ノート:本作長義

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関連項目:「南泉一文字」の削除について[編集]

「南泉一文字」は徳川美術館の刀剣514振の中から特筆されるほどの関係性が見当たらなかったので削除させていただきました。刀工が同じ備前国というだけでは同館に最低30振以上(図録記載の目録より)はありますが、他に何か理由はあるのでしょうか? 同館所蔵で同じ備前長船派の国宝「津田遠江長光」や「銘 光忠」を差し置いて関連項目に挙げるよりは、徳川美術館#主な収蔵品へリンクを貼る方がいいと思うのですが。--いやしけよごと会話) 2020年6月8日 (月) 11:15 (UTC)

空行の調整。--遡雨祈胡会話) 2020年6月8日 (月) 21:23 (UTC)
  • 返信  こんばんは、お世話になります。従六位上河内介と申します。関連項目として2点ございまして、1つ目はWP:NAVLISTにおいて関連項目における内部リンクとして挙げることが許容されるリンクとして、”関連項目へのリンク - 記事で扱った項目と類似の項目”が示されています。記事で扱った項目(本作長義)と類似する項目として南泉一文字を挙げた理由として、①どちらも尾張徳川家に伝来したもの、②伝説的に切った物に由来する号の名付けがされている(南泉=猫、本作長義=山姥切)、③現在重要文化財指定を受けており、現在も徳川美術館へ保管されている、④『刀剣乱舞』のキャラクターとして認知されている(原史彦氏の論文にも同様の記述がございました)ほかなどが挙げられます。いやしけよごと様の申しますように刀派などで判断して関連項目に雑多な内容を載せるのは問題ですが、これらの類似項目を確認していただけますと幸いです。--従六位上河内介会話) 2020年6月9日 (火) 15:23 (UTC)
  • はじめまして、いやしけよごとと申します。いつもお世話になっております。 従六位上河内介さまのおっしゃった関連項目のうち①と③~④のどれかを備えるのは複数あります。 ②の「切った物に由来する号の名付け」については本作長義#山姥切の名前の通り現状で山姥切は本作長義の正式な号ではありません。銘を呼び名の由来だとすると③も満たすのは10振ありますし、そこに南泉一文字は含まれません。 ③の徳川美術館所蔵刀剣(重要文化財)は簡単に数えたところ19振ありましたが、長義と同じ正宗十哲の五月雨江や④にも含まれる物吉貞宗なども当てはまります。 ④の刀剣乱舞が理由でしたら、攻略wikiやピクシブ百科事典、ニコニコ大百科で山姥切長義から南泉一文字へのリンクを確認しました。wikipediaの刀剣乱舞の項目でもキャラクターからモチーフとなった刀剣へのリンクがあり、そちらで知った方への検索性は十分に思えます。 こちらではあくまで現実で深く関係するものだけに留めるか、そうでなければ南泉一文字だけを特筆するのではなく徳川美術館が「とくびぐみ」として物販などで五振ひとまとめに扱っている物吉貞宗鯰尾藤四郎後藤藤四郎も関連項目に追加するのを検討してみてはどうでしょうか(どちらかというと本作長義ではなく徳川美術館の関連項目だと思うので、本当は反対なのですが)--いやしけよごと会話) 2020年6月10日 (水) 11:48 (UTC)
  • これが「山姥切長義(刀剣乱舞)」の個別記事でしたら関連項目:南泉一文字に異論はありませんが、ここはあくまで現実の刀剣の記事であることが気になります。ほかの刀剣乱舞実装刀の記事も簡単に確認しましたが、ニュースなどになっていない限りはゲームへの言及は見当たらず、記事の中でゲーム内で関わりのある刀が関連項目にあるものは基本的にはおひとりが追加されたもののようでした。ほかの編集者さまのご意見も確認したいので、テンプレートとコメント依頼を記載してもよろしいでしょうか?--いやしけよごと会話) 2020年6月10日 (水) 11:48 (UTC)
意見は後ほど書こうと思ってますが、連絡だけします。一応コメント依頼は出しています。個人的な経験談で恐縮なのですが、意見が異なった場合はたいてい二者間で決めようとするとひたすら平行線をたどることが多いので、Wikipedia:論争の解決に則って第三者に依るコメントを求めたほうがいいです(余談ですがコメント依頼に依頼が残ってしまうと他の依頼が見えづらくなるので、解決次第除去も意識した方がいいです)。--遡雨祈胡会話) 2020年6月10日 (水) 12:05 (UTC)
遡雨祈胡さま、対応ありがとうございます。今後は気を付けます。--いやしけよごと会話) 2020年6月10日 (水) 12:13 (UTC)
大したことではないので、そんなに気にしなくて大丈夫ですよ。議論で第三者から意見を募るなら、とりあえず第三者意見を募る場合、お互いの認識の確認もかねて内容をまとめ直すといいかもしれませんが、ちょっとすぐにはできないのでやっていただくか、しばしお待ちください。--遡雨祈胡会話) 2020年6月11日 (木) 13:16 (UTC)
「存続希望:「記事で扱った項目と類似の項目」に4つ以上の根拠で該当する」「削除希望:ゲーム「刀剣乱舞」に依拠しすぎで、それを抜かせば特筆するほどの関係が見当たらない」でしょうか。客観視できているか不安ですが--いやしけよごと会話) 2020年6月13日 (土) 14:13 (UTC)

