ボリス・チェプロフ

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ボリス・ミハイロヴィチ・チェプロフロシア語: Бори́с Миха́йлович Тепло́в, ラテン文字転写: Boris Mikhailovich Teplov1896年10月21日(ユリウス暦10月9日)- 1965年9月28日)は、ソビエト連邦心理学者トゥーラ出身。1914年モスクワ大学歴史・文学部入学。また、第一次世界大戦に従軍。1919年赤軍に参加。1921年、モスクワ大学卒業。同時に軍事偽装学校卒業。1921年から1933年にかけて軍事研究施設で偽装の研究に従事、心理学的素養を得る。1933年から1965年の間、心理学研究所の研究指導者として活動。当初は視覚における認知過程を研究。さらに自身のピアニストとしての技量を活かし、音楽家における心理研究を行い、学位を得た。のち、才能発達の一般理論の研究、第二次世界大戦の時期には実践的思考の研究に携わった。晩年の15年間は高次神経活動の類型的差異について研究した。ロシア共和国功労科学者の称号、ロシア教育科学アカデミー賞、ウシンスキー賞、労働赤旗勲章を受けた[1]

差異心理学の第一人者。才能と天賦の能力の問題について慎重な研究を行い、天賦の能力についての確定的著述を急いではならないとした。また才能の規定の過程で〈生得性〉の概念と〈遺伝性〉の概念の混同を避けるべきことを指摘した[2]。高次神経過程の生得的な特性、すなわち神経過程の強さ、平衡、易動性に係る研究を主導した。神経系の種々の生得的特性をもった人々、つまり神経過程の強さや易動性が異なる人々は、学習や労働で、異なる作業の仕方で良い成果を挙げることができることを示した[3][4]。音楽家における時間の間接的評価の正確性の研究[5]などの個人差の諸問題を研究した[6][7]。 受容器官の働きは主体の神経系形式の強弱に依存するとし、忍耐力と感受性の成因を対比した[7]

論文[編集]

  • 「同時光覚の相互作用」(1935年)
  • 「楽音の知覚」(1940年)
  • 「能力と天賦の能力」(1941年)
  • 「指揮官の知性と意志」(1945年)
  • 「人間と動物の高次神経活動の共通の型研究の諸問題」(1956年)
  • 「人間の高次神経活動の類型的特徴」(Ⅰ1956、Ⅱ1959、Ⅲ1963)
  • 「エヌ・エヌ・ランゲの心理学著作における中心的概念(生誕100年を記念して)」(1958年)
  • 「マルクス主義に基づく心理学再建のためのカ・エヌ・コルニーロフの1923-1925年の闘争」(1960年)

著作[編集]

  • 『ソビエト心理科学の30年』(1947年)
  • 『個人差の問題』(1961年)

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • アレクサンドル・ルリヤ著『ルリヤ現代の心理学』文一総合出版、1980年

脚注[編集]

  1. ^ 「ボリス ミハイロヴィチ チェプロフ教授逝く」ソビエト心理学研究会『ソビエト心理学研究』第2号1966年
  2. ^ ペトロフスキー著『ソビエト心理学史』三一書房、1969年
  3. ^ チェプロフ編「人間の高次神経活動の類型的特徴」(Ⅰ1956年、Ⅱ1959年、Ⅲ1963年)
  4. ^ アレクサンドル・ルリヤ著「脳と心」松野豊訳、ソビエト心理学研究会『ソビエト心理学研究』第1号1965年
  5. ^ チェプロフ著「音楽的才能の心理学」1947年
  6. ^ チェプロフ著「個人差の問題」1961年
  7. ^ a b アレクサンドル・ルリヤ著『ルリヤ現代の心理学』文一総合出版、1980年