ノート:立川反戦ビラ配布事件

ナビゲーションに移動 検索に移動

このページは一度削除が検討されました。削除についての議論はWikipedia:削除依頼/立川反戦ビラ配布事件をご覧ください。


過去ログ[編集]


2008年4月11日 (金) 02:51の版の編集取消について[編集]

2008年4月11日 (金) 02:51の版の編集において大幅に削除された部分は,その編集の要約において述べられているような「無罪である可能性が存在することを仮定した記述」ではなく,「有罪無罪を決するために論じられてきた議論の経過・内容」を記述したものであると考えます。これらを削除した前編集を取消した理由は,判決の結論にかかわらず,当該問題についてなされた種々の指摘が存在したことは事実ですし,それら(のうち裁判において主張されたもの)を踏まえての最高裁判決であると思うためです。Emonue 2008年4月10日 (木) 23:12 (UTC)

それは論点のすりかえである。犯人を擁護していた側の発言が全て誤りであった事がはっきりした以上、事実あるいは事実の可能性があるものとしての記述は決して許されない。最高裁判所では棄却という判断になったが、これは当然「議論に取り上げるにも及ばない、取るに足らない妄言にすぎない」という判断がなされた事を意味する。決して第三審も行われた上で高裁の決定が支持されたのではない。最高裁で棄却された以上、もう蒸し返すことは許されない。彼らが犯罪者であるという事は確定した事実であり、覆ることは決して無い。これから先どのように彼らを擁護しようとも、前科者という烙印が決して消えることはありえない。なおも事実に反する事をここに書き立てても、天動説を主張して憚らないのと同じ事であり、迷惑になるだけである。よって122.18.185.105氏を支持する。--以上の署名の無いコメントは、122.29.163.30ノート/Whois IPv4IPv6)さんが 2008-04-11 18:36:44 (UTC) に投稿したものです。
前提として,私は,本判決の結論に賛成していますので,私の上記コメントが被告人側の擁護と思われたのであれば,誤解ですので,まず始めに述べておきます。
本題に入りますが,上記コメントには,3点の誤解があると思います。
第一に,裁判所によって排斥された主張の記載は,「裁判所は認めなかったが,それは間違いで,被告人側の主張が真実であり,せめてウィキペディア内では真実が記載されるべきだ」という趣旨でなされたものではなく,そのように読むこともできないものと考えます。判決の結論のみを示すのではなく,当事者からどのような主張がなされ,どのような理由で排斥されたのかを記載しなければ,それこそ「蒸し返し」を許すことになると思います。
第二に,裁判所は,被告人側の主張について,「議論に取り上げるにも及ばない、取るに足らない妄言にすぎない」として排斥したものではありません。上告審判決はお読みになっていると思いますが,そこには,被告人側の主張に対する応答がなされていたはずです。
第三に,上記第一に関係することですが,天動説がウィキペディアに記載されているといっても,それによってウィキペディアが天動説によって立つものではないように,本項目において被告人側の主張が記載されていても,ウィキペディアが被告人側を擁護するものではなく,本判決の結論,さらには,社会内での議論の推移を示すために必要なものとして記載されているものであり,記載されるべきものであると考えられます。-Emonue 2008年4月12日 (土) 01:30 (UTC)
Ikedat76なる人物により荒らしじみたリバートが何の説明もなく行われている件について。--以上の署名の無いコメントは、123.224.86.44ノート/Whois IPv4IPv6)さんが 2008-04-12 01:40:32 (UTC) に投稿したものです。

確定について[編集]

大勢に影響ありませんので、特に訂正はいたしませんが、「確定した」という記述は厳密を期すならば誤りです。期間内に訂正申立がなければ確定しますが、仮に判決文訂正申立があれば、最高裁はさらに審理して決定を出さなければなりません。まずそういう事態にはならないと思いますが、判決イコール確定との誤解を招く虞がございますので老婆心ながら念のため申し上げておきます。
- Opponent 2008年4月11日 (金) 09:45 (UTC)

背景について[編集]

以前の私の編集が差戻されていますが、『「なお、最高裁は憲法21条1項との関係の中で「このような場所に管理権者の意思に反して立ち入ることは、管理権者の管理権を侵害するのみならず、そこで私的生活を営む者の私生活の平穏を侵害するものといわざるを得ない。」としており、両方の立場に配慮したような判断を示している。』とある中で「両方の立場に配慮したような判断」とはどの部分を指すのでしょうか。私には、抽出部分には「表現の自由」に関する判断の記載は無く「住居の平穏又は居住権」に関するものの記載しかないように読めるんですが。--いたる 2008年4月27日 (日) 14:41 (UTC)

