パディ・モローニ

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パディ・モローニ
Paddy Moloney.jpg
基本情報
生誕 (1938-08-01) 1938年8月1日
アイルランド・ダブリン Donnycarney
死没 2021年10月11日(2021-10-11)(83歳)
ジャンル 伝統的アイルランド音楽
職業 音楽家・作曲家・プロデューサー
担当楽器 イリアン・パイプスティン・ホイッスル、ボタンアコーディオン、バウロン
活動期間 1960年 - 2021年
レーベル クラダ・レコード、シャナキー・レコードマーキュリー・レコードRVC、ヒア・ミュージック
共同作業者 キョールトリ・クーラン, ザ・チーフタンズ

パディ・モローニ(英語: Paddy Moloneyアイルランド語: Pádraig Ó Maoldomhnaigh1938年8月1日 - 2021年10月11日)は、アイルランドの音楽家・作曲家・プロデューサー。またバンドザ・チーフタンズの創設者/リーダー[1]であり、チーフタンズのリリースしたアルバム全てに参加している。


生い立ち[編集]

アイルランド・ダブリンDonnycarneyで生を受ける。6歳の時母親からティン・ホイッスルを買ってもらい、8歳の折にはイリアン・パイプスの演奏を学び始めた。

音楽家としてのキャリア[編集]

ティン・ホイッスルとイリアン・パイプスに加え、モリニーはボタン・アコーディオンバウロンの演奏を習得している。

バンドメンバーとして[編集]

キョールトリ・クーラン[編集]

1950年代の末葉、ショーン・オ・リアダ英語版と知り合ったモローニは、80年代の初頭にリアダのバンドである「キョールトリ・クーラン英語版」に加入した。

ザ・チーフタンズ[編集]

1962年11月ダブリンにおいて、Sean PottsMichael Tubridyと共にモローニは伝統的アイルランド音楽のバンド「ザ・チーフタンズ」を結成した。 バンドリーダーとして、彼は第一作曲家となり、チーフタンズの曲の殆どの編曲も担当している。また、『デビルズ・パイレーツ英語版』、The Grey Fox、『ブレイブハート』、『ギャング・オブ・ニューヨーク』、キューブリックの『バリー・リンドン』など映画作品への曲の提供も行っている。

モローニとチーフタンズ(2010年)

スタジオ・ミュージシャンとして[編集]

モローニにはマイク・オールドフィールドザ・マペッツミック・ジャガー[2]ポール・マッカートニースティングドン・ヘンリースティービー・ワンダーといった著名なミュージシャンのスタジオ・ミュージシャンを担当した経験がある。

プロデューサーとして[編集]

LuggalaのGarech Browneと共同して、クラダ・レコードを設立した。1968年にはモローニはレーベルのプロデューサーに就任して、併せて45枚のアルバムの収録を監修している。

私生活[編集]

芸術家である妻リタ・オライリーとの間に三子を儲け、その内の一人が女優/プロデューサーのエイディン英語版である。モローニは失われつつあるアイルランド語を流暢に操ることができる。

2021年10月11日、死去[3]

代表作[編集]

  • Paddy Moloney and others – The Drones and Chanters: Irish Pipering (1971)
  • Paddy Moloney and Sean Potts – Tin Whistles (1974)
  • Silent Night: A Christmas in Rome (1998)
  • John Montague & Paddy Moloney – The Wild Dog Rose (2011)

受賞歴など[編集]

2012年9月13日、モローニはOhtli賞(Ohtli Award)を受賞した。これはメキシコの文化賞として最高峰の物である[4][5]

2018年8月4日には、スペイン文民功労勲章英語版のエンコミエンダ章を授与された。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]