(戻します)とりあえずこちらでまとめてみました。語弊があるようなら教えてください。

議題:関連項目の内容に「南泉一文字」を掲載するか否か
以下、拡大項目を「アルファベット-数字」で記載し、各要素に対する賛成要素を「アルファベット-数字-数字」、反対意見・参考意見を「アルファベット-数字(直前の意見の数字+1、賛成意見がその時点でなければ1とする)で分け、どの情報・意見に対する言及であるかの表記を簡易化する。
考慮する要素とその反対意見
A-1.両作が尾張徳川家に伝来したもの
A-2.尾張徳川家伝来の日本刀は多数存在すること
B-1.号の名付け方が共通
B-2.本作長義の号(山姥切)は正式なものではないこと
C-1.重要文化財指定を受けた徳川美術館収蔵品
C-2.C-1に該当するものは19振(五月雨江、物吉貞宗も該当)
D-1.『刀剣乱舞』のキャラクターとして認知(徳川美術館学芸部部長代理である原文彦の論文で言及)
D-1-1.物吉貞宗・鯰尾藤四郎・後藤藤四郎も同様にリンクしてはどうか
D-2.『刀剣乱舞』の記事からリンクがあるので検索は十分
D-3.徳川美術館の関連項目でまとめるのがいいのではないか
備考
徳川美術館#主な収蔵品へのリンクはWikipedia:関連項目の内容からできる限り除外

なるべく簡易化するために短く書くよう努めましたが、過不足などございましたらご一報ください。--遡雨祈胡会話) 2020年6月20日 (土) 10:35 (UTC)

上のまとめとは別にしたいので投稿を分けますが、私は主にB-2とD-3の観点から「記載しない」意見に賛成です。掲載するのであれば徳川美術館でまとめるのが一番いいのかなと思ってます。『刀剣乱舞』の話でやるのであれば、私論ではございますがWikipedia:ウィキペディアは何ではないか/ファンサイトや、それをやってしまうと結果的に被る要素を複数つなぎ合わせたことで発生する独自研究になってしまうのではないかと考えております(今回は原氏の論文があるので、書くのであれば原氏による言及であることを書いた方がいいと思います)。日本刀関係のゲームで天華百剣でも日本刀とキャラクターイラストを並べて展示会が開催されたこと(参考:[1])や刀使ノ巫女で瀬戸内市が日本刀のイベントを開催したこともある(参考:[2][3])ので、第三者による評価が後世で出てから、記載するのでも遅くないのではないかとも思案します。--遡雨祈胡会話) 2020年6月20日 (土) 10:53 (UTC)脱字修正。--遡雨祈胡会話) 2020年6月23日 (火) 17:39 (UTC)

概要について[編集]

