半保護されたページ

ノート:日本初の一覧

ナビゲーションに移動 検索に移動


一覧の表記の順序は、現状どうなっているんでしょう。年号順に並べるあるいは、分野別に分ける等あってもいいように思います。--以上の署名のないコメントは、218.131.58.12会話)さんが 2004年9月26日 (日) 02:14 (UTC) に投稿したものです(Ziman-JAPANによる付記)。[返信]

ソメイヨシノ

自然-ソメイヨシノについての記事は、日本初とまったく関係ないのではないでしょうか。--Komura Jutaro 2006年1月4日 (水) 10:28 (UTC)[返信]

  • 関係ないですね。説明みたいな文章ですのでソメイヨシノのページで記載すれば済むことですので。削除しても構わないと思います。--豪州 2006年1月5日 (木) 08:20 (UTC)[返信]
1週間たちましたが、ご異議もないようなので、削除させていただきます。Komura Jutaro 2006年1月11日 (水) 07:15 (UTC)[返信]

日本初のカタカナ表記住所

神奈川県横須賀市ハイランド が日本初のカタカナ表記住所として挙げられていますが、北海道釧路町イワボッケや同町オビラスケなどのほうがはるかに古いように思いますが。異議がない場合、削除します。Modeha 2006年1月10日 (火) 13:46 (UTC)[返信]

「英語由来の外来語の住所」とか「アイヌ語由来を除く」などと書くことも考えられますが、そこまで面倒な定義をしてまで残すべきものかという疑問もあります。削除が妥当かもしれません。--Muyo master 2006年1月10日 (火) 14:01 (UTC)[返信]

今度は1940年につくられた香川県の地名が追加されたのですが、どう見ても小樽市オタモイよりは新しいようです。オタモイは1810年の地図で既に「モヲタモイ」という表記があるそうです。(外部リンク[1])、ただ1810年当時は行政地名ではないと言われるかもしれないので別の例も探してみました。「北海道常呂郡サロマベツ原野字武士」という地名があって、これは明治期の地図ではっきり確認できます。この場所は今は佐呂間町武士になってるのですが、佐呂間町の地名が漢字で書かれるようになったのは大正時代の佐呂間村成立からで、それ以前はカタカナが正式名でした。大正期にカタカナだったことは、佐呂間町のサイトでも確認できます(外部リンク[2])。明治期で「サロマベツ原野」と書かれた地図の写真は北海道大学のサイトにあります。(外部リンク[3]

なお、北海道以外でもひたちなか市沢メキとか、武豊町ヱケ屋敷、同町ヲヲガケとか、カタカナ地名はそれほど全くないわけではありません。武豊町の2つのカタカナ地名は、1878年の町村制施行のときに正式な字名になった地名だそうです。Modeha 2006年10月10日 (火) 11:05 (UTC)[返信]

日本初のアルファベットの入った駅名

何故、("JR○○駅"を除く)という断り書きが入っているのですか? JR難波駅はこれが正式な駅名なのですが。Rusk 2006年1月28日 (土) 09:21 (UTC)[返信]

日本初のカタカナのみの駅名

1968年4月1日に狩太駅から改称された「ニセコ駅」が挙げられていますが、1922年7月24日に開業した北海道鉄道の「ニナルカ駅」(1943年8月に国有化され富内線の駅となり静川駅に改称、同年11月休止)の方が古くないですか? もっと以前にもカタカナのみの駅があったかもしれないので変更はしないでおきます。Rusk 2006年1月28日 (土) 09:40 (UTC)[返信]

日本初のコンピュータ専門学校

神戸電子学院を「日本初のコンピュータ専門学校」として記述された方がいらっしゃいますが、Googleにて検索してみたところ、神戸電子学院・日本電子専門学校・京都コンピュータ学院が「日本初のコンピュータ専門学校」と主張している事を確認しました。

そこで問題になるのが、「日本初」という定義です。法人の設立を基準とするのか、前身の団体を基準とするのか、新学校教育法を基準とするのか、コンピュータの基礎研究開始時とするか、全日制の情報処理課程の設立を基準とするのか・・・。各学校の沿革に統一された表現がないため把握が困難ではありますが、意見の方お願いします。--悠卯斗 2007年3月30日 (金) 15:39 (UTC)[返信]

日本初のオフィスコンピュータ

日本初のオフィスコンピュータは、奈良総一郎が製作した、と有りますが、何を持ってオフィスコンピュータと言うかが問題です。事務用電子計算機と言うものは1960年当初には既にありました。--122.135.34.165 2008年1月9日 (水) 08:53 (UTC)[返信]

提案: 各項目を「日本初の」で始めるのは止めては?

