ノート:有用微生物群

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出典メモ[編集]

--fromm会話) 2012年7月4日 (水) 02:10 (UTC)

中立性を欠いた記事の修正提案[編集]

現在有用微生物群のページでは、否定派と肯定派によって編集が繰り返されています。 記事の中立性を維持するために、肯定的意見の節を設置、「効果のなさ・ニセ科学性」を否定的意見に変更することを提案します。——以上の署名の無いコメントは、Tsukinowaguma1430ノート履歴)さんが 2014年4月6日 (日) 23:22‎ (UTC) に投稿したものです(mahiran会話)による付記)。

朴念仁さん、あなたの編集は中立性を欠いていませんか?明らかに批判に偏っているように思います。EMがJAS資材であるなどの事実の、私の編集を削除した理由は何でしょうか。 一方的に編集する前に、ここで説明してもらえませんか?--Tsukinowaguma1430会話) 2014年4月15日 (火) 06:15 (UTC)

「EM・1」や「EM有機培土」等が有機JAS適合資材である根拠としてEM研究所のマニュアルを引用していますが,これは出典として無効です。公的機関(一般社団法人有機JAS資材評価協議会)などによる資料を添付してください。なお, 有機JAS資材評価協議会作成の有機農産物のJAS規格別表等への適合性評価済み資材リスト(エクセルファイル A4版)にはEMは見当たらないようです(捜し方がまずいならばその旨ご指摘ください)。--AyaTademaru会話) 2014年4月16日 (水) 07:57 (UTC)

AyaTademaruさんコメントありがとうございます。公的機関の資料ということでしたらこちらは如何でしょうか。福井県の資料です。(福井県特別栽培農産物認証制度で使用している肥料・土壌改良資材・有機JAS別表1該当資材一覧(平成25年11月版))http://www.pref.fukui.jp/doc/nougyou/tokusai/sin-ninshouseido_d/fil/068.pdf よろしくお願いいたします。--Tsukinowaguma1430会話) 2014年4月16日 (水) 11:26 (UTC)

節「用途」と節「EM技術」の活用例の内容が重複しているため、活用例の内容を用途へ移動することを提案します。 また、福島県がEMが汚染源であるとの見解についての記述ですが、福島県の発表とした福島民友以外、県の発表資料や第三者の情報がないため出典無効としました。

すいませんが。それは地方紙は明らかに出典となりえます。そこは間違えないでください。伊達市と朝日新聞のサイトでも同発表については、フォローされています。そのような理解とフォロー作業なしでは、他者から反発を受けてもやむをえませんし、あなたの出典関連にも疑念を持たれてしまいますので、非常に慎重に編集作業をされますことを切に願います。--Los688会話) 2014年4月16日 (水) 13:31 (UTC)
Los688さん、ありがとうございます。確かに、現段階では私の出典無効とした判断は間違いだったようです。出典無効を撤回します。今後出典無効などの編集をするときは、まずこちらで意見を募ろうと思います。。ご忠告ありがとうございます。

しつこいようで申し訳ありませんが、この件に関して1点、http://www.pref.fukushima.jp/gikai/fu_11/02/deta/200802/02.html 上記の福島県の議会で県の環境保全領域総括参事が、「今回は、勉強会の場で県の研究結果を発表したということで、県の見解とまでいくものではない」としているため、県の見解という福島民友の記事が間違っているのではないかと考えています。県の環境保全領域総括参事の議会での弁と新聞の記事、どちらが正しいのか、またはどちらの情報も載せるのか、編集に際して判断に迷っているところです。皆さんの助言をいただきたく思います --Tsukinowaguma1430会話) 2014年4月16日 (水) 14:02 (UTC)

そういう言動されると、そこは、Tsukinowaguma1430さんがリンク先を読んでいないと批判されてもやむをえないです。丁寧に読み込むことをしてください。福島民報では、「県環境センター」の研究成果の発表(「河川」に対する汚染源の可能性)として、報道をしておりますし、さきの議事録でも(少なくとも)「河川」投入は不可と「明言」されています。県の研究機関における研究報告としてのブレはありません。--Los688会話) 2014年4月18日 (金) 13:03 (UTC)
私は福島民友の記事の信憑性における話題で、「県の見解」であるかどうかで議事録との食い違いがあることについて私の意見を述べ、他者の意見を募っているだけです。県の内部の勉強会での発表と、県の正式な見解では信頼性や重要性において重みが違うと私は考えます。県が見解ではないとしている以上、新聞記事の県の見解だという見出しが間違っているのは事実です。それを踏まえて、どのように編集するのがいいか他者の意見を募っているだけです。私の言動に間違いや失礼があれば謝罪し訂正しますが、これに関して批判されるような言動をした覚えはありません。--Tsukinowaguma1430会話) 2014年4月20日 (日) 23:21 (UTC)

朴念仁さん、大幅に改編する前に議論に参加してください。出典付きの記事削除をしているのはあなたのほうでしょう?私以外に何人かの方が編集に参加しています。他者の編集を尊重してください。——以上の署名の無いコメントは、Tsukinowaguma1430ノート履歴)さんが 2014年04月18日(金)12:52 (UTC) に投稿したものです(Xx kyousuke xx会話)による付記)。

朴念仁さんの編集には偏りがあるようですね。まずは、議論に参加された方が良いと思います。--Nikochan3会話) 2014年5月16日 (金) 09:14 (UTC)

€== 情報源の扱いについて == (節の作成はTrcaによる--Trca会話) 2014年5月20日 (火) 03:34 (UTC))

Trcaさん、記事の即削除などの行為は無駄な編集合戦を起こす行為です。いったんこちらで議論をしませんか?私の編集にどこに削除される理由があったでしょうか。こちらで説明をお願いします。お互い納得の行く形で記事の改善をしていきましょう。--Tsukinowaguma1430会話) 2014年5月19日 (月) 00:22 (UTC)

当該出典はあくまで研究費の成果報告書に過ぎず、学術的な資料として認められる情報源ではありません。簡単に調べた限りでは、論文化されていることは確認できませんでした。成果が論文化されているならそちらを情報源として執筆するべきで、されていないならば言及しない方がよいでしょう。また、当該の研究には提唱者である比嘉氏も参加していますから、客観的な評価ではありません。仮に適切な情報源に基づき当該の研究に言及するとしても、中立的な研究者による研究結果であるかのような筆致ではなく、当事者・利害関係者によるものであることを明記したうえで慎重に執筆するべきです。--Trca会話) 2014年5月19日 (月) 00:39 (UTC)
科学研究費助成事業データベースの研究概要が情報源と認められないとするのはあなたの一個人の意見であって、そのような研究、報告があったとする事の出典としては十分です。また、執筆者に比嘉氏が参加していると客観的な評価といえないとするのも、あなたの主観に過ぎません。出典には、研究参加者の情報も含まれており、わざわざ記事内で紹介する必要のあるものとは思えません。--Tsukinowaguma1430会話) 2014年5月19日 (月) 02:04 (UTC)
Trcaさんの主張は研究者の誰が当事者・利害関係者でどのような立場から研究したということまで調べ、併記するということですか?そこまでは判断できませんし、する必要のないことだと思います。するとすれば研究者の併記くらいでしょうか。それでご納得いただけますでしょうか?--Tsukinowaguma1430会話) 2014年5月19日 (月) 02:53 (UTC)
すべての研究に関して利害関係を本文中に明記するべきとは思いません。明らかな利害関係者による研究は、言及しないか、仮に言及するとしたらそうであることを明記するのが筋です。(たとえば電化製品の性能に関する解説をするなら、メーカー所属の研究者による発表と、他の研究者による評価は区別しなければなりません。)そして、すでにご説明差し上げたように、科学研究費の報告書は正式な論文ではなく、学術的・社会的に成果の発表として認められるものではありません。ウィキペディアで出典にするのは、不可ではないにしても注意が必要です。利害問題とこの問題の両方を鑑みると、私は言及しないのが妥当と考えます。どうしても言及するなら、比嘉氏含むチームの報告であること、通常の論文等ではなく成果報告書であることを明記するべきです。
「Use of Effective Microorganisms for Treatment of Domestic Sewage by the Activated Sludge Process」に関しても、これは岡田茂吉財団に雇われた研究者らが、岡田の設立した団体の主催する会議で報告した内容の紀要であり、科学分野において認められる査読を受けた論文ではないようです。この情報源についても、扱いは慎重にする必要があります。--Trca会話) 2014年5月20日 (火) 03:34 (UTC)
Trcaさん、節の作成、ご意見ありがとうございます。この話題は否定的、肯定的見解両論あり、以前にも編集合戦が行われたことも鑑みて、ご指摘の通りさらに慎重な編集を心がけたいと思います。つきましては節の記述、研究参加者の情報を明記する等の修正を行います。また何かあればご意見いただきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。--Tsukinowaguma1430会話) 2014年5月22日 (木) 01:05 (UTC)

