ベルンハルト・クライン

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ベルンハルト・クラインBernhard Klein 1793年3月6日 - 1832年9月9日)は、ドイツ作曲家

生涯[編集]

クラインはケルンに生まれた。彼はリリー・パルテイ(Lilly Parthey 1800年10月2日ベルリン-1829年8月2日)と結婚した。彼女はグスタフ・パルテイ(Gustav- 1798年-1832年)の妹であり、フリードリヒ・ニコライ英語版[注 1]の孫娘である。彼らの娘であるエリザベート・クライン(Elisabeth- 1828年-1899年)は、1846年7月5日エジプト学者カール・リヒャルト・レプシウス英語版[注 2]と結婚した。

クラインはパリ音楽院で学んだ後、ケルン大聖堂音楽監督になった。1819年にはカール・フリードリヒ・ツェルターの求めに応じてベルリンに移り、そこで生涯を終えることになる。彼は1820年に王立教会音楽大学(Royal Institute for Church Music)の作曲科教授となり、またベルリン大学の音楽監督となった。彼は友人で音楽批評家のルートヴィヒ・レルシュタープ英語版[注 3]と共に、第2ベルリン歌曲評議会(Zweiten Berliner Liedertafel)を立ち上げている。

クラインの作品にはオラトリオミサ曲マニフィカトカンタータ詩篇聖歌モテットがあり、また3つのオペラ歌曲、ピアノ曲もある。彼の保守的な作曲姿勢はアントン・ティボーの影響によるものである。

作品[編集]

  • Dido (after Ludwig Rellstab), Opera, 1823
  • Ariadne, Opera, 1824
  • Irene, Opera
  • Jephtha, Oratorio
  • David, Oratorio
  • Hiob, Oratorio
  • Athalia, Oratorio

脚注[編集]

注釈

  1. ^ 訳注:1733年生まれ、ドイツの作家イギリス文学に興味を持ち、フェリックス・メンデルスゾーンの祖父モーゼス・メンデルスゾーンと親交を結んだ。
  2. ^ 訳注:1810年生まれ、プロイセンのエジプト学を牽引しカノプス勅令を発見した。
  3. ^ 訳注:1799年生まれ、ドイツの詩人、音楽批評家。シューベルトの「白鳥の歌」の『セレナーデ』を含む最初の7曲はレルシュタープの作詞である。またリストも彼の詩に作曲している。さらに、ベートーヴェンの「ピアノソナタ14番」に『月光ソナタ』の俗称を付けたことでも知られる。

外部リンク[編集]