ルノー

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Madeleine Renaud
マドレーヌ・ルノー
マドレーヌ・ルノー
ジャン=ルイ・バローと(1952)
本名 リュシー・マドレーヌ・ルノー
Lucie Madeleine Renaud
生年月日 (1900-02-21) 1900年2月21日
没年月日 (1994-09-23) 1994年9月23日(94歳没)
出生地 パリ
国籍 フランスの旗
職業 女優
活動内容 演劇・映画
配偶者 ジャン=ルイ・バロー
主な作品
繻子の靴』(演劇)
白き處女地』(映画)

マドレーヌ・ルノー(Madeleine Renaud、1900年2月21日 - 1994年9月23日)はフランス女優コメディ・フランセーズ、ルノー・バロー劇団、および、映画で活躍した。

生涯[編集]

パリに生まれた。本名リュシー・マドレーヌ・ルノー。中等教育を受けてのち、文学に興味を持ち、小説、戯曲などを書いた。フランス国立高等演劇学校(コンセルヴァトワール)に入り、ラファエル・デュフロのクラスで学んだ。同級にシャルル・ボワイエがいた。1920年の進級公演では、モリエールの『女房学校』のアニュス役で二等賞を得た。翌1921年の卒業公演では、マリー・ベルと一等賞をわかちあい、二人揃ってコメディ・フランセーズに入座した。

1923年、同座の幹部俳優シャルル・グランヴァル(Charles Granval)と結婚し、間もなく離婚したが、1男ジャン=ピエール・グランヴァル(Jean-Pierre Granval)を得た。1926年、ミュッセの『若い娘は何を夢みるか』を、マリー・ベルと主演した。

1936年封切の映画、『美しき青春』(Hélène)で共演した在野の若手俳優ジャン=ルイ・バローと、1940年頃結婚した。1944年、ナチスパリを撤退した後、コメディ・フランセーズの運営委員会委員となった。

1946年、バローと共に同座を去って、『ルノー=バロー劇団』(la compagnie Renaud-Barrault)を結成し、マリニー劇場(Théâtre Marigny)を本拠とした。1959年、時の文化相アンドレ・マルローの要請により、バローはオデオン座の支配人となり、劇団も転入したが、1968年、五月革命の学生らに劇場の占拠を許した廉で、オデオン座を追われ、エリゼ・モンマルトル劇場(Élysée Montmartre)、オルセー駅構内の仮小屋など転々としたのち、1981年、ロン・ポワン劇場(Théâtre du Rond-Point)に落着いた。

ルノー=バロー劇団は外国公演も行い、日本には、1960年、1977年、1979年の3回、来演した。1977年、1979年の来日時には、息子のジャン=ピエール・グランヴァルを、演出家として帯同した。

1994年9月、夫ジャン=ルイ・バロー没の8ヶ月後、パリ北西郊のヌイイ=シュル=セーヌで死去した(94歳)。二人でパッシー墓地に眠っている。

1922年以降、40本近い映画に出演した。

舞台の記録[編集]

コメディ・フランセーズ時代には、127の役を演じたという。

その後も含めた演目は、以下の例示のように、古典から前衛にまで及んだ。

シェイクスピアの『ハムレット』/モリエールの『人間嫌い』/マリヴォー(Pierre Carlet de Chamblain de Marivaux)、『偽りの告白』/ミュッセの『若い娘は何を夢みるか』『当て馬』/ポール・クローデル、『繻子の靴』(縮小版)『黄金の頭』/ジロドゥ:『雅歌』『リュクレースのために』/ピエール・レストランゲス(Pierre Lestringuez)の『三色旗』(Tricolore)/カフカの『審判』/モンテルラン(Henry de Montherlant)の『死せる女王』(La Reine morte )/アルマン・サラクルーの『怒りの夜』/サミュエル・ベケットの『幸福な日々』(Oh les beaux jours)/ジャン・ジュネの『屏風』/マルグリット・デュラスの『サヴァナ・ベイ』(Savannah Bay)『木立の中の日々』『ヴィオルヌの犯罪』(L'amante anglaise)/フランソワ・ビエドゥー(François Billetdoux)の『曇天のあと』/ヒギンズ(Colin Higgins)の「ハロルドとモード」(Harold et Maud)原作の映画の日本タイトル「ハロルドとモード 少年は虹を渡る

日本に公開された映画[編集]

前の数字は初公開の、後の数字は日本公開の西暦年次である。

  • 1933、1934:母の手(La maternelle)
  • 1933、1934:トンネル(Le tunnel)
  • 1934、1936:白き處女地 - Maria Chapdelaine
  • 1936、1939:美しき青春(Hélène)
  • 1938、1939:不思議なヴィクトル氏(L'etrange monsieur Victor)
  • 1944、????:この空は君のもの (Le ciel est à vous)
  • 1943、1948:高原の情熱(Lumière d'été)
  • 1952、1953:快楽(Le plaisir)
  • 1962、1962:史上最大の作戦 - The Longest Day

出典[編集]

いろいろなウェブ情報のほか、

  • パトリック・ドゥヴォー(伊藤洋訳)、コメディ=フランセーズ、文庫クセジュQ772、白水社(1995) ISBN 9784560057728
  • 岩瀬孝ほか:フランス演劇史概説(増補版)、早稲田大学出版部(1995) ISBN 9784657954206
  • 中田耕治:ルイ・ジュヴェとその時代、作品社 (2000) ISBN 9784878933530

外部リンク[編集]