解決済み 解決済み いやしけよごと様によって改稿済み。 --従六位上河内介会話) 2020年6月30日 (火) 14:52 (UTC)
  • 個別ページのある堀川国広に関する経歴説明は必要でしょうか?--いやしけよごと会話) 2020年6月8日 (月) 11:15 (UTC)
  • 2020年6月7日 (日) 04:08‎の編集で来歴に蔵帳の区分を記入したのは、刀剣春秋792号に「鞘書に書かれた「仁壱」は尾張徳川の最も重要な刀剣だったことを示している」とあり、ずっと仁の分類だったと誤解を招いているように感じたからです。しかし来歴を消去して概要に組み込むのでしたら、視認性が著しく下がるので蔵帳の分類関係そのものを削除したほうがいいと思います。--いやしけよごと会話) 2020年6月8日 (月) 11:15 (UTC)
空行の調整。--遡雨祈胡会話) 2020年6月8日 (月) 21:23 (UTC)
当方の考えとして、堀川国広に関しては単体記事があるので、経歴をそこまで書く必要はないと考えています。ただ芸術家全体によくあることなのですが、作風が年齢を重ねるにつれて変化することは多々あるので、どの年代のどういった特徴があるなどが分析した人物の情報と共に記載できると、記事としては充実すると考えます。--遡雨祈胡会話) 2020年6月8日 (月) 21:28 (UTC)
概要節に関して述べると、来歴と分けた方が可読性が高いというのは当方も考えております。Wikipedia:雑多な内容を箇条書きした節を避けるは避ける必要がありますが、年代で箇条書きが分かりやすいというのはあるので(参考としてWikipedia:良質な記事宮沢賢治#略年譜を出しておきます)、そういったところを参考にするといいのかもしれません。ある程度説明が要る場合は文章で説明して、簡易化したものを別で設けるのがいいと思います。その際、長く説明している方で出典が示せていれば、改めて出典を示す必要はないと考えます。諸説あるものに関しては日本刀ですと燭台切光忠#逸話・俗説のような例があります。--遡雨祈胡会話) 2020年6月8日 (月) 21:40 (UTC)
作風の変遷についてはこれからまとめに挑戦します。 佐藤寒山『日本名刀物語』由来ならすぐにできるのですが、他にも資料を確認したいので時間がかかる予定です。他の方による投稿が先になければ、下書きの内容次第で「節を作る」「概要を加筆修正する」「堀川国広の記事を加筆しリンクを張る」のどれかで対応します。--いやしけよごと会話) 2020年6月9日 (火) 13:41 (UTC)
来歴を記事に戻して概要を調整することを検討したいので、Template:告知を記事本文に記述しました。--いやしけよごと会話) 2020年6月9日 (火) 13:41 (UTC)
  • (戻します) 返信  こんばんは、お世話になります。従六位上河内介と申します。堀川国広の記載に関しては、遡雨祈胡様のご意見同様に、単体記事がある以上は経歴は細部まで記入しなくてもよいと考えます。しかし、本作長義の特徴として磨り上げによる長文の銘文や、国広によって作られた伯仲の作とされる写しの存在などが挙げられており、いずれも堀川国広も大きくかかわっています。本作長義にとってのキーマンである堀川国広という人物の詳細については単独記事に任せるとして、簡単な説明や日向出身の国広がいつ頃足利に来たのかなど記すのは、本項での可読性を高めるためにはある程度許容されても良いのではと思慮しております。--従六位上河内介会話) 2020年6月9日 (火) 15:23 (UTC)