誤った記述の記録と修正[編集]

2014年5月13日 (火) 14:14の朴念仁氏が編集された箇所に明らかな間違いがあります。 出典の内容と全く異なることが記述されています。 朴念仁氏の編集では「比嘉はEMの効果は「マジカルとかオカルトと言われる未知の分野を支配する法則に類似した現象」[10]だと主張し」となっていますが、出展元では実際には「EMは、再現性と普遍性を具備しており、特定な人にしかできないオカルトやマジカルではありません」と比嘉氏は主張。 朴念仁氏は有用微生物に関して比較的ネガティブな情報を多く編集されていますが、このような嘘の情報を書き込む行為は大変問題です。 どのような理由でこのような編集をされたのでしょうか。お答えいただけますでしょうか。 この箇所につきましては、出典に添った形で修正いたします。--Tsukinowaguma1430会話) 2014年5月23日 (金) 13:38 (UTC)

朴念仁氏ではありませんが、出典の最初の3段落の要約としてはそれほど外れていないと思いますよ。--T6n8会話) 2014年5月27日 (火) 15:07 (UTC)

信頼性[編集]

亀田東小学校のホームページが使われています。Wikipedia:信頼できる情報源の信頼性が不明なので消します。議事録から言及されているから消しても言及は維持されます。--163.49.207.253 2018年7月30日 (月) 07:44 (UTC)

蒲田典弘はロズウェルUFO事件の研究者を名乗っているだけでジャーナリストでもなければ、学者でも、農学の学位も公開されていないため、意見を対等に扱うことができない。除去に値します。--163.49.207.253 2018年7月30日 (月) 11:20 (UTC)

Twitter、自己アップロードされたファイル、個人サイトは信頼できる情報源ではないので消します。--163.49.207.253 2018年7月30日 (月) 13:28 (UTC)

歪曲曲解、独自研究が多いですけど

同社以外(比嘉のEM研究機構、世界救世教のEM研究所)が販売する

という記述は、出典原文の「メーカー又はEM研究機構もしくは、その双方が十分に管理能力が有ると認め」と矛盾していることを記述しておきます。--163.49.207.253 2018年7月30日 (月) 14:16 (UTC)

外部リンク整理[編集]

「ヘドロ退治プロジェクト」なる企画を立ち上げて活動

出典があっても、記事内容を補足する情報があるとか公式団体の外部リンクではないので、外部リンクの選び方に一致しない。

放射能は微生物では消せません 日経トレンディネット

著者が宇宙の専門家であり、雑誌は日経トレンディであり、WP:ELMAYBEに照らしても特筆すべき資料ではない。

EMの歴史  warbler’s diary 片瀬久美子

外部リンクの選び方に照らして、中立的な観点が達成されていない。検証という部分で否定的なものしかとりあげていないため。注釈を入れましたが除去に値すると思います。そういうことで、客観中立な評価者ではないです。--49.239.66.73 2018年8月19日 (日) 07:43 (UTC)

EM菌 | 疑似科学とされるものの科学性評定サイト 明治大学科学コミュニケーション研究所

これですが、外部リンクの選び方に従って、執筆者不明なので、医学や微生物についてWikipedia:信頼できる情報源#偽の権威に注意のその分野の専門性が不明ですね。あとはまともに検証されていないためか、調べても論文が何十も出てくるのに一切ないため、インチキ説明だと考えられますね。除去に値します。--210.149.250.21 2018年8月25日 (土) 22:37 (UTC)(IPは同じ人物です)

明治大学科学コミュニケーション研究所は、明治大学の特定研究ユニットで、所属研究員も公表されているものです。また、当該サイトは文科省の科研費で構築され、その成果で 科学技術社会論学会の実践賞を受賞しているものです。少なくとも執筆者不明を理由にした削除にはあたらないと考えます。 科学コミュニケーション研究所
--mshin会話) 2018年9月8日 (土) 19:08 (UTC)
実践賞は、「疑似科学用語事典ページ」が市民の意見を採用するという「科学コミュニケーションの実践」が評価されたことにより、受賞したもので内容を評価したものではないです。関係のない評価です。
明治大学科学コミュニケーション研究所の研究員の蛭川立は、必ずしもその分野の専門知識のないスタッフが作り不十分な部分も多々あり、明治大学の見解とするのは誤りとしているとか、輝太郎君がほぼ独力で構築・運営ということを述べており、この輝太郎さんは2017年時点で学生です。文系の科学コミュニケーション学部の学生で、医学部とか農学部ということもない。そうすると輝太郎さんが書いたものも多々あるんでしょうが、個々の記事について執筆者が公開されていないですよね。そういうことが言いたかったです。まずもってWikipedia:信頼できる情報源#偽の権威に注意の、その分野の専門知識があるかが判定できない状態におかれています。
内容を見ると研究は1999年の一件しか見つけていないですよね。まともに調査していないものでしょう。『Q&Aで学ぶやさしい微生物学』、『パーキンソン病ファミリーブック』このような本を列挙してあることは、その分野の専門知識がないことを示すでしょう。問題は多々ありです。--210.148.125.79 2018年9月9日 (日) 02:30 (UTC)(IPは同じ人物です)

除去してください[編集]

以前から#中立性を欠いた記事の修正提案など指摘されていたものです。昔は酷いものだったと思います。

今回、最初から、「有用微生物群は疑似科学の一種である。」にされていますが、まったくWikipedia:中立的な観点が達成されていません。

国際基準「案」に変わっていますが、出典に確認できないためWikipedia:検証可能性が違反です。出典を見てください。以前から「国際スタンダードが決められ各国での登録」と書かれており今更「案」になったのが意味が分からないです。今までのところ「案」のほうの出典がないので、「案」では検証可能性が満たされていません。

「が、本人の主張にとどまる。」が追加されていますが、「比嘉によると、」と最初からWikipedia:中立的な観点を考慮して書いてありますよ。無駄な追加です。

「きたが効果は無かった。」が追加されていますが、これは昔の酷い編集復活だと思います。出典はそういうものではないです。

最初の「要出典」が追加されていますが、これは「斎藤貴男 1997, pp. 232, 239.」の出典が既に挙げてあります。そんなところでしょうか。--163.49.215.25 2018年9月7日 (金) 17:27 (UTC)


記事を確認しておりますと少し気になりましたのでコメントさせてください。

  • 「有用微生物群は疑似科学の一種である。」については 163.49.215.25さんのご指摘の通り、中立的ではない記述です。

記事からも分かる通り、意見の対立が見られる分野ですから「科学的な効果について議論がある」といったような表現が望ましいと思います。

  • 「国際基準案」の部分と「が、本人の主張にとどまる」については、そもそも出典を改めるべきではないでしょうか。

WP:PSTSは一次資料と二次資料の扱いについて述べたものです。原則として二次資料を当たるべきというのが趣旨ですが「事実について率直な記述を行う場合」には一次資料を参照することも認められます。 上記の記述の出典となっているのは "比嘉照夫「クリーニングと衣料に対するEM技術の応用」、『繊維製品消費科学』第45巻第10号、2004年、 748-755頁、 doi:10.11419/senshoshi1960.45.748" ですが、この文献自体は国際基準を提示したものでもなく、「個々の微生物の培養ではあり得ないようなpH4以下での微生物の存在も確認」することを主題とする文献でもありません。また、こうした記述の引用元も文献には記載されていませんから、これらの記述の検証可能性が実際には満たされないように思います。 国際基準を~~と策定したというのも、微生物の存在を確認した、というのも事実ですから、それらを直接的に記載した文献を出典とすべきです。

無論、身勝手な「案」、「きたが効果はなかった」といった編集を擁護する意図は毛頭ありません。 --紅い目の女の子会話) 2018年9月10日 (月) 07:12 (UTC)


