ボーム&メルシエ

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Beaume and Mercier watch.jpg

ボーム&メルシエBaume et Mercier )はスイス発祥で、リシュモン傘下の時計メーカーである。

 1830年創業と200年近い歴史をもつ「ボーム&メルシエ」。以来、その歴史を一度も閉ざすことなく継続し続け、世界で6番目の古参ブランドとしてスイス時計界を支え続ける名門である。 「ボーム兄弟」社は二人の兄弟ルイ=ビクトルとジョセフ=セレスタンの商才と優れた製造管理により、じきに大きな会社に発展した。二人は「完璧なものしか認めない。最高品質の時計しか製造しない」というモットーに忠実に経営を続けた。 ボーム&メルシエは、スイスのジュラで時計の下請をしていたボーム家のボーム兄弟に始まる。「何も見のがさない。最も優れた品質の時計だけを作る」を方針とした。

歴史[編集]

  • 1542年 ボーム家はスイス・ジュラ州で時計の下請製造をはじめる。
  • 1830年 ボーム家のルイ=ヴィクトール・ボームとピエール=ジョセフ・セレスタン・ボーム兄弟が計器の会社を設立。
  • 1851年 「ボーム・ブラザーズ」社を設立する。
  • 1920年 創業者の孫ウィリアム・ボームと、実業家のポール・メルシエが出会い、「ボーム&メルシエ・ジュネーブ」を設立する。
  • 1921年 ジュネーブの高級時計委員会から「ジュネーブ刻印」を受ける。
  • 1964年 ギリシャ文字「Φ(ファイ)」をボーム&メルシエの商標として登録。

代表モデル[編集]

  • ハンプトン
  • リビエラ
  • ケープランド
  • クラシマ
  • リネア
  • ディアマント
  • イリア

国際的名声[編集]

 創業当初は宝飾時計で好評を博す一方、クロノグラフを自社開発するなど優れた技術力を発揮。19世紀半ばに各国で開かれた万国博覧会では、5つの金メダルを含む数多くの賞も獲得。19世紀後半から世界各地で始まった国内見本市や国際フェアに出展し、パリ(1878年と1889年)、メルボルン(1880年と1895年)、チューリヒとアムステルダム(1883年)、ロンドン(1885年と1890年)、シカゴ(1893)で10のグランプリ、7個のゴールドメダルを獲得するという偉業をなし遂げました。ボームの時計はさらに時計精度コンクールでも記録を更新しました。その中にロンドン近郊のキュー天文台の主催するコンクールがあります。初めて1885年のキュー・テディントン・コンクールに参加した時、ボーム社の時計は上位7位のうち3つを占め、翌年には4つのモデルが受賞しました。

 1892年にはスプリットセカンドクロノグラフで最高記録(100点満点の91,9点)をマークし、この記録はその後10年以上破られることがありませんでした。20世紀始めまで、最新の技術要素を盛り込んだウォッチとコンプリケーションウォッチで受賞を続けました。一方ロンドンのアルチュール・ボームはイギリス社会の名士となっていました。レジオンドヌール章の騎士号の叙勲、その後にはオフィサーの叙勲、さらにフランスのプワンカレ大統領から2度叙勲の栄誉を得ています。ベルギー王からはレオポルド2世のグランオフィサー章を授与された他、英国国王ジョルジュサンク、メアリー女王列席の公式晩餐会にも招待されました。Royal Geographical Societyのメンバーでもあるアルチュール・ボームはロンドンBritish Horological Instituteの校長にも指名されています。


外部リンク[編集]


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