  • 返信  また、来歴節の統合に関してましては、箇条書きで記された年表形式での記載は、あくまで概要節で記された文脈の要説部分として設けられるものであり、概要節には記載がなかった文章が、一方で文脈の要説部分である来歴節には記載されているというのは順序が異なるのではないかと考えました。また、来歴節には概要節との内容が重複している箇所が多かったことから概要節へ統一するのが妥当考え、修正いたしました。また、概要節と来歴節を分けることへの意見については、本作長義のように銘文から来歴がはっきりしており、尾張徳川家の蔵帳によって来歴や年次での扱いが明確である分には略年表節(来歴節)を別途作ることは不可能ではないと思いますが、一方で他の著名な日本刀や美術品であっても来歴が明確であるものは非常に少なく、年次が示されていてもそれが確実であるか不明であったり、諸説あるものだとかで「どの年次に、どんなことがあった」と年表形式にて記すには刀剣や美術品の性質上難しいと考えることから、人物記事に倣って略年表節(来歴節)を作成するのは本項記事には不適当であると考えます。--従六位上河内介会話) 2020年6月9日 (火) 15:23 (UTC)
  • こんばんは、いやしけよごとと申します。いつもお世話になっております。 堀川国広が本作長義にとって重要人物であることには全面的に同意します。しかし『存作刀の年紀は1576年(天正4年)から1613年(慶長18年)に及ぶ。元は日向国出身であり飫肥藩伊東家の家臣であったが、同家没落後は山伏となり、九州各地での作刀期間を経て1590年(天正18年)頃には野州足利(栃木県足利市)へ活動拠点を移していた。』ja:本作長義 (2020年6月9日 (火) 13:43‎ UTC‎) という箇所が、現時点での堀川国広の該当部分よりも情報が多くアンバランスではないでしょうか。飫肥藩もそのころはまだ藩ではないので違和感があります。この文章をそのまま残すのでしたら、堀川国広の充実が必要に思います。--いやしけよごと会話) 2020年6月10日 (水) 12:08 (UTC)
  • それと申し訳ありません、慣れておりませんので教えていただきたいのですが、刀剣や美術品に関して年表形式を用いるのは不適当ということでしょうか? 来歴節にあり概要節にないものは、順序など気にせず文章を加筆修正していけばすむものだと考えておりました。--いやしけよごと会話) 2020年6月10日 (水) 12:26 (UTC)
当方の知る限りでは不適当ということは無いと思います。基本的に長くなる時は箇条書きでなくて文章で書いてほしいというような風潮をテンプレートからは感じられますが。--遡雨祈胡会話) 2020年6月11日 (木) 13:16 (UTC)
ありがとうございます。テンプレートをもっと確認します。--いやしけよごと会話) 2020年6月13日 (土) 14:13 (UTC)
  • 利用者sandboxで自分の主張に沿った改稿案第一稿を作成したのですが、こちらにリンクを張っても大丈夫でしょうか?--いやしけよごと会話) 2020年6月13日 (土) 17:13 (UTC)
リンクは大丈夫ですが、下書きページにて履歴継承をして頂けますか。分からないようなら聞いてください。--遡雨祈胡会話) 2020年6月13日 (土) 23:57 (UTC)
  • 下書きこちらのページの最上部と変更履歴に履歴継承について記載しました。恐れ入りますが、それ以外にすることがありましたら教えてください。--いやしけよごと会話) 2020年6月14日 (日) 12:02 (UTC)
下書きページの「編集内容の要約」欄に元記事へのリンクを挿入してください。--遡雨祈胡会話) 2020年6月15日 (月) 12:08 (UTC)
  • リンクを挿入しました。ありがとうございます。--いやしけよごと会話) 2020年6月15日 (月) 12:22 (UTC)
  • (戻します)合意形成についてです。Wikipedia:合意形成#合意形成には約1週間以内に異論が無ければ提案が決定事項になると書いてあります。(「関連項目について」はそのうちに意見を書き込んでいただけるとあるものの)「概要について」は6/10のこちらの意見に対する異論がまだ見られないようです。ですので最後にコメントが書き込まれた6/15の1週間後(6/22)までにご意見が無ければ、来歴節を復活させる形で記事を編集させていただく予定です。--いやしけよごと会話) 2020年6月18日 (木) 11:42 (UTC)