いたるさんの編集(この版でしょうか?)を差し戻したのは私だと思いますので,コメントします。いたるさんの編集内容には,問題はない(むしろ,正確で分かりやすい)と考えます。編集合戦が始まったと,私が判断した時点(この判断に誤りがあったならば,お詫びします。)の直前まで版を戻した際に,いたるさんの編集された版が挟まっていたため,結果として,差戻という形になりました。もしよろしければ,再度,同旨の加筆・修正をしていただければと思います。--Emonue 2008年4月28日 (月) 14:59 (UTC)
了解しました。再度編集してみました。--いたる 2008年5月5日 (月) 15:14 (UTC)

類似の事件[編集]

この種の事件としては、以下の事件も存在している。

  • 一方、2008年5月21日 静岡県小山町の防衛庁宿舎に44歳の男がビラを郵便受けに入れるため侵入したとして、7/1に逮捕されている。ただ前述の事件との相違として、そのビラには「早急に核武装しよう」など、いわゆる右側の主張が記載がされていた。上記のマスコミ・有識者たちはこの事件については黙殺している。

- http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080701/crm0807011820027-n1.htm

上記の記述を本文に追加していたが、何者かがたびたび削除を繰り返したため、ページ保護となった。 WIKI利用者の利便を考えて、ノートにこの記述を残す。--221.117.59.66 2008年7月29日 (火) 14:25 (UTC)

Ikedat76氏へ[編集]

無言でまったく意味不明なリバートを繰り返す行為がなさっておりますが[1]、一体何なのか説明していただけないでしょうか。また要出典タグもはがさないよう願います。--218.217.41.17 2009年4月11日 (土) 15:28 (UTC)(修正)--218.217.41.17 2009年4月11日 (土) 15:30 (UTC)

Ikedat76氏のノートに行こうかと思いましたが、半保護で書き込めないようなのでこちらに書きます。毎度の荒らし[2]とはなんでしょう?私は本日、かなり久しぶりに来た者なのですが。そして私の行為の何が「荒らし」なのか説明いただきたいと存じます。どなたかとお間違えになっていると思われますが。単純なリバートを繰り返すのではなく、対話をし、冷静になって行動していただきたい。--218.217.41.17 2009年4月11日 (土) 15:46 (UTC)

編集要約欄は正確に記述してください。要出典タグのみならず文面の削除まで戻しているにもかかわらず「出典要請タグはがしを戻す」とのみするのはミスリードです。出典は記載済みです。「久しぶりに来た」そうですが、そうであればこのノートの過去ログにあるように編集をめぐって議論が重ねられていたのはご承知のはずです。「陰謀論」云々のようなことを書かず、編集に当たっては「冷静になって」説明責任を果たしてください。--ikedat76 2009年4月11日 (土) 16:29 (UTC)

過去に決着した議論の蒸し返しに過ぎません。過去ログをよく読み、既に論破された論点ではなく、あらたな論点をどうぞ。--ikedat76 2009年4月11日 (土) 16:49 (UTC)

まず私をどなたかと間違え、根拠もなく「荒らし」呼ばわりしたことの謝罪を求めます。Wikipedia:礼儀を忘れないにご注意を。被告側(支持者)の言い分を書き連ねたい気持ちも理解できますが、中立性を持ち両論併記を心がけて記載してください。現在の状況は、完全に被告側(支持者)主張の文量が多くなっておりますので両論併記等の改善が必要です。また「出典を出した」と仰っていますが、単純なリバートをするのではなく、最初から冷静になって出典を出せば良かったのです。またある人物の主張は主張として記載し、「注目を集めている」というような編集者の感想を書かないようにしていただきたい。--218.217.41.17 2009年4月11日 (土) 16:52 (UTC)

過去に繰り返された荒らし行為と類似する文面の除去、「陰謀論は不要」云々の編集要約をもって、過去の類似の「荒らし行為」と判断しました。「久しぶりに来た」という発言が過去の経緯を知っていることを意味するのであれば、かのような誤解されるような編集要約を記すべきではありません。

被告側(支持者)の言い分を書き連ねたい気持ちも理解できますが、中立性を持ち両論併記を心がけて記載してください。現在の状況は、完全に被告側(支持者)主張の文量が多くなっておりますので両論併記等の改善が必要です。」については既に過去の議論で類似の主張がなされており、その際に決着済みの論点に過ぎません。車輪の再発明をする前に過去の議論を踏まえて頂きたく。--ikedat76 2009年4月11日 (土) 17:04 (UTC)