アカウントをとりました。

「科学的な効果について議論がある」といったような表現が望ましい

ということですが、これでは本当の学術的な議論がある感じがしますよね。現状でもこうなっていますよ。

批判者は、2010年ごろでもEMは非科学的だとか科学的に検証されていないと言うが、比嘉によればそれは過去の状況である。

それで、菊池誠さんの見解は、2004年の古いものしか上がっていなかったですけど、「微生物による土壌改良や水処理はおかしくない考え」と検証しましたが、当然疑っていない範囲があるということですね。この度、論文の存在を探してみましたが、効果ありという論文が数十見つかりました。

異議を唱えている方の天羽優子さんは、岡山県環境保護センター年報と広島県の同じようなセンターの2報告書を根拠にしています。有用微生物群#使用事例に書きましたが、三重県環境森林部水質改善室や長崎県土木部は効果ありとしているんです。これらは学術誌ではないんですね。また例えば、朝日新聞の偏向報道がある、熊本新聞の肯定報道がある。これを中立的に取り上げている資料が今見つけた範囲では比嘉の資料になったということです。

複数の第三者の論文出版によって科学的効果について検証されているのに、無効だという自治体資料を偏向的に資料として、検証されていないと一部の者が主張している。私が文献を探してみたところ、こういう状態でした。

二次資料は必ずしも、独立した情報源あるいは第三者による資料ではありません。WP:PSTS

とあります。3個参考文献も備えています。資料の考え方に誤解がある感じでしょう。

11 December, 2002 CERTIFICATION OF EFFECTIVE MIROORGANISMS (EM) SOLUTIONS

という英文資料(一次資料)もあり、これについて解説(二次資料)しています。国際基準を提示したもの、微生物の挙動について、今のところ比嘉の資料なので観点を省略せずに書いています。第三者の資料があるに越したことはないです。--Philosin会話) 2018年9月13日 (木) 08:32 (UTC)


時間をなんとか作る努力をしておりましたが、編集保護明けまでにPC触れる目処が立たないので、取り急ぎモバイルで返信できる範囲で書きます。
まずはアカウント取得ありがとうございます。積極的に編集に参加される方がIPユーザーでは、議論の際勿体無いと感じておりました。
さて、まず前半部分(「複数の第三者の論文出版によって科学的効果について検証されているのに、無効だという自治体資料を偏向的に資料として、検証されていないと一部の者が主張している。私が文献を探してみたところ、こういう状態でした。」までの範囲は、10回ほど読み直していますが、私の発言のどの部分に対する反論なのかが分かりませんでした。「比嘉によれば……過去の状況である」以下は、私の発言である「効果について議論があるといった表現に書き換えるのはどうか」に対する意見の一部ということでよろしいでしょうか?
なおどうであれ、EM菌の提唱者である比嘉氏が「偏向報道」という言葉まで持ち出して記述された内容を中立的と捉えるのはかなり無理があると思っています。(出典に使えないとは思っていませんよ)


次に「……資料の考え方に誤解がある」の部分ですが、これについてはむしろPhilosinさんが私の意見を誤解されていると考えます。私の発言を再度読み直していただけませんか?
「二次資料は必ずしも、独立した情報源あるいは第三者による資料ではありません。WP:PSTS」という部分を引用されて以下の議論を展開されていますが、私は出典の文章が比嘉氏がEM菌の提唱者だから不適切だとは申し上げておりません。この部分については、私の発言を読み直していただいた上で改めてPhilosinさんのご意見を伺いたいです。
最初に書いたようにモバイル編集なので、後ほどPCからアクセスできたら体裁整えます。(ととのえました) 紅い目の女の子会話) 2018年9月13日 (木) 22:21 (UTC)

一つ大事なこと書き忘れていました。
失礼を承知で申し上げることお許しくださいね。


Philosinさんの「また例えば、朝日新聞の偏向報道がある、熊本新聞の肯定報道がある。」といった表現が非常に気になっています。肯定的な報道を「肯定報道」と表現して、否定的な報道を「偏向報道」と表現されておられますね。
これって、Philosinさんの視点そのものが肯定的な方に偏っていることの証左です。
勿論wikipediaはどのような思想を持つ方も編集できます。しかし、ひとたび編集する際にはそういった思想は極力排除し編集に当たらねばなりません。無意識のうちに肯定派に有利な記事を生成していないか今一度振り返っていただけませんでしょうか。
Wikipedia:中立的な観点#フェアであることと、好意的な立場とかWikipedia:中立的な観点#ひとつの帰結:敵のために書くは大いに参考になるかと思います。
形式的に観点を記述すればいいわけではない、ということもこの記事には書かれております。改めて熟読いただければ。 紅い目の女の子会話) 2018年9月13日 (木) 22:32 (UTC)

私は両方の観点を編集していますので、この場合、反対の観点からの報道も行えたので朝日は偏向報道を行ったと考えています。私にどっちかの偏向観点があるのなら記述を消していますでしょうに。私の立ち位置を独断的に捉えすぎです。

「私は出典の文章が比嘉氏がEM菌の提唱者だから不適切だとは申し上げておりません。この部分については、私の発言を読み直していただいた上」では何が間違っていたのか分かりません。私もそんなことは言っていないです。--Philosin会話) 2018年9月15日 (土) 10:19 (UTC)


3点記載します。
  • 1点目
この場合、反対の観点からの報道も行えたので朝日は偏向報道を行ったと考えています。 — Philosin
これは熊本新聞についても当てはまることだと思うのですけれど、いかがですか。
  • 2点目
何が間違っていたのか分かりません。私もそんなことは言っていない — Philosin
うーん、そうですか。では、私からPhilosinさんの発言について伺いますね。
二次資料は必ずしも、独立した情報源あるいは第三者による資料ではありません。WP:PSTS とあります。3個参考文献も備えています。資料の考え方に誤解がある感じでしょう。 — Philosin
この部分は、私の発言である
「国際基準案」の部分と「が、本人の主張にとどまる」については、そもそも出典を改めるべきではないでしょうか。(中略)それらを直接的に記載した文献を出典とすべきです。 — 紅い目の女の子
に対する反論だと捉えておりましたが、この認識は間違っておりますか?もし間違っているのなら、何についての発言なのかを明確にしていただければと思います。
  • 3点目
私の発言である
さて、まず前半部分(「複数の第三者の論文出版によって科学的効果について検証されているのに、無効だという自治体資料を偏向的に資料として、検証されていないと一部の者が主張している。私が文献を探してみたところ、こういう状態でした。」までの範囲は、10回ほど読み直していますが、私の発言のどの部分に対する反論なのかが分かりませんでした。「比嘉によれば……過去の状況である」以下は、私の発言である「効果について議論があるといった表現に書き換えるのはどうか」に対する意見の一部ということでよろしいでしょうか? — 紅い目の女の子
にお返事いただけておりません。よろしくお願いします。 --紅い目の女の子会話) 2018年9月15日 (土) 15:57 (UTC)

1点目は、EMの活用が普通に報道された報道量が違いますので。報道を調べてみてください。

  • 日本橋の橋洗い1600人が参加 建設通信新聞 20120724
  • 高松市EM泥団子で水質浄化 四国新聞 20120717
  • クラウド消臭剤発売 微生物の力でペット便臭消す 日経流通新聞 20120711

そういう意味で偏向しています。偏向報道の対義語は通常の報道あたりですよね。なぜ熊本新聞の通常報道が偏向報道になるんですか?そちらの理由がないので判断不可能です。しいて言えば、理由を示さず自分の考えが当然という前提で話すのを今後全部やめてください。熊本新聞が偏向報道だという事実から離れた理由、偏った見方で私に独断で説教をするのはやめてください。

2、3点目は、すみません。そちらの発言を引用形式で書いているんで、そんなに読みにくいのかわからないのですが。確認だけのまったくの無駄な議論はやめましょう。書き直します。

原則として二次資料を当たるべきというのが趣旨ですが「事実について率直な記述を行う場合」には一次資料を参照することも認められます。

また、こうした記述の引用元も文献には記載されていません

とそちらは書いているので、「クリーニングと衣料に対するEM技術の応用」には以下の一次資料があると答えています。

「クリーニングと衣料に対するEM技術の応用」には参考文献があります。

  • 11 December, 2002 CERTIFICATION OF EFFECTIVE MIROORGANISMS (EM) SOLUTIONS
  • 3つの比嘉の著書--Philosin会話) 2018年9月19日 (水) 10:35 (UTC)

  • 1点目
私は「熊本新聞が偏向報道をしていると私自身が考えている」といった趣旨のことは全く申し上げておりません。Philosinさんが
この場合、反対の観点からの報道も行えたので朝日は偏向報道を行ったと考えています。