例えばですが、概要節と来歴節で重複するという話でしたので、年表で十分なところは来歴節で、それ以外の追加情報が必要ならその分を概要節で説明するといったことは可能でしょうか。それなら重複どうこうの点はあまり気にならなくなるのではないかと考えております。--遡雨祈胡会話) 2020年6月18日 (木) 11:50 (UTC)
それからどちらでもいいのですが、来歴を概要節から独立させる可能性も考慮して、来歴ではなく年表という名称でもいいと思案します。--遡雨祈胡会話) 2020年6月18日 (木) 11:56 (UTC)
  • 下書きの来歴を年表に書き換えました。もうひとつのご提案の件ですが、概要で年表の事柄に触れるときには説明を追加することを目標としているため、年表と被るのは「長尾家没落以降の伝来は不詳であるが、1681年(延宝9年)6月に尾張藩3代藩主である徳川綱誠が購入し、以後は尾張徳川家に伝来している」「明治維新後も尾張徳川家に伝来し、1949年(昭和24年)2月18日に尾張徳川黎明会の所有名義で重要文化財に指定された」くらいで、それも話の導入や締めにちょうどいいので削るのは悩みます。数日寝かせておいて、冷静になってから文章全体の練り直しに挑戦します--いやしけよごと会話) 2020年6月18日 (木) 13:50 (UTC)
いずれも強要するつもりはないので、納得いく形に書いて、後で直すのもありかもしれません。--遡雨祈胡会話) 2020年6月19日 (金) 13:18 (UTC)
  • (戻します) 返信  遡雨祈胡様が「年表で十分なところは来歴(年表)節で、それ以外の追加情報が必要ならその分を概要節で説明する」という機能の使い分けをご提案いただきましたので、これに対して私の考えを述べさせていただきます。人物伝のスタイルマニュアル(WP:MOSBIO)には、『人物の伝記は流れのあるまとまった文章で執筆してください。年譜形式は(箇条書きの書式を取っているか否かに関わらず)推奨されません。もっとも、学歴・職歴や受賞歴を別途まとめる場合や、伝記本文とは別に、簡便な年表(略年譜など)を設けることは否定されていません。その場合も年譜のほうが記事の主体とならないようにしてください。』と挙げられています。あくまで一提案であることは承知しておりますが、年表表記で十分なところは来歴(年表)節で、追加情報を記入するなら概要節と使い分けると年譜の方が記事の主体になるのでそれはあまり良くないのではないか、と考えています。--従六位上河内介会話) 2020年6月20日 (土) 06:46 (UTC)
そうであれば、概要節のなかから来歴を切り出して来歴節にして、年表節はそのままでいいのではありませんか?あの節は概要と言うには来歴に重点を置いて書いてますから、別に分けても困らない上に、概要にしては他の要素に比べてあまりに来歴だけが詳述されているように当方には見えます。来歴というものの性質上止むをえないところもあるかもしれませんが、それなら余計別の節に分けた方が分量的にはいいのかなと思っております。--遡雨祈胡会話) 2020年6月20日 (土) 07:59 (UTC)補足。--遡雨祈胡会話) 2020年6月20日 (土) 10:35 (UTC)
あといずれもあるところなのかもしれませんが、「大前提で語られており」の箇所が出典が多すぎるので、せめて3点程度に絞ることはできないかと思っております。それから事前にいやしけよごとさんに一応言うと、自分の下書きから記事に転記するときは履歴継承をしないほうがいいと思います。理由としては、履歴継承を行うと元の記事(この場合は利用者ページを利用した下書き)を消してはいけないというお約束があるためです。詳しくはWP:RUDをご確認ください。--遡雨祈胡会話) 2020年6月20日 (土) 10:35 (UTC)
  • 自分の主張は下書きの通りで、「現行の記事に年表を追加し、概要を調整」すればよりわかりやすくなるのではないかというものです。雑多な事項を箇条書きにしているわけではないですし、年表はあった方が読みやすく本作長義をよく知らない人が理解を深める一助になると思うからです。--いやしけよごと会話) 2020年6月20日 (土) 12:15 (UTC)
