ノート:悪魔の証明

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  • /過去ログ1 - 2008年2月6日 (水) 11:51 (UTC) までの議論
    • 内容:「無知に訴える論証(argumentum ad ignorantiam)」と「悪魔の証明」、probatio diabolica を「邪悪な審理」と訳した上で独自の研究を掲載することの可否、宇宙人の不存在証明、別の事実を示すことと「ない」の証明

判断の可否[編集]

結局、このページにprobatio diabolicaについての説明のみを掲載しておくのは適当なのでしょうか。私自身は法学にもラテン語にも疎いのですが、「悪魔の証明」は一般には検証と反証の非対称性に関して使われることがほとんどかと思われますし、その語源としては「悪魔が存在しないことは証明できない」が尤もらしいと思います。 だとすれば、

1.「悪魔の証明」がprobatio diabolicaの訳語として使われ始め、「悪魔の証明」がなぜ難しい証明を表すのかの説明として、後付けで「悪魔が存在しないことは証明できない」という議論が考えられた

2.それぞれの意味は独立に考えだされ、何らかの理由で一方が他方の用語を借用した、または単純に混同された

の可能性が考えられますが、個人的に1は苦しいのではないかと思います。もし2ならば、probatio diabolicaは(仮に「悪魔の証明」と訳すとしても)「悪魔的な」証明であって、そうでない方の「悪魔の証明」は「悪魔に関する」証明ですから、完全に別々の意味であって、曖昧さ回避として処理するべきものではないかと考えます(Rocky7さんがおっしゃるように、probatio diabolicaの訳語としての実績がないならば、そのように書くべきですが)--Shin ike 2012年2月2日 (木) 15:06 (UTC)

いいえ間違っていますよ。ウィキペディアでは出典が無いことは書いてはいけないというルールになっています。無名の個人がブログなどで書いていることは出典として用いてはいけない、というルールになっています。ネット上には、無学な人、無教養な人が、調べもせずに間違ったことを書き放っています。そんなものは無視するに限ります。ウィキペディアにはそういうネット上の放言はとりこんではいけません。とりこまないから、まともな比較的まともな状態が保たれているのです。ともかく、出典が無いことをウィキペディアの記事に書きこむことは止めましょう。個人ブログ等に書かれていることもウィキペディアには書いてはいけません。--Saito Taro会話) 2014年4月25日 (金) 08:20 (UTC)

参考までに[編集]

ちなみに、ウィキペディアはまともな出典にもとづいて書くものなので、ブログ上の誤情報は無視していいのですが、それでも一応 参考までに教えてあげますが、ネット上の無学な人が間違えているポイントは次のことです。

きちんと大学院など論理学を学んだ者、大学教授などになっている論理学者や認識論や科学哲学を研究した学者ならば、次のようにします。

(正しい推論)「AかNOT Aか、どちらか分からない場合」→「『A』とも言えないし、『NOT A』ともいえない。今のところ自分は何も言えない。」とします。

いいですかね? 次の推論は論理学的に間違っていますよ。

  • 間違った推論・行動 1)「AかNOT Aか、どちらか分からない」→×→「NOT A に決まっている!」
  • 間違った推論・行動 2)「あの人はAと言い放った。あの人がAに関して挙げた材料は証拠とは言えない状態だ」→×→「NOT Aに決まっている」
    • (上記を修正した、正しい推論・行動)「あの人はAと言い放った。あの人がAに関して挙げた材料は証拠とは言えない状態だ」→○→「あいかわらず『A』とも言えないし、『NOT A』ともいえない。今のところ自分は何も言えない。」と考える→ 黙る、もしくは(他人から強引に問われた場合)「態度は留保する」とか「判断つきかねる」と返答する。
  • 間違った推論・行動 3)「全く存在していないことを証明するのは難しい」→×→「いつでも"存在していない"と決めつけてやっていいんだ!」
    • (上記を修正した、正しい推論・行動)「全く存在していないことを証明するのは難しい」→○→「とりあえず自分はAともNOT Aとも言えない。今は自分は何も言えない。」と考える。 →○→ 黙る、もしくは(他人から強引に問われた場合)「態度は留保する」とか「判断つきかねる」と返答する。
  • 間違った推論・行動 その4 具体例編)「一切存在していないことは証明が難しい」→×→「俺様は、調べもせず、ありとあらゆることの存在を否定していいはずだ!」→×→「白いカラスだって存在していないに決まっているさ!」とか「テレパシーだって、(俺は嫌いだから)存在していないに決まっているサ! だって"悪魔の証明"って言葉があるだろ!」などと独自研究を、ブログに書きこむ。
    • 上記を修正した、正しい推論・行動 具体例編 4-1)「一切証明していない場合でも、それは証明が難しい」→○→「だが、AなのかNOT Aなのかは、なんとも言えない。今は私は、存在している、とも存在していないとも言えない。今、論文を検索してみるとあると証明している論文や写真があるかも知れない」と考える。 →○→ 自分自身で行動を起こして調べる。→○→写真を自分自身で検索し[1]、白いカラスの写真を実際に見つける。→○→「なるほど、白いカラスはいた。ブログ上で"悪魔の証明"などという論法を使って騒ぎ立てている奴らがいるが、あの"悪魔の証明"という言葉を使った論法はやはり誤謬詭弁なのだな。」と気付く。
    • 正しい推論・行動 具体例編 4-2)ブログ上で"悪魔の証明"と騒いでいる文章を見たら、そこにテレパシーを否定している文章が含まれていた。 →○→  その文章を信じない。とりあえず態度留保の状態にして、調べることにする。 →○→ テレパシーに関する論文を自分自身で、学術論文データベースなどを使い、じっくりときちんと網羅的に検索してみる。→○→ テレパシーの存在を対照実験の正しい手順で証明した論文が見つかる。→○→「実際にはテレパシーは存在していると、正しい実験手順で証明している論文がある。なるほど、やはりブログ上の"悪魔の証明"という言葉を使っている論法はただの誤謬詭弁なのだな。自分自身で実験もせずに否定する連中は馬鹿だな。」と気付く。

