バットフィッシュ (原子力潜水艦)

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艦歴
発注 1968年6月25日
起工 1970年2月9日
進水 1971年10月9日
就役 1972年9月1日
退役 1999年3月17日
除籍 1999年3月17日
その後 原子力艦再利用プログラム
性能諸元
排水量 基準:4,195トン
満載:4,501トン
全長 89 m (292 ft)
全幅 9.7 m (32 ft)
吃水 8.8 m (29 ft)
機関 S5W reactor, S3G3 Modified Core
最大速 25 ノット
乗員 士官14名、兵員98名
兵装 21インチ魚雷発射管4基
モットー '

バットフィッシュ (USS Batfish, SSN-681) は、アメリカ海軍原子力潜水艦スタージョン級原子力潜水艦の32番艦。艦名はアカグツセミホウボウエイなど腹鰭が広い複数の魚の呼称であるバットフィッシュに因む。その名を持つ艦としてはバラオ級潜水艦26番艦(SS/AGSS-310)以来2隻目。

艦歴[編集]

バットフィッシュの建造は1968年6月25日にコネチカット州グロトンジェネラル・ダイナミクスエレクトリック・ボート社に発注される。1970年2月9日に起工し、1971年10月9日にアーサー・R・グラーラ夫人によって命名、進水し、1972年9月1日に艦長リチャード・E・エンケボル中佐の指揮下就役した。

1973年1月22日、バットフィッシュはサウスカロライナ州チャールストンで座礁した。タグボートによって牽引され、港に帰還したあと広範囲に損傷した艦底部の修理が行われた。

1978年3月2日、トーマス・エヴァンズ艦長指揮下のバットフィッシュはチャールストンを出航し、「イブニングスター」作戦と知られる77日間の哨戒に向かった。3月17日に北極圏から200マイルのノルウェー海北端部でソ連海軍ヤンキーII級原子力潜水艦を探知する。バットフィッシュはソ連艦の追跡を始め、どのような活動を行ったかの重要な情報を収集した。続く50日間に渡ってソ連艦はバットフィッシュを探知せず、バットフィッシュがソ連艦を見失ったのは2度のみであった。1度はひどい嵐の中であり、もう1度は漁船団が水上を通過したときであった。2度ともソ連艦はすぐ再発見できた。

ソ連側はジョン・アンソニー・ウォーカーが情報を提供するまでバットフィッシュがソ連艦を追跡していたことに気づかなかった(ウォーカーは1985年にスパイ活動容疑を認めた)。

バットフィッシュは1994年9月までチャールストンを母港として活動し、その後コネチカット州グロトンに移動、退役まで同港を拠点として活動した。

バットフィッシュは1999年3月17日に退役し、同日除籍された。その後ワシントン州ブレマートン原子力艦再利用プログラムの下に解体が始まり、2002年11月22日に作業は完了した。

外部リンク[編集]