— Philosin

と仰られましたので、この一文だけでは「朝日」を「熊本」に単に置き換えることができてしまうけれど、と申し上げたのです。なぜ「熊本新聞は反対の観点から報道する必要がない」のか、またなぜ「朝日新聞は反対の観点から報道しなければならないのか」という理由が明示されていない以上、当然生じる疑問です。ここについてはPhilosinさんが、私の発言を深読みしすぎです。お互い気をつけましょう。
「普通に報道」の意味を取りかねますが、単に事例を紹介しているのが普通の報道ということですかね。朝日新聞の記事はEM菌の効果の科学的根拠がないことを強調した記事に見えます。事例の紹介とはまた視点が違うと思います。
科学的効果の根拠・原理があるという報道が主流ならわかりますが、現実にそうなのですかね?「効果があるとされる」といった文言があっても、それ以上踏み込んだ記事は私が探した範囲では見当たりませんでした。ご教授ください。
  • 2,3点目。こちらもPhilosinさんの発言を元に返答しているのですよね。何はともあれ、Philosinさんの書き直した記述を元に意見を改めて述べます。
参考文献と引用は異なります。引用は、引用部にどの文献から引用したか明確にわかるように行うものです。Wikipediaでもやるような、文章の肩に番号を載せて末尾に対応する文献リストを掲載するようなものです。該当の記事にはそうした記述が一切なく、検証することができません。
また一般向けに書かれた書籍を一次資料とするのも無理があろうと思います。もし仮にそれらの参考文献に挙げられた書籍が真に一次資料として有用なものであるなら、その書籍から該当部を引くべきであってやはり現在の出典にこだわる必要はありません。

科学的根拠があるという論文がたくさんあったわけですよ。それをないとだけ言えば、それを偏向だというんですよ。そちらが勝手に「非常に気になっています」と言って、独断でいろいろ言ってきたんです。記事の修正に必要ではない議論はWikipediaの外で相手を見つけてやってください。

2、3点目

こうした記述の引用元も文献には記載されていませんから、これらの記述の検証可能性が実際には満たされないように思います。

とそちら最初が言ったんですよね。なので文献はあると言っているじゃないですか。

参考文献と引用は異なります。引用は、引用部にどの文献から引用したか明確にわかるように行うものです。検証することができません。

直接的な引用もありますが英語はお読みになられないんでしょうか。検証も手間がかかるだけですよね。「検証することができません」ということでない。参考資料に一般資料が入っていても、「クリーニングと衣料に対するEM技術の応用」『繊維製品消費科学』は一応論文でかつ二次資料なので、Wikipedia的に問題ないと思いますが。--Philosin会話) 2018年9月23日 (日) 07:43 (UTC)


1点目。Philosinさんが「偏向」という言葉を突然使用されましたから、特に意識せずにそうした言葉を使用されているなら編集にも影響が出るであろうから敢えて失礼を承知でお伺いする、というのは一番最初に書いております。したがって「記事の修正に必要でない議論」という表現が出てくるのは承服しかねます。 ここまでのやりとりの結果ようやくなぜPhilosinさんが偏向報道という言葉を使用したのかが誰の目にも理解できるようになったのですから、最初の段階では「非常に気になる」のは当たり前のことです。Philosinさんの頭の中を誰も彼も理解できるわけではないのです。 「普通に報道の意味を取りかねる」と申し上げていますが、そちらについて補足がないということは私の解釈で問題ないのかな。科学的根拠があるという論文がたくさんあるというのは初耳ですね。こういうふうにしたら効果が出ましたという論文は確かにあるようですが、「どういった原理でそういう効果が出るのか」を述べた論文はあまり見かけたことがないです。先程も書きましたが、具体的に例示いただけませんか?

2,3点目。直接的な引用があるのは「国際基準案」の話ですね?誤解がないように確認しますのでお答えください。国際基準案については、やはりこの文献の主題は国際基準案について述べたものではありませんから、他に適切な文献があれば差し替えるべきだという立場には代わりありません。国際基準案について論じる他の論文が、この文献を引くとは思えませんからね。

他の例えば「個々の微生物の培養ではあり得ないようなpH4以下での微生物の存在も確認」といった記述については、直接的な引用はされていないと思います。されていたら具体的に明示してください。

そもそも査読を通っている文献ではないですし、「日本繊維製品消費科学会」が専門とする分野の記述でもない。このあたりの信頼性については Wikipedia:信頼できる情報源#分野ごとのアドバイスに記載されている通りです。 また、「Wikipedia的に問題ない」とおっしゃられていますが、そもそも「より適切な文献に差し替えるべきだ」という話をしています。 --紅い目の女の子会話) 2018年9月24日 (月) 03:48 (UTC)


1点目については利用者‐会話:紅い目の女の子#論理だった説明のお願いに目を通してから、個人的な疑問の解消は少なくとも自分の会話ページでやるよう誘導してください。

2,3点目。では「より適切な文献に差し替えるべきだ」。見つかれば置き換えてください。

「この文献の主題は国際基準案について述べたものではありません」、どこから「国際基準を主題とした文献が必要」だという発想が出てきたのか分かりませんが、何の国際基準についても、国際基準を主題とした文献という方が少ないと思いますので、発想が変だと思います。標準気圧などでも「標準気圧とは何か」という文献に国際基準が書いてあれば、出典に利用しておかしいものではないです。この論文の半分は「EMとは何か」なので「EMとは何か」は主題のひとつです。EMとは何かについて使えます。

「そもそも査読を通っている文献ではないですし」理由はなんでしょう?--Philosin会話) 2018年9月25日 (火) 09:22 (UTC)


1点目については個人的な疑問の域を超えていると書いたとおりです。とはいえ、Philosinさんがお答えにならないなら私が質問を投げた状態でクローズでもいいでしょう。

2,3点目。「では「より適切な文献に差し替えるべきだ」。見つかれば置き換えてください。」 最初からそのように具体的に書いていただければわかりやすいですね。

「国際基準を主題とした文献が必要」とまでは述べていません。これも、より適切な文献が存在すれば差し替えるべきだという文脈にのっていることを読み落とさないでください。 一般的な国際基準については確かに基準を主題とした文献は少ないかもしれません。しかし、EMの基準については1997年にまず示され、わずか5年後には他からの指摘があり改訂されるなど議論があったようです。そうであれば、基準を批判する文献や発言、また基準の正当性を主張する文献や発言が当然あるのではないかと考えるのはそう不自然なことでしょうか。

「「そもそも査読を通っている文献ではないですし」理由はなんでしょう?」→Wikipedia:信頼できる情報源#分野ごとのアドバイスに記載されている通りです。特に記事の冒頭部の記述は注意を払うべきです。 --紅い目の女の子会話) 2018年9月25日 (火) 12:46 (UTC)