  • 私の拙い理解で申し訳ありませんが、遡雨祈胡さまのご意見は上で紹介いただいた燭台切光忠のように現在の概要を時代順に分解し来歴節として詳述する形式でしょうか? でしたら従六位上河内介さまのご意見の「略年表節は避けたい」も書き方によっては満たせるかもしれないですね(年表の有無による可読性を確認する必要はあると思いますが)。そちらのバージョンの下書きにも挑戦してみますが少し時間がかかりますので、先に完成された方がいらっしゃいましたらここにリンクを張っていただければ助かります。--いやしけよごと会話) 2020年6月20日 (土) 12:15 (UTC)
  • 下書きの問題箇所の出典は自分でも多いとは思っていたので削りました。履歴継承もあわせましてご指摘ありがとうございます。--いやしけよごと会話) 2020年6月20日 (土) 12:15 (UTC)
  • (戻します)来歴を充実させた下書き2が現状では一番可読性が高いと思えるので自分はこの形式で編集したいのですが、どうでしょうか。これまでの編集者さまが文章を充実してくださったおかげで「年譜の方が記事の主体」にはならないので、年表は入れたほうがわかりやすいと思います(年表にある蔵帳の分類3件は、来歴に説明を入れたので削除を検討します)。--いやしけよごと会話) 2020年6月22日 (月) 12:05 (UTC)
すみません、どう返すか考えていたら更新がされていたのでひとまず返答の方をさせて頂きます。燭台切光忠のような時代ごとの分け方をするという認識で大丈夫です。当方としても下書き2が各説を綺麗に分けられていて、いいと思います。--遡雨祈胡会話) 2020年6月22日 (月) 13:13 (UTC)
こんばんは、下書きを確認させて頂きました。いやしけよごと様の仰る通り、もし概要(刀工の説明+来歴)を示すのに燭台切光忠のような時代ごとの分け方をすることは節を区切ることで可読性が上がり、元の内容を補強されていたので問題ないだと思います。ただ、個人的な印象として他の刀剣の記事における概要(来歴)節のほとんどは、”刀工の特徴⇒刀の名前の由来⇒来歴”という構成になっています。そのため、堀川国広の紹介が来歴節にあるのに、長義の紹介は作風節にあるのはアンバランスではないかなと思います。(ただ、構成や内容について気になる点があればこちらでも修正いたします。)--従六位上河内介会話) 2020年6月23日 (火) 13:15 (UTC)
「他の刀剣の記事における概要」のくだりである日本刀記事の節構成は割と従六位上河内介さんが編集されているところなので、その辺になると個人の好みなのかなと思っております(参考:[4][5][6][7][8][9][10][11]など)。統一する必要はそこまでないのではないでしょうか。手前味噌でなんとも言えない感じなのですが、リダイレクトから起こした山鳥毛では、①最初のところで特筆性を説明して、②そこから日本刀としての特徴、③号、製作者、自治体の購入などを含めた伝来みたいな流れで書いていました。山鳥毛のケースだと自治体に依る購入の箇所が情報が手に入れやすい故に膨らみやすいのでそこを小さい節で分けたとかそういうことは気にしていた気がします。最初であればいやしけよごとさんが書きたいように書いていく方がいいのではないでしょうか。--遡雨祈胡会話) 2020年6月23日 (火) 17:39 (UTC)
  • 自分が長義の説明を作風に入れたのは「身幅が広く豪壮な姿をしている」という相伝備前の説明が本作長義にそのまま繋がっているので、作風にまとめたほうがわかりやすいと思ったからです。堀川国広に関しては本作長義に与えた影響と受けた影響なので、時系列的にも来歴の途中に入れました。ですが本作長義実物の説明である作風が一番最後というのは確かに違和感があるので、概要と来歴の間に作風をいったん差し込みました。ただしこれはあくまで自分がそう感じたからに過ぎないので、今後はより良い形に編集されていけばいいと思います。それでは、とりあえず下書き2の形で本記事を編集させていただきます。--いやしけよごと会話) 2020年6月24日 (水) 11:14 (UTC)