えっと、まず被告支持者の公安による思想弾圧論などは、証明された事柄なのでしょうか?陰謀論(事実かどうか不明のことを想像して主張する論)なことは確かであり、そんな証明もされていないものを長々と百科事典に書く必要性を感じなかったため「陰謀論は不要」とし除去いたしました(しかしIkedat76氏は必要と考えるようで、これは議論が必要な部分でしょう)。それをもって「荒らしと似ていた」とのことですが、Ikedat76氏が勝手に勘違いしただけであり、私に責任を擦り付けられても困ってしまいます。間違えていたのならば素直に謝罪するべきと思いますがいかがでしょう。また、過去に「決着した」議論だから今しない、という姿勢はいかがでしょうか?wikipediaはリアルタイムで編集されていくものです。時が立てば状況も変わり、編集者も入れ替わります。過去に似た議論があったのならばそれを提示し、こういう意見もあったが?と議論をすれば良いのでは?そもそも「決着済み」もなにもPOVとなっていたら、それを修正していくことは編集者として必要なことでしょ。ま、少なくとも議論することを「時間の無駄」[3]と発言するようではwikipediaの参加資格はないように思えてしまいますね。--218.217.41.17 2009年4月11日 (土) 17:22 (UTC)

「証明された事柄」なのか? いいえ、「真実かどうかではなく検証可能か否か」(Wikipedia:検証可能性)の問題です。「被告支持者の公安による思想弾圧論」を真実であるとWikipediaやその執筆者が主張するのはアウトですが、そういう事実があると指摘することは可能です。また、そのレベル以上のことも以下のことも出来ません。「真実ではないから除去」は方針の誤理解に過ぎません。

また、現状ではIPさんの言っておられることは過去にあったのと同じ議論、もしくは、よくある方針文書の誤理解としか判断できません。人が変わったところで、議論の論点とロジックが変わっていないのであれば、単に論理の問題で同じ結論にしか行き着きません。そのように同じことを2度3度と繰り返すことに、(議論の相手を消耗させる以外に)何の意義があるのか理解しかねます。--ikedat76 2009年4月11日 (土) 18:01 (UTC)

謝罪はまだしていただけてないようでがっかりしました。えー、出典が提示されてから除去しましたっけ?とても基本的な方針のリンクをお貼りですが、まず私が除去した時点では出典の記載はなかったことをお忘れなのでしょうか。現在の観点で過去の一時を述べられても困ります。出典がなく、事実の証明もない個人の想像的な陰謀論を百科事典に長々と書く必要はない、と判断したまでです。
また、過去に議論したからとの理由(数年前であり、そもそもその議論・合意に拘束力はないですし)で議論放棄する姿勢ならば、編集してはいけません。対話相手や時間の違いにより結論は変わることは多いにあり得ます。そもそも対話拒否はブロック対象ですからね。本文をいじる気があるならば、反対者に対して徹底的に何度でも対話をしましょう。無言でリバートなど話になりません。過去に議論があったと唱えたいのならば「ここを一度見てください」とリンクすることも有益でしょう。それができないならば編集に参加しないことです。--218.217.41.17 2009年4月11日 (土) 18:48 (UTC)

ビラの現物について[編集]

反戦ビラ投函を正当視する立場の書籍を何冊か読んだことがあるのですが、ビラそのものを引用して提示しているものは記憶にありません。ノート:家永三郎では「うれうべき教科書の問題」という小冊子ないし、ここで引用されたとされる「当時の『偏向した』とされる教科書」の実際の文面を引用しているものを見たことがない、と書いたことがあります。この件もそれと同様です。実際にどんな文面であったかをそのまま提示し、読者の判断に委ねるというのが公平なあり方だと考えますがいかがでしょうか。

過去に、藤岡信勝は自著の中で、1990年代に検定を通過して実際に使用されていた歴史教科書の題名・出版社名・ページ数を提示した上で文章や図版を引用し、「これは間違った記述ではないか」と訴えています[1]。藤岡さんの訴えが正しいか正しくないかは個人個人が判断することですが、その材料を提示するという態度はフェアであると思われます。念のためにもう一度繰り返しておきますが、藤岡さんの主張が正しいと言っているのではありません。誤解なさらないようにお願いします。

言うまでもないことですが、私有地に立ち入ることは本来許されるべきことではありません。反戦という“正しい”主張のためには立ち入り禁止なんか関係ない、と正当化しようとすることには疑問しか感じません。また、ピザのビラはよくて反戦ビラは駄目なのか、という言い分はスピード違反の論理と同じで何の説得力もありません。「自分たちの反戦の主張が正しい」と言いたいのであれば、せめてそのビラの現物を提示して読者に判断の材料を用意するのが筋ではないでしょうか。何の問題もない穏当な文面ならば提示することにためらいを感じる必要はないでしょう。それともうかつに人に見せられないような過激なことでも書いてあるのでしょうか。

「いやいや、提示している資料はあるよ。お前が不勉強なだけだろ」とおっしゃる方がおられるかもしれません。でしたらなおさら、ご存知の、あるいはそのような資料をお持ちのあなた自身が、そのビラの文面を項目本文に引用して記述してください。--Alexander Poskrebyshev会話) 2016年7月10日 (日) 20:38 (UTC)


  1. ^ 藤岡信勝 『「自虐史観」の病理』 文春文庫 [ふ-18-1] ISBN 4167196042、15-19p・28-29p・32-33p・56-57p