分かりました。
基本的な特徴の説明に開発者の資料を使うことはあると思いますが、その資料が査読を通っていなければならないという慣習はWikipediaにはないでしょう。
査読を通っていないと考える理由はなんでしょうか?『繊維製品消費科学』は査読雑誌です。--Philosin会話) 2018年9月25日 (火) 15:12 (UTC)
「基本的な特徴の説明に開発者の資料を使うことはあると思いますが、その資料が査読を通っていなければならないという慣習はWikipediaにはない」
この部分は私の説明が少し不足していたかもです。国際基準案の中身を日本語訳して載せるといった用途であれば査読の有無はそこまで重要ではないと考えます。
ここで査読の有無に言及したのは、「国際基準案」の部分ではなく、「共生関係が保てるため個々の微生物の培養ではあり得ないようなpH4以下での微生物の存在も確認される」と言った科学的に検証ができる部分についてでした。この部分は元の文章で比嘉氏が「常識的にはありえないことだが」といった説明をされておられます。基本的な特徴の説明であっても、通常の科学では考えにくいことであるなら、査読を通っている論文から引くべきだと思います。逆に査読を通っておらず多くの学者から支持されていない見解であれば、冒頭部に記載するのはかなり注意を要するだろうと思います。
一般的には査読されているべきという慣習がないということに異議はありませんが、基本的な特徴の説明の内容が論争がありうる話題であればWikipedia:信頼できる情報源#分野ごとのアドバイスの科学の部分に準ずるべきでしょう。
「査読を通っていないと考える理由はなんでしょうか?『繊維製品消費科学』は査読雑誌です。」について。まずは私が質問の意図を取り違えており、頓珍漢な返答をしてしまいました。質問の仕方を変えて頂き、意図するところが明らかになりました。
それで、ここはPhilosinさんに誤解があると思うのですが、査読雑誌だからといって全ての原稿が査読されるわけではありません。日本繊維製品消費科学会の投稿規定を見ると、査読される論文の種類は「報文,研究速報,資料及び技術レポート」となっており、今回話題になっている文献の種別である「解説原稿」は含まれていません。また査読がされる報文などを見ると、冒頭には受付日や受理日が記載されています。参考・報文参考・資料 一方で解説原稿にはそういった記載はありません。 --紅い目の女の子会話) 2018年9月25日 (火) 15:48 (UTC)
そこはその「pH4以下の共生関係」については、冒頭部に記載するためには論文を待つということにしましょう。ですが、報告書の一般書での提示とか、学会報告の様に何か実験の条件、結果など揃っているものではだめなんですか?安全性検査だと、これがないと微生物資材として販売できないと思いますが、こうしたものは論文として行うものではないので、論文の形ではないですけど、2文献で日本中毒センターとかのデータや証明書みたいなものを記載しています。国際基準と同じような形です。--Philosin会話) 2018年9月27日 (木) 10:44 (UTC)
失礼ながら、「ですが、……」以降の意味を掴みかねるのですが、「2文献に日本中毒センターが発表したデータと証明書が掲載されており」「そのデータと証明書は安全性検査に関するもので」「そのデータには、安全性検査の過程で実施した実験の条件や結果が、学会報告などと同じように含まれており」「その実験の結果として、pH4以下でも多数の微生物が確認されている」という理解で構いませんか?カギカッコで区切りを分けましたので、合っている部分はあっている、誤っている部分はどう誤っているかを指摘いただけると助かります。
また、これも指摘するのが申し訳ないですが、2文献が何を指しているのかが不明瞭です。文脈に沿って考えれば、この2文献なるものが「一般書であり」、先述の日本中毒センターが発表したデータや証明書を取りまとめた「報告書を提示している」ものであることはわかりますが、具体的にどの文献のことなのかを提示いただければ。 --紅い目の女の子会話) 2018年9月30日 (日) 10:39 (UTC)
「ですが」というのは、研究を論文に発表したものに限らないということですね。安全性検査とか、含有物の証明書は普通は論文で発表するものではないので、論文があればいいけど、論文だけを要求するのは非現実的な要求ということです。
2文献は、すでに記事にあるよう専門書(一般書ではない)に、論文ではない安全性データ証明書(論文ではない)を転載しているということです。
「安全性検査だと」は「安全性検査の場合は」という普通の意味です。そちらで読まれたような、共生関係の証明書かのような読み方はまったく想定できないと思うので、なんでそんな風に読んでしまったのかから説明してくださると無駄な質問になっていないか自己確認ができると思います。--Philosin会話) 2018年10月2日 (火) 03:02 (UTC)
「共生関係の証明書かのような読み方はまったく想定できない」ということは、そもそも「ですが」が係る範囲は「そこはその「pH4以下の共生関係」については、冒頭部に記載するためには論文を待つということにしましょう。」全体ではなく、「論文」の部分にしかかかっていないということですね?これは質問しないと絶対に理解できなかったでしょうから、決して無駄な質問ではありませんでした。これ以上の説明は脱線になりますからPhilosinさんの会話に記載致します。
ともかくPhilosinさんの発言の意図は大体理解できたと思います。その上で私の意見を述べますが、一般論として、通常論文で発行されるような情報でないのであれば当然論文に依る必要はないと考えます。(勿論、安全性が学術的な議論にも及んだ結果論文が出ている、みたいな状況だと信頼性がより確保できて嬉しいですけどね) 2文献を具体的に提示頂けませんでしたが、とりあえず1つは見つけました。最新版の文献90ですね。この例も問題ないと思います。 --紅い目の女の子会話) 2018年10月2日 (火) 09:40 (UTC)

テンプレートについて[編集]

修正すべき点はどこかが指摘されていないので、1週間後にそれが示されていなければ除去してください。理由を挙げる際は、何の方針やガイドラインのどの文面に抵触するのか指摘してください。

これまではWikipedia:中立的な観点がおかしかったものですよね。偏った観点でした。観点を細かく書き足しました。0から調査しましたが、論文も何十個もありましたので、批判者に不勉強な学者がいるということも分かりました。書ききれないのでぜんぜん全てではないです。

出典に書かれていないWikipedia:独自研究は載せないに抵触する書き方が多数ありました。

Wikipedia:信頼できる情報源を満たさない、個人サイトも何個も消したと思います。以前の状態はWikipediaの水準ではありません。--163.49.215.25 2018年9月7日 (金) 17:45 (UTC)

記事全体の論調の中立性について[編集]

現状、記事の構成として、EM懐疑派の主張の直後にEM肯定派の主張を掲載するという部分が目立ちます。 (例えば「意見」節など) また、反対派についてはわざわざ反対派であることを明記するような記述もあります。 (目についたところでは「サイエンス・ライター片瀬久美子(批判側であり中立な立場ではない)」や、「EMの歴史 warbler’s diary 片瀬久美子博士(理学) 職業記者、検証結果について否定的なものばかり掲載している。」など) 逆の構成がほとんど目につかない以上、偏った印象を読者に与えかねません。

「意見」節で言えば、「批評に対するEM関係者の見解」という項があるのですからそこに集約すればよいかと思います。 また既に、それまでに述べられた研究成果などについては再度言及する必要はないでしょう。(記事中の記述の参照は、全て有用微生物群の2018年9月7日 (金) 23:49‎(JST)の版) --紅い目の女の子会話) 2018年9月10日 (月) 07:56 (UTC)