いいですか? 結局、部屋に籠ったまま、自分で証拠探しもせず、また論文の検索もせずに、「おれは証拠を持っていないけれど、あいつの説は間違っているに決まっている!存在していないに決まっている」と決めつけてしまうことは、根本的に間違っています。認識論の観点からしても、科学哲学の観点から見ても、ブログ上に散乱している論法は根本的に間違っているのです。

つまり、ブログ等に散乱している "悪魔の証明"という言葉を使った論法はただの誤謬詭弁です。

個人ブログで「悪魔の証明」という言葉を使ってわめきたてている連中は、論理学の基礎も分かっていなくて、上記のような間違いを犯しています。たいていの学者はそういう文章を読むと、遅かれ早かれ間違いに気づくので、あまりにくだらないと判断して、結局、無視しているのです。わざわざ論文に書くにも値しない。だから学術論文にはそういう用法は登場しない。ブログに「悪魔の証明」と書いている連中は、自分たちが学者から馬鹿だと見なされていることに全然気づいていなくて、いつまでも間違った文章を掲載しつづけているわけです。まったく恥ずかしいことですね。

ちなみに、ネット上に散乱している"悪魔の証明"式の詭弁は、特に日本語の話者ばかりがやっています。英語では、ああいう間違った議論のしかたはほとんど行われていませんよ。恥ずかしいことです。まあ無教養な人たちというのは、本も読まない、論文も読まない、英語もフランス語もドイツ語も読まないわけなので、日本語ばかりで異常な事態になっていることにも気付かないのでしょうね。あまりに低レベルで恥ずかしいことですね。

以上、
ブログで独自の研究をして「悪魔の証明」という用語を使っている連中、おバカな連中は、いつまでたっても気づかないようですし、もしかしたら何十年でも時間を無駄にしつづけそうで、かわいそうに思えますし、ウィキペディアの投稿者でそういうお馬鹿に巻き込まれる人が出てもかわいそうなので、多少おせっかいとは思いましたが、教えてあげました。

くれぐれもブログの文章や2chに書かれていることなんて信じないように。世の中、馬鹿ばかりですよ。おまけに馬鹿のほうが、頭脳が無駄に空回りして、妄言を生成し、ブログにその妄言を大量に書き続けるから たちが悪い。人口比で1:9でも、馬鹿のほうが大量に書くから、文章量の比では1:30とか1:100になってしまうから、結果としてネット上ブログや2chは誤謬・妄言のゴミ溜め状態。みなさん気を付けましょう。悪影響を受けないようにするには、そういう文章は読まないに限る。では。--Saito Taro会話) 2014年4月25日 (金) 09:28 (UTC)

「誤用」節について[編集]

はじめまして、利用者:Saito Taro会話 / 投稿記録さん。Wikipedia:検証可能性Wikipedia:独自研究は載せない、そしてWikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは独自の考えを発表する場ではありませんといったウィキペディアの方針文書はお読みいただいておりますでしょうか。というのはですね、Saito Taroさんが先ほど加筆なさった「誤用」節には情報源が提示されておらず、上記の方針に反するものだと言わざるを得ないのです。残念ながら、このような記述をウィキペディアに残しておくことはできません。この節を一括除去することにいたしますが、Saito Taroさんがこの節をどうしても復元したいとお考えなのであれば、必ず出典を明記するようにしてください。よろしくお願いいたします。--122.18.126.54 2014年4月25日 (金) 15:54 (UTC)

消してよし。もともと、4月2日の利用者:27.114.60.116会話 / 投稿記録[2]といった投稿のような、ブログ上の独自研究の誤用を肯定するような表現を書き込もうとする行為に対しては、完全消去で対処するのが適切。
本当は、私は最初からウィキペディアのルールどおり単純消去、完全消去してやるのがベストと思っていた。ただ、「悪魔の証明」という表現を使う奴の病的な性質(他記事の過去履歴を調べると固定観念にとらわれて病的なリバートをする性質がある)をいろいろ考慮してとりあえず暫定措置をとり、1週間ほど後に完全消去しようと思っていたのだ。
まあともかく、利用者:27.114.60.116会話 / 投稿記録のような記事面に独自研究を埋め込もうとする行為に対しては、最終的にはルールどおりにただの消去の形に落ち着かせればよい。--Saito Taro会話) 2014年4月28日 (月) 01:28 (UTC)