ペドロ・ロペス

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ペドロ・ロペス
Pedro López
生誕 (1948-10-08) 1948年10月8日(69歳)
 コロンビア トリマ県サンタイサベル
現況 消息不明
別名 アンデスの怪物
罪名 殺人
刑罰 禁固16年
有罪判決 殺人罪

ペドロ・アロンソ・ロペス (Pedro Alonso López、1948年10月8日 - ?)は、コロンビアの連続殺人者。コロンビア、エクアドルペルー思春期前の少女300人を殺害したとされ「アンデスの怪物」と呼ばれた。

生い立ち[編集]

コロンビア・トリマ県サンタイサベルで娼婦の子として生まれる。父親はボゴタ暴動で死んだ保守党員。13人兄弟の7番目だった。8歳の時、家出する。ペドロは母親から日常的に虐待されていたと主張しているが、母親は「学校の先生になるのが夢の面倒見のいい子供だった」という。ボゴタでストリートチルドレンに加わりレイプの被害に遭う。その後、アメリカ人夫妻に拾われ、学校に通うが12歳で教師から性的虐待を受け、学校の金を盗んで放浪する。1969年、21歳で自動車窃盗の罪で投獄され、囚人から輪姦される。復讐のため2人を殺害する。

連続殺人[編集]

1971年、23歳で出所後、「自分がされたのと同じ事を出来るだけ多くの少女に対してしてやろう」と誓い、コロンビア、エクアドル、ペルーを移動し、主に市場を狩場にし、思春期前のインディオの少女を誘い出して郊外の森やホテルの一室で殺害。死体は建築現場や森の奥深くに埋めた。1980年3月、エクアドル中部のアンバトの市場で少女の誘拐に失敗して逮捕されたロペスは、現地の警察で逮捕されるまでの7年間で300件の殺人を犯したことを自供し、57件までの死体の埋めた場所を教えた。

3カ国の警察当局がロペスの一連の犯行を察知できなかったのは、ロペスの証拠隠滅がほぼ完璧に近かったため、警察がインディオの少女が多数失踪しているのは白人の奴隷売買グループによる犯行であると見做していたことと、警察がインディオに対して差別意識を持っていたことから、捜査がなおざりになっていたことがあげられる。

事実、ロペスはペルーでインディオの少女を誘拐しようとして地元民に発見され、リンチにかけられたが、偶然、通り掛かったアメリカ人の修道女が止めに入り、現地警察に引き渡された。しかし、ペルーの警察はインディオの訴えに耳を貸さず、ロペスを国外追放にしてしまっている。

逮捕後[編集]

エクアドルで裁判にかけられたロペスは1981年7月31日死刑制度を廃止した同国で殺人罪に課せられる最高刑である禁固16年を宣告された。1994年8月31日に刑務所から釈放され、コロンビアに引き渡された。

ロペスは精神異常と判断されボゴタ精神病院に収容されたが、1998年に50ドルの保釈金を支払い、精神科で治療を受けることと毎月裁判所に出頭する条件で釈放された[1]2002年にはコロンビア当局が新たな殺人で逮捕状を出したが、現在まで消息は途絶えたままとなっている。一説では、被害者遺族によって殺害されたとも言われている。

脚注[編集]

外部リンク[編集]