  • こちらの記事は中立性に欠けていますし、いささか冗長でもあると思います。EM関係者による一次情報源を出典としているところや、要出典箇所はばっさりカットしてはどうでしょうか。--さえぼー会話) 2018年9月12日 (水) 02:48 (UTC)
サイエンス・ライター片瀬久美子さんについては、私が調査したところ肯定的な論文が複数あったんですけど、紹介している自治体資料が否定的な文献に偏向していますよね。他の者による学術論文では、調査から22報告をまとめたものがあります[3]
記述を変えても問題ありませんし、ただ批判側であることは確かですよね。
「批判に対するEM関係者の見解」に集約すればいいということと、:中立性に欠けているということが分かりかねますが、Wikipedia:中立的な観点は、相反する論争をそれぞれ記述していくことですよ。もともとその意見ばかり増大しかねないような「批判的意見」という節があって、中立的な観点になっていないということで補強してきたんです。
「それまでに述べられた研究成果などについては再度言及する必要はない」ということですが、それまでに述べられた研究成果と異なっている主張なので、消してしまうとわかりにくいと思いました。
一次情報源の意味するところが曖昧ですが、ブログなどで自主発表している資料だとすれば、現状だと天羽優子も、菊池誠も、安井至など多くがそうです。なぜEM関係者だけを消しますか?私としては、偏った状態から両意見が掲載されるよう中立的な観点を補強しました。何年か前は否定的な意見ばかり取り上げた状態でした。#中立性を欠いた記事の修正提案が提案されています。
要出典は1か所ですよね?出典に検証できる部分について、要出典がつけられたものです。--Philosin会話) 2018年9月13日 (木) 09:01 (UTC)
こちらも取り急ぎ。時間がないので、また後ほどきっちりお返事しますね。
さえぼーさんの発言に対する反応と思われる部分は置いておいて、私の発言に対する意見についてのみ一旦書きます。
片瀬氏が批判的な立場であることには勿論異存ありません。ただ、例えば外部リンクにある片瀬氏のブログの紹介は「否定的なものばかり紹介している」とあります。この「ものばかり」って、書いた人の手技が色濃く現れてしまっていると思いませんか?wikipediaは執筆者の意見を主張する場ではないですからね。端的に言えば、表現の仕方が気になっています。
「『批判に対するEM関係者の見解 に集約すればいい』の部分が分かりかねる」とのことですので、具体的に例示しますね。
「同社は2014年にまた、放射能を除染すると主張する比嘉に対して、先に効果を確認すべきで無責任で品位を疑うとした[112]。(同社の意見であり1990年代から研究が実施されている。#放射能除去も参照。)」ですが、じゃあ放射能除去の項には「サン興産業は研究が不十分と主張している」みたいなことが書いてあるかと言えばそうじゃないですね。他にもEM菌の効果に否定的な文の後に、カッコ書きで肯定的な主張があるよどこどこを参照してねといった記述が数箇所ありますが、逆に肯定的な意見の後に否定的な意見があるよってパターンはありません。これは編集者の編集方針が中立的ではありません。
その解決策として、「批判に対する見解」という項目があるのだからそこに集約すればいいのではということと、既に述べた研究成果を改めて書く必要はないのでは、と述べました。
勿論、否定的な意見の後に肯定的な意見を()書きで紹介するのだから、肯定的な意見の後にも否定的な意見を紹介することでバランスを取ろうというのもなしではないです。ただ、こういった文章を増やせば増やすほど編集者の恣意が入り込みやすくなると思います。そのため、私は直後の()書きは不要だろうと主張しているということです。
「分かりにくいだろうから」と仰っておられますけれども、そのために三大方針を侵すのは本末転倒ですので、明確に反対します。 紅い目の女の子会話) 2018年9月13日 (木) 22:52 (UTC)
別に、独自研究にならないように書き換えてもいいんですけど。
肯定的な研究が見つかっている状態で、否定的なものを多く紹介している。事実そのままです。否定的な研究が多い状態で、否定的なものばかり紹介していると書けば「肯定的な研究も多いのに」ととることができて、歪曲表現、執筆者の意見です。分かりますでしょうか?
否定的な意見は、「意見」じゃないですか。肯定的なものは「研究」じゃないですか。否定がどうとかではなくて「Wikipedia:中立的な観点#意見を事実として記さない」、「論争の余地のない主張を単なる意見として記さない」は方針です。なのでこういう格好になっています。三大方針を侵すっていうのは何を侵しているんですか?「中立的な観点」ではなく、自分の「中立性」を混同していませんか?--Philosin会話) 2018年9月15日 (土) 10:45 (UTC)
「独自研究にならないように書き換えてもいいんですけど」ではなく、書き換えなければならないでしょう。単に「否定的な事例を多く紹介している」で十分なところです。
「わかりますでしょうか」と言われても、これを指摘したのは私ですからなんとも返答に困ってしまいます。わかっていなければこのような問題提起は致しません。
提示された方針2点は、()書きなしで十分達成できていますね。 --紅い目の女の子会話) 2018年9月15日 (土) 16:25 (UTC)
書き換えてもいいんですけど、そちらの言っていることがWikipedia:中立的な観点ではないんです。そちらの独自の考えのことを「中立的な観点」と記すので、おかしいんです。
『「否定的な事例を多く紹介している」で十分なところです。』
こういう具体的にきてください。わかりやすいです。これに書き換えて大丈夫です。
「()書きなしで十分達成できていますね。」
Wikipedia:中立的な観点は、観点、対立する立場を明記しようということですよね。
#外部リンク整理でも書きましたが、Wikipedia:外部リンクの選び方Wikipedia:中立的な観点が達成された外部リンクが望ましいとしています。この外部リンクは、実際にはこの基準を達成していない。不適切外部リンクだと思いますが、リンクを残して観点について情報提示したんです。あとですね、そちらが独断で呼んでくるような、私が「肯定派」であれば既に消していたとは思いませんか?
さえぼーさんの意見では消したほうがいいということで、信頼性についてご存知です。--Philosin会話) 2018年9月19日 (水) 10:55 (UTC)
  • 否定派・肯定派問わず、個人ブログやエコピュアなど、自主公表された情報源に相当すると思われるものが出典の記述は全て不要と考えます。全く書くことがないような記事ならともかく、この長さではてなブログなどを出典に記述する必要性はないでしょう。論争のある記事ですし、信頼できる二次情報源を中心に記述すべきだと思います。--さえぼー会話) 2018年9月14日 (金) 03:50 (UTC)
それはそうですね。元の状態が酷かったので、とりあえず残したまま肯定派な文献を足して編集したわけですよ。#信頼性でも、あからさまなものを消してきていますよ。置き換えたものもありますよ。
なので、エコピュアとかは主に「逸話・思想」「批判に対するEM関係者の見解」とか、見解の部分で残っていますね。「逸話・思想」とか過剰だと思います。エコピュアは使えないということもなく、もし批判を扱うならば比嘉の見解も必要と思うんですよ。
信頼できる二次情報源と言いますが、この辺りの議論は、細かく見ていくと批判をしているがそのための研究を提示していないとか、少ないとか、さえぼーさんの言うような水準で信頼できる情報源ではないとか、そういうものが多くなると思うんですね。学会論文とかそういうものはあんまりないでしょう。そういう水準にしてバッサリやるのもありかと。--Philosin会話) 2018年9月15日 (土) 11:07 (UTC)
  • Philosinさんがこちらの編集で宣伝テンプレートを除去されたのはいささか問題があるのではないかと思いました。この記事が宣伝的に見えるというのは今のところ致し方ないところですし、既にツイッターなどウィキペディア外のところでもこの記事が宣伝的だということで話題になっています。宣伝テンプレートはそのままにしておくべきでしょう。--さえぼー会話) 2018年9月20日 (木) 07:17 (UTC)
9月7日より問題だとするならば、何を修正すべきか教えてくださいという提案を行った上での除去ですよ。
そうおっしゃるなら、違反点、改善点を具体的に示して議論や修正が可能なようにしてください。--Philosin会話) 2018年9月20日 (木) 08:49 (UTC)
  • なぜ「9月7日より問題」かどうかを議論しなければいけないのかがちょっとわかりかねます。この記事はもともと宣伝的で、9月7日の時点で冒頭文に一次情報源である『エコピュア』を出典として「批判者は、2010年ごろでもEMは非科学的だとか科学的に検証されていないと言うが、比嘉によればそれは過去の状況である」などという内容が書かれていました。冒頭文にこのような文章があるというのは、比嘉の考えの宣伝ととられてもおかしくありません。もともと宣伝的であった文章に宣伝テンプレートが貼られただけでしょう。--さえぼー会話) 2018年9月20日 (木) 14:21 (UTC)
それはですね、その双方の意見を両方取り上げている出典が他にないんです。その点では中立的な資料を選んでいます。
朝日新聞はこうだ、熊本新聞はこうだ、批判者はこうだ、後続研究はこうだという広い観点を持った出典ですね。批判者についても取り上げていますよね。中立的な第三者の資料がないですね。
有用微生物群#一般的な批判意見[4][5][6][7]、これらは全て論文とかでもない、反論とする根拠として1個目だけ2つの自治体資料があります。どっちかというと意見ですよね。Wikipedia:中立的な観点#意見を事実として記さないですね。
研究論文はたくさんありました。この状況でこうならざるをえなかったです。--Philosin会話) 2018年9月20日 (木) 15:08 (UTC)
  •  Philosinさんのおっしゃりたいことがいまひとつよくわかりません。「この状況でこうならざるをえなかった」というのは「宣伝テンプレートが不要である」という理由の説明にはならないですよね。資料が見つからなかったからありあわせのもので書いたので宣伝ではない、というのはちょっと意味がわかりかねます。冒頭文に一次情報源を用いた宣伝的文章が入っているからには、宣伝テンプレートは必要でしょう。--さえぼー会話) 2018年9月21日 (金) 02:03 (UTC)
  • 「宣伝テンプレートが必要」なのはEM菌に批判的なあなたに都合がいいからでしょう。さえぼー氏のツイッターでEM菌について「反対のためになにかできることはないだろうか」「EM菌が進出してきていい加減にしてほしい」「怪しい菌」またEM反対的な委員会を設置し、自ら会長を名乗っているのですから。他にも議員に問い合わせや自治体にクレームを匂わす発言もあり、根拠なく揶揄する投稿が目立ちますね。Philosinさんの意見を頑なに理解しないのはこのような事情からでしょうね。
