ヒーロー・モトコープ

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ヒーロー・モトコープ
Hero MotoCorp Ltd.
Hero MotoCorp Logo.svg
種類 公開株式会社
市場情報 BSE500182
本社所在地 インドの旗 インド
ニューデリー
設立 1984年
業種 輸送機器
事業内容 二輪自動車
売上高 増加 29,614クロール (US$4.1十億) (2020)[1]
営業利益 増加 3,958クロール (US$550百万) (2020)[1]
純利益 増加 3,633クロール (US$510百万) (2020)[1]
純資産 増加 18,749クロール (US$2.6十億) (2020)[1]
総資産 増加 14,096クロール (US$2.0十億) (2020)[1]
従業員数 8,599 (2020)[1]
主要株主 ヒーロー・モーターズ
外部リンク http://www.heromotocorp.com/
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ヒーロー・モトコープ (Hero MotoCorp) は、インドニューデリーに本社を置くオートバイメーカー。1984年にインド最大規模の自転車メーカーヒーロー・サイクル日本本田技研工業との合弁会社ヒーロー・ホンダ (Hero Honda) として設立され、インド最大手のオートバイメーカーに成長したが、2010年に合弁を解消し2011年8月に現在の社名に変更した。

概要[編集]

1980年代、インド政府は外国企業に対する規制を部分的に緩和し、少数ではあるが合弁事業を通じてインド国内市場に参入できた。日系合弁自動二輪車メーカーとしてはTVSスズキ(en:TVS Motors)、キネティック・ホンダen:Kinetic Honda)、バジャージ・カワサキおよびヒーロー・ホンダが揃い、インド自動二輪車市場は変化した。それまではロイヤルエンフィールドen:Royal Enfield)、アイデアル・ジャワen:Ideal Jawa)、エスコーツ(en:Escorts Group)の3大メーカーの独占的市場であった。しかも商品形態は供給者主導で顧客重視の状況ではなかった。この状況の変化により消費者の影響力が増大し、より多くのモデル、販売価格に比して良好な燃費効率など技術水準や市場形態の変化をもたらした。

21世紀に入り、国内市場の48%を占めるようになり、輸出台数も少量ながら増加傾向にある。2004年6月に本田技研工業は技術提携の延長を発表し、2014年までの10年間にわたり最新技術の支援提携、事業拡大、生産施設の拡充に同意している。

2016年度のヒーロー・モトコープの国内販売台数は、648万3,655台を記録し国内第1位座を引き続き確保している。第2位はホンダの約470万台、第3位はバジャジ・オートの約200万台[2]

累計生産台数は、本田技研工業との提携解消直前の2013年に5,000万台を記録、その後急速に販売台数を伸ばし2021年1月に1億台に達した。[3]

2020年、ハーレー・ダビッドソンがインド国内における製造と販売から撤退。ヒーローが国内の車両販売やアフターサービス業務などを引き継いだ[4]

ホンダとの合弁解消[編集]

インド市場が成長するにつれ、インド国内での販売を強化したいホンダと、インド国外への輸出を志向するヒーローグループとの間で意見の相違が見られるようになった。このことからホンダは、1999年ホンダ・モーターサイクル・アンド・スクーター・インディア・プライベート・リミテッド(HMSI)を自ら設立。ヒーロー・ホンダとバッティングしないスクーターをはじめとした車種[5]をインド市場に投入する道筋を立てた。2010年12月、ホンダはヒーローグループにヒーロー・ホンダの株を売却し、契約期限の2014年に合弁形態を解消すると発表。ただしライセンス供与は今後も続けていくとの発表を行っている[6]。2008年現在の市場占有率は、ヒーロー・ホンダが50%弱、HMSIの市場占有率は10%前後とされている[7]

ヒーロー・ホンダは、合弁解消後には利益率が高い三輪自動車の生産にも乗り出すものと考えられている。これはヒーロー側が望んでいたもののホンダ側との契約で生産できなかったものとされ、ヒーローとホンダとの溝を示すものの一つとなっている。[8]

製造車種[編集]

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 新華ファイナンスジャパン:編『中国・インド企業データ 2006-2007』毎日新聞社、2006年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]