ブルーノ・カニーノ

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ブルーノ・カニーノBruno Canino, 1935年12月30日 ナポリ - )はイタリアピアニスト作曲家

略歴[編集]

地元ナポリでヴィンチェンツォ・ヴィターレにピアノを師事。ミラノ音楽院でエンツォ・カラーチェやブルーノ・ベッティネッリらに師事してピアノと作曲を学ぶ。1956年1958年ブゾーニ国際ピアノコンクールに、1960年にはダルムシュタット・クラーニヒシュタイナー音楽賞演奏部門の第二等に入賞した。

ソリストや室内楽奏者、伴奏者として国際的に速やかに名を揚げ、これまでにイツァーク・パールマンサルヴァトーレ・アッカルドヴィクトリア・ムローヴァピエール・アモワイヤルウート・ウーギリン・ハレルらと共演してきた[1][2][3][4][5][6][7]。また、ヴァイオリニストのマリーナ・シルブやチェリストのロッコ・フィリッピーニとともに、ミラノ三重奏団を結成している。アントニオ・バリスタと組んだピアノデュオは当時世界で最も優れたピアノデュオとしてルチアーノ・ベリオジェルジ・リゲティの激賞を受け録音もかなり残されている。

現代音楽の熱心な支持者でもあり、ルチアーノ・ベリオマウリツィオ・カーゲルヴォルフガング・リームヤニス・クセナキスらに作品を献呈されている。自らも数々のピアノ曲室内楽曲を作曲しているが、作品発表はさほど多くない。演奏する曲目は古典のほうが比重が多く、現代音楽のみのリサイタルは前衛の停滞が叫ばれて以降ほとんどおこなっていない。

1999年から2001年までヴェネツィア・ビエンナーレの音楽監督を担当した。主要な録音の一つに、ドビュッシーカゼッラのピアノ曲全集や、《ゴルトベルク変奏曲》がある。ムローヴァと共演したリサイタルの録音は、エジソン賞を獲得した。キャシー・バーベリアンを伴奏した音源も存在する。

日本との関わり[編集]

日本とはつながりが古くからあり、日本のレーベルで録音、日本人の弟子と共演、草津のフェスティバルに呼ばれるなど拠点としていた。いずみホールでバッハのゴルトベルク変奏曲を演奏したこともある。

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • MGG
  • ニューグローブ音楽大事典第二版

外部リンク[編集]