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パンカム・ヴィパワン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
パンカム・ヴィパワン
ພັນຄໍາ ວິພາວັນ
Phankham Viphavanh
パンカム・ヴィパワン(2014年撮影)
生年月日 (1951-04-14) 1951年4月14日(73歳)
出生地 ラオス王国フアパン県サムヌア郡
所属政党 ラオス人民革命党

ラオスの旗 ラオス人民革命党中央委員会委員
在任期間 2021年1月15日 -
国家主席 トーンルン・シースリット

在任期間 2021年3月22日 - 2022年12月30日
国家主席 トーンルン・シースリット

内閣 トーンルン・シースリット内閣
在任期間 2016年4月20日 - 2021年3月22日
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パンカム・ヴィパワンラーオ語: ພັນຄໍາ ວິພາວັນ / Phankham Viphavanh, 1951年4月14日生まれ)は、ラオスの政治家。博士。国家副主席を経て、第8代ラオス首相を歴任した。党政治局序列2位。

経歴

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パンカムは1951年、ラオス北部のフアパン県サムヌア郡カング村に生まれた[1]

2011年から2015年には副首相、教育スポーツ省大臣を務めた。

2016年1月の第10回党大会にて党内序列5位、党中央政治局、書記局常任に選出。同年3月の第8期第1回国会にて国家副主席に選出された。

2021年1月の第11回党大会にて、党内序列2位、党中央政治局に選出され、2021年3月第9期第1回国会にて首相に選出された。

2022年12月30日、国民議会で首相辞任の申し出が承認された。自身の健康問題を理由に挙げたが、経済危機などの責任を取った形[2][3]

2019年日ラオス関係強化の功績で旭日大綬章を受章している[4]

政見・政策

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2021年4月8-9日に行われた第1回閣議にて、国民のために「有言実行」、「勤勉」、「正直」、「節制節制」、「我慢」を行う政権とすると表明した[5]

外交

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2021年4月7日、菅義偉内閣総理大臣と電話会談[6]。「日ラオス戦略的パートナーシップの前進に向けた行動計画」の発表を確認。

脚注

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  1. ^ ທ່ານ ພັນຄຳ ວິພາວັນ” (ラーオ語). ເວັບໄຊທ໌ຫ້ອງວ່າການປະທານປະເທດ (2018年11月13日). 2021年3月24日閲覧。
  2. ^ “ラオス首相辞任 経済危機で引責”. 時事ドットコム. (2022年12月31日). https://www.jiji.com/amp/article?k=2022123100234&g=int 2022年12月31日閲覧。 
  3. ^ “ラオス首相が辞任 ウクライナ情勢が経済直撃、新首相には副首相”. 朝日新聞. (2022年12月31日). https://www.asahi.com/sp/articles/ASQDZ74CYQDZUHBI030.html 2022年12月31日閲覧。 
  4. ^ パンカム・ヴィパヴァン国家副主席の旭日大綬章受章”. 在ラオス日本国大使館. 2021年4月13日閲覧。
  5. ^ ກອງປະຊຸມລັດຖະບານຄັ້ງປະຖົມມະລືກ ຈະພິຈາລະນາຮັບຮອງ 5 ເອກະສານສຳຄັນ” (英語). Lanxang Media SOLE CO.,LTD (2021年4月9日). 2021年4月13日閲覧。
  6. ^ 日・ラオス首脳電話会談”. Ministry of Foreign Affairs of Japan. 2021年4月13日閲覧。
先代
トーンルン・シースリット
ラオス人民民主共和国
首相
2021年 - 2022年
次代
ソーンサイ・シーパンドーン