ポール・クロスリー

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ポール・クロスリーPaul Crossley, 1944年5月17日 - )はイギリスクラシック音楽ピアニスト

略歴[編集]

ヨークシャー生まれ。リーズファニー・ウォーターマンに師事。オックスフォード大学在学中にオリヴィエ・メシアンに才能を発掘され、パリに留学してメシアン夫人イヴォンヌ・ロリオに入門する。1968年メシアン・コンクールに第二位入賞。しかし、翌年のブゾーニ国際ピアノコンクールで彼は入賞をしなかったばかりか、審査員の足の引っ張り合いで入選銀メダルという下位に甘んじることとなり、1970年代以降はもっぱら現代音楽のピアニストとして活躍することになった。ブゾーニ国際ピアノコンクールの1969年度の入選金メダルのクン・ウー・パイクとクロスリーがそろってメジャーレーベルから世界に羽ばたいたことで、審査内容に疑問符がつけられたのは言うまでもない。[1]

現代音楽[編集]

現代フランスおよびイギリスの作曲家、とりわけメシアンやティペット、ニコラス・モージョージ・ベンジャミンなどと関係が深いピアニストである。ティペットのピアノ・ソナタ第3番および第4番は、クロスリーを念頭において作曲されている。なお、クロスリーは作曲もでき、来日公演では自作を披露したこともある。ヘンツェのレクイエムのピアノパートの世界初演を部分的に担当したことで、名を飛躍的に高めた。現代音楽のウェイトが高くてもNHK交響楽団とはNHKホールでガーシュインを演奏するなど、レパートリーは非常に広く、現在も手を緩めることは一切ない。60歳記念リサイタルは自らが信用する作曲家に新曲を委嘱、後半はドビュッシーの前奏曲集第二巻の全曲で締めるなど、同世代のピアニストをほとんど寄せ付けないレパートリービルディングで知られる。

ディスコグラフィー[編集]

積極的な録音活動により、さまざまなレーベルからおびただしい数のディスクを発表しており、アルテュール・グリュミオーとの共演によるフォーレのヴァイオリン・ソナタは中でも有名。フォーレ、ドビュッシー、ラヴェル、プーランク、武満のピアノ曲全集が知られている。しかも、ラヴェルの全集は1983年と1996年の二度にわたって録音されており、後者の日本限定版は畏友武満徹の追憶に献呈されている。この5人の作曲家全集を完成させたピアニストは世界で彼だけである。なぜか彼が最も深い影響を受けたとみられるメシアンには体系的な録音がないものの、実演ではメシアンを披露している。

脚注[編集]

  1. ^ ただし、第一位のアーシュラ・オッペンスはアメリカ現代音楽の分野で大成、第二位のアンナマリア・チゴーリは17歳で受賞しており、挑戦者全体のレヴェルは高い。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]