//twitter.com/search?f=tweets&vertical=default&q=EM%20from%3Acristoforou&src=typd
--2001:268:C066:A014:F06C:1696:2CA9:B712 2018年9月21日 (金) 21:06 (UTC)
宣伝というのは、中立的な観点ではないということですよね。WP:NOTADVERTISINGの「客観的対象として捉えて、中立的な観点からその話題を記述しようとすることは良いでしょう。もしあなたが自身が是とする視点の長所を他人に説得したいのならば」「記載内容の間に妥当な釣り合いが取れるように配分し、中立的な観点に立たなければなりません。」「その一環として中立的な観点を維持することが必要となりますが、あなた自身あるいは自身に関わっていることがらについて~~~~~」「企業や製品に関する記事は、客観的かつ中立的に、誇張なく記述されなければなりません。」
Wikipedia:中立的な観点とは、「意見を事実として記さない」とか、誰の意見であるかを明確にするということですよね。
それは考慮した結果ではあるとは説明しています。それと他の資料について言及しているので、一次資料ではないと思います。自身の観点だけではなく様々な人々の観点を扱った資料を選んだということです。
さえぼーさんがおっしゃるのは、私の方で解釈すると「一次資料を用いた比嘉の考えの宣伝のようだ」ということです。Wikipediaの宣伝ダメの基準は、均衡がとれないように説明してはいけないことだと。私にとって中立的な記述についてさえぼーさんは問題にするということは、配分が悪いということではなくて、比嘉の考えを消してしまえばいいとも解釈できますね。だとすれば、Wikipediaの基準ではないですね。この場合にはテンプレートは不要です。--Philosin会話) 2018年9月23日 (日) 08:08 (UTC)
  • Philosinさんがおっしゃっていることがいまいちよくわかりかねるのですが、とくに「他の資料について言及しているので、一次資料ではない」というのはどういうことでしょうか。上で私はエコピュアが「自主公表された情報源」であると述べており、Philosinさんは「それはそうですね」とおっしゃっていて、基本的にこの出典が自主公表された資料であることには同意されていると思います。そして現在、冒頭文には自主公表された情報源(この場合、「一次情報源」ではなく「自主公表された情報源」という言葉を使用すべきだったかもしれませんので、そこはお詫びします)を出典とする記述があります。Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは演説台、広告宣伝の手段ではありませんには「すべての記事の主題は、記述された企業・団体とは関係を持たない、中立的な第三者が公表した記事や書籍などによって検証可能性を満たされなければなりません」とあり、現在の記事はエコピュアなど「記述された企業・団体」と深い関係を持つ出版元から出された情報が多数使われており、さらにそれが冒頭文にまであるというのは、Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかに照らしても宣伝的と言われておかしくない状況です。Wikipedia:ウィキペディアでやってはいけないこと#恣意的にメンテナンス用テンプレートを剥がそうとすることにあるように、メンテナンス用テンプレートを勝手にはがすのはよくないことですので、宣伝テンプレートは除去しないようにお願い申し上げます。--さえぼー会話) 2018年9月23日 (日) 11:12 (UTC)
勝手に剥がしたのではなくて、9月7日より#テンプレートについて提案していますよね。提案して剥がした後に初めて、さえぼーさんが宣伝だと言い始められたので前後関係を裏返さないようお願いします。
言い換えられたということで、あまり触れなくてもいいと思いますが、一次資料については検索すればすぐにお分かりになるかと。
「すべての記事の主題は、記述された企業・団体とは関係を持たない、中立的な第三者が公表した記事や書籍などによって検証可能性を満たされなければなりません」は特筆性について述べているものでしょう。それまでの中立的な観点についての執拗な反復とは対照的にここにしかありませんし、第三者の出典を必要とするWikipedia:独立記事作成の目安の考え方に適合します。
Wikipedia:信頼できる情報源#自己公表された情報源ではそのような理由では却下していません。「本当に報告する価値があるのか」ということです。その意味では減らすことも考えられます。宣伝だというのは誤解ではないでしょうか。Wikipediaは誰の意見かを明らかにするという中立的な観点を方針としてとっていますので、「比嘉の考えを消してしまえばいい」では、ちょっと方針不一致ですから。--Philosin会話) 2018年9月23日 (日) 11:42 (UTC)
  • インデントを戻しますが、Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは演説台、広告宣伝の手段ではありませんをお読み下さい。「5.広告活動 企業や製品に関する記事は、客観的かつ中立的に、誇張なく記述されなければなりません。またすべての記事の主題は、記述された企業・団体とは関係を持たない、中立的な第三者が公表した記事や書籍などによって検証可能性を満たされなければなりません」とあり、これは広告活動に関する記述であって、特筆性に関する記述ではありません。「記事が社会的運動の主張またはイベントを告知するもの、もしくは公共サービスについて公表するものである場合は、たとえそれらが非営利的であったとしても、ウィキペディア以外の媒体を用いるべきです」という記述もあります。また、私は「比嘉の考えを消してしまえばいい」とは申し上げておりません。自主公表された情報源を出典とするような記述を冒頭文などに持ってくるのは宣伝的に見える原因になると申し上げております。--さえぼー会話) 2018年9月23日 (日) 11:49 (UTC)
「これは広告活動に関する記述であって、特筆性に関する記述ではありません。」の理由は何でしょうか。私は方針との適合性や、それまでの反復的な中立的な観点についてお話ししました。Wikipediaに掲載したければ、第三者の資料による言及が必要だという特筆性についてだと解釈できます。特筆性以外の点では、すべてが第三者の資料に頼るべきだという方針はないので、その宣伝とは中立的な観点を消し去ってしまうことです。--Philosin会話) 2018年9月23日 (日) 11:54 (UTC)
そうですね。言い忘れています。こだわるつもりもないので、ではどういう形で記載しましょうかという観点では論文の存在が主体になってくると思います。--Philosin会話) 2018年9月23日 (日) 12:04 (UTC)
  • 「「これは広告活動に関する記述であって、特筆性に関する記述ではありません。」の理由は何でしょうか。」という質問ですが、上のリンク先をお読み頂ければわかると思います。「企業や製品に関する記事は、客観的かつ中立的に、誇張なく記述されなければなりません。またすべての記事の主題は、記述された企業・団体とは関係を持たない、中立的な第三者が公表した記事や書籍などによって検証可能性を満たされなければなりません」というのは「広告活動」を禁止する項目に書かれており、「特筆性」に関する言及は一切、上の文書にはありません。もしこの記述が特筆性に関するものだとしたら、なぜ「誇張なく」などという記述が必要なのでしょうか?
「勝手に剥がしたのではなくて、9月7日より#テンプレートについて提案していますよね」とPhilosinさんがおっしゃられているということは、つまりPhilosinさんが利用者:163.49.215.25さんであるということでよろしいのでしょうか?また、この節ではこの記事に中立性があるかどうかがずっと議論されており、Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは演説台、広告宣伝の手段ではありませんでは「中立的な観点」が欠けていることと宣伝が同一線上で議論されておりますが、Philosinさんは「中立性」に関する議論と「宣伝」についての議論は無関係であるから宣伝のテンプレートだけは除去してよいとお思いになったということでしょうか?もしそう思われたのであれば、その時除去してしまったのは仕方がない勘違いであったと言えるかもしれませんが、中立性についてノートでかなりの議論が続いていて全く解決が見えない状況で、中立性と宣伝は関係がないからとしてテンプレートをはがしてしまうのは、ウィキペディア記事のメンテナンスとしては編集合戦を呼び込むだけの無益な編集だと思います。現にテンプレートの差し戻しで編集合戦が行われております。議論が一段落するまでテンプレート等は一切いじるべきではないでしょうし、保護が解除されても合意ができるまで記事編集はすべきではないだろうと思います。
Philosinさんがおっしゃっていることのうち、わかりかねるところがいくつかあります。 「それまでの反復的な中立的な観点」とは何でしょうか?また、「その宣伝とは中立的な観点を消し去ってしまうことです」とはいったい何でしょうか?中立的な観点がないことと宣伝は強く結びついており、それはWikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは演説台、広告宣伝の手段ではありませんをお読みいただければわかることかと思います。 --さえぼー会話) 2018年9月23日 (日) 12:14 (UTC)
私は163.49.215.25です。中立性の議論があったので、中立性のテンプレートを触っていないですよ。宣伝はなぜ宣伝なのか誰も説明されていませんでした。「合意ができるまで編集すべきではない」と言いますが、Wikipedia:合意形成の手続きに則っています。
WP:NOTADVERTISINGの「客観的対象として捉えて、中立的な観点からその話題を記述しようとすることは良いでしょう。もしあなたが自身が是とする視点の長所を他人に説得したいのならば」「記載内容の間に妥当な釣り合いが取れるように配分し、中立的な観点に立たなければなりません。」「その一環として中立的な観点を維持することが必要となりますが、あなた自身あるいは自身に関わっていることがらについて~~~~~」「企業や製品に関する記事は、客観的かつ中立的に、誇張なく記述されなければなりません。またすべての記事の主題は、記述された企業・団体とは関係を持たない、中立的な第三者が公表した記事や書籍などによって検証可能性を満たされなければなりません」「またすべての記事の主題」の部分は分断されており、特筆性に合致するということです。
「宣伝とは中立的な観点を消し去ってしまうこと」というのは、文章の重点が反復的に「中立的な観点」にあり、これは両論を書くという部分にあるので、サービスの不都合な点を消し去ってしまうと宣伝的になる、否定意見ばかりにすると支持見解の演説になるということです。--Philosin会話) 2018年9月23日 (日) 12:42 (UTC)

