ブレント・ウェリントン

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ブレント・ウェリントン
ブレント・ウェリントンの画像
プロフィール
リングネーム ブラッド・マドックス
ブレント・ウェリントン
ニックネーム ビーフケーキ
ビーフィー
身長 180cm
体重 93kg
誕生日 1984年5月4日(29歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ノースカロライナ州シャーロット
所属 FCW
トレーナー OVWスタッフ
FCWスタッフ
デビュー 2002年
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ブレント・ウェリントンBrent Wellington1984年5月4日 - )は、アメリカ合衆国プロレスラーノースカロライナ州シャーロット出身。ブラッド・マドックスBrad Maddox)のリングネームWWE傘下のFCWに所属。

来歴[編集]

アメリカのインディー団体を転戦後、2008年にWWEとの提携を解消した後のOVWに入団。小柄ながら体重をヘビー級に上げるが、持ち味のスピードを失わず、打撃中心でのスタイルを確立。マイクパフォーマンスが得意である点からストーリーラインと、トークショーで一躍人気を得た。

2010年8月にWWEとディベロップメント契約。ブラッド・マドックスBrad Maddox)のリングネームでデビュー。長身で体格の良いレスラーが多いだけにデビュー当初は苦戦したものの、徐々に持ち味を発揮するようになり、撹乱する戦法を身につけた。

2012年8月20日、RAWで行われたディーヴァバトルロイヤルにて、レフェリーとして登場した。

9月17日のRAWにてジョン・シナシェイマスCMパンクアルベルト・デル・リオの試合で初めてメインのレフェリーを裁いた。しかし、シナがパンクをフォールした際、パンクの足がロープにかかっていたにも関わらず、3カウントを取ってしまう。それに怒ったパンクは延々とマドックスを責め立てた。翌週のRAWでもオープニングからマドックスの誤審について追求されたが、GMであるAJ・リーによってなんとか回避した。10月28日のヘル・イン・ア・セルで行われたWWE王座戦でレフェリーを務めたが、ここではCMパンクを擁護する形でライバックローブローを浴びせる。これに対し、ビンス・マクマホンよりライバックとの試合を行う旨、およびそれに勝利した場合WWEスーパースターとして100万ドルの契約を結ぶことが発表。11月12日のRAWにてライバックとの勝負を行うが、一方的に攻められて敗れた。この試合の数週間後に復帰。それから契約のチャンスを貰い続けランディ・オートンシェイマスなどと試合するが敗北し続けている。

以降、Hell in a Cell 2012でのパンクへの援護や、同じくパンクを援護するザ・シールドがパンクのマネージャーであるポール・ヘイマンの依頼によるものだったことを暴露。ザ・シールド には袋叩きにされたが、RAW運営監督ヴィッキー・ゲレロの助手としての地位を得、権力を持ったと勘違いしたような言動を繰り返す(自らを上層部の一員や、副監督と呼ぶなど)。また、SmackDownではJBL不在時の代役として、NXTでは継続的に、実況席に登場している。 2013年7月にはヴィッキー運営監督の解任に怒ったビンス・マクマホン会長によって任命され、新たなGMとして采配を振るようになる。

得意技[編集]

  • ディールブレイカー
フィニッシャー。スピニング・ジョーブリーカー

獲得タイトル[編集]

FCW
w / ブライリー・ピアース
w / リック・ビクター
OVW
  • OVWヘビー級王座 : 1回
  • OVW TV王座 : 1回

入場曲[編集]

  • Hubba Smubba