各項目が逐一「日本初の○○○」となっていますが,記事名自体が「日本初の一覧」であるわけですから,単に「○○○」としたほうが読者・執筆者ともに有益なのではないでしょうか?--Rambler 2008年7月14日 (月) 22:02 (UTC)[返信]

  • 賛成です。そもそも「日本初の一覧」記事なのですから、当然そうあるべきと考えます。--和の物好き 2009年8月24日 (月) 18:18 (UTC)[返信]
  • (賛成)蛇足も甚だしい。よく見なかったが、これだけ並ぶとみっともない。--Namazu-tron 2009年8月24日 (月) 18:30 (UTC)[返信]

異論がなかったので各項目の「日本初の」「日本人初の」を削除しました。世界初の一覧も同様に処理しました。割也 2009年12月19日 (土) 12:28 (UTC)[返信]

日本初のプロサッカー選手?

日本テレビというきちんとしたマスコミが報道している内容が元になっているのですが「出典」という条件が満たされていますよ。プロという定義について極めて狭い独自の分析をされていてさらに奥寺さんでなくなることが個人的に残念なのかもしれませんけど出典がちゃんと書かれているものについて消すのであれば日本テレビというマスコミがプロであるという認定をしていることについて嘘であるという証拠をちゃんと出しましょうね。--こざかなこだいら 2009年8月3日 (月) 15:16 (UTC)[返信]

ノート:佐田繁理に回答したのでどうぞ。--強意 2009年8月4日 (火) 04:02 (UTC)[返信]
ノート:佐田繁理から流れてきました。まず、お二人の案を比較対照するために差分を示します。私は、こざかなこだいらさんの両論併記型(「奥寺という説もあるし、佐田という説もある」型)よりも、強意さんの脚注型(「一般的には奥寺だが、佐田とする説もある」型)の方が優れていると思います。それは、これまでの議論を読むかぎり、「日本人初のプロサッカー選手」は一般的に(あるいは、サッカーについて権威あるメディアの定義において)奥寺であるとされており、佐田を日本人初とする説はそれほど有力ではなさそうだからです(佐田繁理の記述も「日本人初のプロサッカー選手として扱われることもある」という限定・留保がついた形に落ち着きそうですし)。加えて、こざかなこだいらさんの「書面で契約を締結した世界中で通用する」や「サッカー競技のみで報酬を得ていた」は独自研究のような気がします。--Bluebell 2009年8月13日 (木) 07:20 (UTC)[返信]
1週間を経て異論がない様なので修正しました。--強意 2009年8月20日 (木) 19:17 (UTC)[返信]

ノート:佐田繁理での合意を元に編集しています。戻さないように。--こざかなこだいら 2009年10月30日 (金) 08:02 (UTC)[返信]

ノート:佐田繁理では、当記事で両論併記型を採用しようという合意など形成されていないし、そもそも議論のテーマにもなっていません。いずれにせよお二人とも落ち着いてください。--Bluebell 2009年11月1日 (日) 14:15 (UTC)[返信]

では改めて提案します。三流雑誌ならばともかく東京のキー局が自分のホームページで紹介している以上、脚注でごまかすのではなく、両論併記とするべきです。ただし、両方が平等ではなく、佐田繁理氏についてはあくまで異論であり、主流ではないということを記すべきです。つまり現在の記述がもっとも適切です。--こざかなこだいら 2009年11月5日 (木) 15:16 (UTC)[返信]

議論をふっかけた方は論理的な反論に対して、回答に窮し逃げてしまわれたようです。私の提案は問題ないということで合意とします。--こざかなこだいら 2009年11月28日 (土) 15:31 (UTC)[返信]

記事の必要性について

ほとんど出典が無く、Wikipediaに載せられるような基準(検証可能性)を満たしていないように思います。また、前提条件に限定に限定を重ねれば日本初はいくらでも無限に濫造できます。そういうのは独自研究といいます。いずれにせよ、日本初と認定した機関なり、客観的な出典なりを明記するようお願いします。--fromm 2010年11月8日 (月) 02:35 (UTC)[返信]

編集対応ではなく記事ごと削除の方向で行こうと思います。ノート:世界最古の一覧で議論中です。--fromm 2010年11月8日 (月) 03:10 (UTC)[返信]

分割まとめ

提案も合意もなく行われた分割についてまとめます。

--fromm 2010年11月8日 (月) 07:30 (UTC)[返信]

Wikipedia:ページの分割と統合に基づき、記事としてまとまっているものを独立記事として分割しました。この方が、読者が関心のある項目を見つけやすいと思ったためです。
けれども、分割提案の告知を飛ばしていました。申し訳ありませんでした。
事後になってしまいますが、これから分割提案をさせていただけないでしょうか?
事後提案の承諾をよろしくお願いします。--Monbat 2010年11月9日 (火) 07:10 (UTC)[返信]