節構成[編集]

有用微生物群は何か、どう誕生したかといった辺りが先に来るものでしょう。思想をいきなり語っても分かりにくいので。私はこの思想的な節を残したままだったのですが、どちらかというと補足情報のような位置づけでしょう。とりあえず今の構成はなしかと。--Philosin会話) 2018年9月20日 (木) 14:19 (UTC)

物理学的見地からの意見[編集]

通りすがりの物理学者です。物理学的観点からしますと、EMは疑似科学であるという書き方は正しいです。なぜならEMが主張する効果の大部分(とりわけ放射能除去とか重力波とか聖なるバリアのあたり)は物理学的に"絶対に"成立しない"明らかな誤り"だからです。そこに学術的な論争の余地は一切ありません。比嘉氏は、物理学がどんなに発達しても絶対に覆らないレベルで誤った主張をしています。もしその主張を物理学の学術誌が掲載するのでしたら、その学術誌の権威が下がります。そのくらいの「嘘」です。ですから学術的に論争があるかのように書くことも誤りです。一方で農業資材としてのEMには効果がある可能性があります。これも可能性レベルですが、ないとは言えません。ですから、EMの主張する中で効果の可能性がある部分と効果が絶対にない部分は明確に分けて書く必要があります。Wikipediaも百科事典である以上は、可能な限り正確な記述をする責務がありますので、その点は明確に書かれることを望みます。77.240.96.203 2018年9月24日 (月) 20:38 (UTC)

放射能除去については、1990年代から実験しているということですね。実験事実自体を意見によって否定することは、Wikipedia:中立的な観点#意見を事実として記さないに反してきます。
重力波とか聖なるバリアについてはそう思います。否定的な意見の多かった記事の状態にもともとあったんで、これらを記述した人々が記述を残したいようです。原理の節にあったのはおかしかったですし、思想として紹介できないということもないと思いました。蘇生やシントロピーという言葉は結構いろんな著作で言っていて、思想の中核にあると思いますので。消すような議論もあるし、残すとしても否定するような資料があると77.240.96.203さんの意見は反映できます。
農業資材として効果がある可能性があるということについては、物理学者の菊池誠さんもごみ処理とかは微生物が行っているとして否定していないんです。その辺りは書けていると思いますね。利益の疑問がもたれた研究を行った土壌肥料学会以外にも、作物学会でも論文があったので[8][9]、その点をさらに補っていくのは難しくないでしょう。--Philosin会話) 2018年9月25日 (火) 08:43 (UTC)
さきほどの通りすがりの物理学者です。微生物も生物の一種ですから化学的方法によって代謝するのであり、原子物理学的方法によっての代謝経路は持ちえません。化学的代謝の副産物として放射性物質を選択的に生物濃縮するということはありえますが、それは生物濃縮であり除去ではありません。ですのでこの放射能除去についても"絶対"おかしい部類に入ると思います。もちろん実験をしたという事実そのものを書くことはよいですが、それならば結果とその結果に対する学術的な批判も同時に記述しなくては正当な記述足りえません。元記事にはこの結果が肯定的であるかのように書かれておりましたが、それは誤読していると考えられます。
本記事は、比嘉氏の独自思想の表明あるいは宗教的主張として書かれる分に問題はないと思いますが、自然科学(特に物理学)とは一線を画すものであるため、その点を特に強調して書かれることを望みます。本当は自分で改変したいところですが、保護されておりますので。164.5.176.2 2018年9月25日 (火) 14:18 (UTC)
状況をお察ししますと、原子転換は認められていないということですよね。--Philosin会話) 2018年9月25日 (火) 16:09 (UTC)
どういう経緯で通りすがったのか分かりませんが。よろしければお聞かせください。
Wikipediaが初めてであればWikipedia:中立的な観点#意見を事実として記さない疑似科学と科学を対等に扱うのかなど、いろいろ要点がありますのでサポートしますよ。--Philosin会話) 2018年9月27日 (木) 10:28 (UTC)

中立的な立場から整理中[編集]

対立が根深いようなので中立的な立場で整理しています。あえて細かく編集しているのでもし意見があればどの編集に対してなのか教えてください。 [10] 直接の編集はお控えください。保護が消えたら反映します。--Moaharvest会話) 2018年10月1日 (月) 14:35 (UTC)

他の方の意見も待ちたいと思いますが、まずこれだけ記事のノートページでの議論がある現状、記事のノートページやコメント依頼などでの合意形成を経て選ばれた第三者ではない一利用者に、編集の主導権を委ねることには明確に反対です(利用者ページ内で他のユーザーの直接的な編集を受け入れず、その上で編集内容を保護明けに反映するというのは編集の主導権を委ねると表現しても行き過ぎではないと思っています)。以下、私の思うところを3点示します。まず、Moaharvestさんは10/1の23:15(JST)にアカウントを作成されたばかりでそもそも活動が全くない状態です。ウィキペディアの編集・議論に誰でも参加できるのは勿論ですが、主導する役目を誰もが担えるかといえばまた別かと思います。
2点目。ここまでのMoaharvestさんの編集は、どちらかといえば否定的に取られる発言を削除し、肯定的に取れる発言を補足するものが多いです。ここまでの議論でそういった編集が中立的かどうかはかなり話題に上がっているのですが、特にここで断りもなくそういった編集をされるのも不思議です。既に出ている議論を蒸し返すだけではないでしょうか。また、最初に肯定的に取れる発言を中心に加筆し後から否定的な発言を加筆するつもりなのか、あるいは常に中立的になるように配慮して編集されているのかも、傍からは全く区別ができません。そのため、編集について意見を伝えようにも編集完了が明確に宣言されるのを待つしかなく、議論が停滞してしまいます。積極的に議論を進めていこうという態度には見えません。
さらに何より気になるのは、10/1 23:57(JST)の編集10/1 23:58(JST)の編集です。いずれも要約欄に「出典なし」と記載されておられますが、該当部分の出典として挙げられている朝日新聞の記事には同様の記述が確かに存在します(表現は異なりますが)。出典についてもこれだけノートページでの議論があるにも関わらず、出典元を確認せず記述を削除するとはあまりに無責任です。なお、この2編集で削除された記述は、いずれも「EM菌による水質改善は確認できなかった」との趣旨の記述であったことを申し添えます。
以上3点から、Moaharvestさんの利用者ページにてMoaharvestさんのみが記事本文の記述を整理し保護明けに反映することについては反対致します。 --紅い目の女の子会話) 2018年10月1日 (月) 15:59 (UTC) --紅い目の女の子会話) 2018年10月1日 (月) 16:04 (UTC)(※下線部追記)
1.どの編集を反映してはいけないのか1つずつ差分を示してください。全てを一括で反映はせず、指摘が無かった差分のみ反映させます。
2.私は中立的な立場からおかしな点を1つずつ順番に修正しているだけです。否定的な発言のみを削除しているわけではないです。そもそも肯定とか否定というふうな見方をしている時点で紅い目の女の子さんが中立的な立場ではないということの証明です。
3.ツイッターでのカンバス行為について釈明がお済みではないようなので、私のアカウント作成日について指摘する視覚をお持ちではないでしょう。--Moaharvest会話) 2018年10月2日 (火) 02:22 (UTC)
報告 Moaharvestさんは目的外利用(宣伝投稿)を理由に無期限ブロックとなりました。 --紅い目の女の子会話) 2018年10月6日 (土) 12:55 (UTC)

「なお第三文明社という創価学会系の出版社よりEM批判論文を発表している」とされていますが、第三文明は学術雑誌というより評論系なので「論文」というか「記事」ですね。「論文」では学術雑誌に載った印象も出ます。--Philosin会話) 2018年10月2日 (火) 02:32 (UTC)

いつになったら保護が解除されるのか分かりませんが、最近大臣などがEMの効果について否定的見解を述べられている点は書かれるべきかと思います。あと物理学者ではありませんが生物による原子転換は認められていないと思います。また以前どこかのバージョンで比嘉照夫氏がフジテレビを爆破すると言ったときの動画がリンクされていたと思いますが、これは重要な外部資料として復活されるべきではないでしょうか。153.205.82.182 2018年10月17日 (水) 14:09 (UTC)