山姥切伝説の出典について[編集]

報告(以下の文章は前節の続きで書かれていましたが、来歴節修正済である上、内容が多いため新しい節を設けさせて頂きました。ご了承ください。)--従六位上河内介会話) 2020年6月30日 (火) 14:52 (UTC)

いろいろ編集した後に気付いたのですが、どなたか「この時点で山姥切国広を」から「山姥切伝説は山姥切国広のものであるとした。」のくだりに出典が出せる方はいらっしゃいますか。福永酔剣『日向の刀と鐔』はNDL SearchとCinii Booksによると東京国立博物館と宮崎県立図書館に所蔵があります。日本の古本屋では20,000円近い金額で販売されているので、さすがに手軽に買える状況とは言い難いですが、どなたかご協力いただきたいです。--遡雨祈胡会話) 2020年6月26日 (金) 23:10 (UTC)
  • 「~山姥切伝説と来歴が伝わっていたことが確認できる」でしたら原氏の論文の24~25頁にあるので追加しておきます。ただそれ以降の箇所、特に『日向の刀と鐔』に触れられているものは手持ちの資料だと自費出版物のみのため、自分は孫引きもできません。東京国立博物館資料館は平日のみの開館なのでこちらが調べるとしたら最短でも数か月は先のことになります。確認出来たら出典に記入しますが、該当箇所を編集した従六位上河内介さまに記載していただくのが一番早いかと思います。ほかの編集者さまでも、おわかりになる方はよろしくお願いいたします。--いやしけよごと会話) 2020年6月27日 (土) 07:29 (UTC)
  • 「本歌と写しが共に指定の重要文化財となっている唯一の事例と徳川美術館学芸員の原は述べている」とありましたが、同様の指摘は『刀剣春秋』776号にもあったために一度削らせていただきました。ただそこまで重要とは思えないため、再度同様に編集された場合は手を入れないつもりです。--いやしけよごと会話) 2020年6月27日 (土) 07:29 (UTC)
『日向の刀と鐔』の箇所は一旦要出典テンプレートを貼りました。できる人が編集するのがいいと思いますが、現状急ぎではありません。もし従六位上河内介さんが出典が分かるようであればご記載頂けますと幸いです。
いやしけよごとさん、もし抵抗がなくて『刀剣春秋』776号の著者とタイトル、ページ番号まで分かる場合、そこまで記載頂けると助かります。厳しいようならお気になさらないでください。--遡雨祈胡会話) 2020年6月27日 (土) 13:23 (UTC)
  • 2017年2月刊行の月刊新聞『刀剣春秋』第776号の1面「美術鑑賞シリーズ(553)山姥切国広」に「本科と写しのいずれもが重文に指定されているのは、この長義と国広だけであり」とあります。筆者は記載されていませんが「編集人・原口鉄哉」とはありました。よろしくお願いいたします。--いやしけよごと会話) 2020年6月27日 (土) 14:12 (UTC)
助かります。出典追加しておきました。--遡雨祈胡会話) 2020年6月28日 (日) 02:16 (UTC)
  • すみません、『刀剣春秋』776号「美術鑑賞シリーズ(553)」のサブタイトルですが、正式には山姥切国広ではなく「長尾顕長所持 彦根藩井伊家伝来か 重要文化財 刀 銘 九州日向住国広作/天正十八年庚寅弐吉日平顕長 号 山姥切国広」でした。サブタイトルを消して、「美術鑑賞シリーズ(553)」だけに直しました。--いやしけよごと会話) 2020年6月30日 (火) 13:11 (UTC)
  • ja:本作長義(2020年6月28日 (日) 02:16‎)の「1935年発行の新刀押象集に収録されている」ですが、『新刀押象集』上巻にある山姥切国広の押形には逸話のメモが省かれて記載されています(本記事でリンクが張られていた5~6頁(17コマ)目は堀川国広の説明であり逸話については未記載です)。「山姥切伝説と来歴が伝わっていたことが確認できる」とされる『新刀名作集』に文面を差し替えましたが、未所持(デジタルコレクションは国会図書館/図書館送信限定)のためページ数がわかりません。確認が取れるまで、要出典テンプレートを張り付けておきます。--いやしけよごと会話) 2020年6月30日 (火) 13:11 (UTC)
  • (戻します) 返信  こんばんは。福永酔剣『日向の刀と鐔』における山姥切伝説による記述については、恐れ入りますが私も自費出版物に記されていたものを参考に執筆したため、wikiの出典では難しいと考え記述を控えておりました。そのため、原典を確認できるまでは一旦要出典でお願いできればと思います。また、いやしけよごと様よりご指摘いただきました『新刀押象集』についても、本項執筆時に昭和3年に刊行された『新刀名作集』と誤認しておりました。ご修正いただきましてありがとうございます。--従六位上河内介会話) 2020年6月30日 (火) 14:52 (UTC)
  • こんばんは。福永酔剣が「近代で最初に読み解いた」ことを示す根拠が自費出版書物のみでしたら出典を記載できないため、文章を一部変更しました。要出典はそのままですので、(自分も含めて)最初に確認できた方は修正をお願いします。--いやしけよごと会話) 2020年7月1日 (水) 12:27 (UTC)
修正ありがとうございます。自費出版物の参考文献などをヒントにするのは良いのですが、出典の明記の観点からも気に掛けたほうが良さそうですね。--遡雨祈胡会話) 2020年7月2日 (木) 11:52 (UTC)

作風について[編集]

  • 「備前の小板目~相州伝備前の典型」はサイト「天下人の城」〜徳川美術館応援団〜にある解説ですので、出典は書いてありますが引用の形式に変更しました。その後の南北朝時代の特徴云々もこのサイトをまとめたものですが、問題部分はそのままが一番わかりやすかったからです。より理解しやすい相伝備前の説明がありましたら、差し替えをお願いします。--いやしけよごと会話) 2020年7月1日 (水) 12:27 (UTC)
  • 「備前の小板目~よく現れている。」は注釈まで含め相伝備前などの作風(作品にあらわれる芸術家の傾向・特徴)に主眼を置いているため「刀身」より「作風」の項目がふさわしいと考え、作風項目を新設しました。節タイトルと重複しても「作風」という小項目を作成するのが問題でしたら、該当の箇所は作風の意味的に考えて項目の上に置くか、「刀身」へ移すのでしたら刀身主体の文章に修正して注釈の匂い関係の削除が必要だと考えます。--いやしけよごと会話) 2020年7月1日 (水) 12:27 (UTC)
  • 返信  こんばんは。既に遡雨祈胡様が”作風”の小節を削除されておりますが、私の考えを申し上げれば”刀身の節”に内包されても問題ないのでは?と考えています。というのが、”刀身の節”ではすでに刃文や地鉄を左右する研ぎについても詳細に言及されているにも関わらず、一方で「天下人の城」で言及されている刃文や地鉄、身幅などと”刀身の節”とも重複している内容を別節に分ける必要があるのかと考えています。また、相州伝備前の典型作たる本作長義の特徴を通じて相州伝備前の作風に言及したいという思いで”作風”という小節を設けられたいやしけよごと様の考えも理解できますが、刀身の説明を行う際には刃文と地鉄、茎や刀身全体の形状も含めて言及するのが一般的だと思いますので、刃文などを説明するにあたり相州伝備前に関連した記述を”刀身の節”で記されていても違和感はないと思います。なお、刀身主体の文章に修正したとしても、注釈でせっかく執筆いただいた地鉄の特徴などは削除する必要性はないと思います。--従六位上河内介会話) 2020年7月2日 (木) 13:17 (UTC)

山姥切の名前について[編集]

解決済み 解決済み 改稿済み。--遡雨祈胡会話) 2020年6月11日 (木) 13:16 (UTC)
  • 長義を山姥切とする説の初出は1962年の『堀川國廣とその弟子』だと原史彦氏の論文には記載されているので、確認をお願いします。--いやしけよごと会話) 2020年6月8日 (月) 11:15 (UTC)
空行の調整。記載者はWikipedia:ノートページのガイドラインをご確認いただけますようお願いいたします。--遡雨祈胡会話) 2020年6月8日 (月) 21:23 (UTC)
  • 返信  こんばんは、お世話になります。従六位上河内介と申します。”山姥切の名前”節の初出書籍、およびその出典についてご案内頂きありがとうございます。原史彦氏の論文をもとに改稿しましたので、ご確認いただければと思います。--従六位上河内介会話) 2020年6月9日 (火) 15:23 (UTC)
  • こんばんは、いやしけよごとと申します。いつもお世話になっております。「山姥切の名前について」の修正をありがとうございました。経緯の要約がとてもわかりやすく、自分ではこうは出来なかったと感服いたしております。--いやしけよごと会話) 2020年6月10日 (水) 11:50 (UTC)=