ノート:アドルフ・ヒトラー

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このページは複数回削除が検討され、その後複数回削除されました。削除についての議論は ノート:アドルフ・ヒトラー/削除Wikipedia:削除依頼/アドルフ・ヒトラー 20070205Wikipedia:削除依頼/アドルフ・ヒトラー20080521Wikipedia:削除依頼/アドルフ・ヒトラー20090706をご覧下さい。

このノートは削除された版があります。削除についての議論は Wikipedia:削除依頼/ノート:ベニート・ムッソリーニをご覧下さい。

編集[編集]

「ナチスとは当時の社会民主党による蔑称であるが、現在では一般的呼称となっている。」という文章はヒトラーというよりナチスのことなので国家社会主義ドイツ労働者党に移動します。219.37.104.91 2005年7月24日 (日) 10:45 (UTC)

「副大統領」の欄にルドルフ・ヘスの名がありましたが、ヘスはナチ党の副党首としての「副総統(または総統代理)」であり、ドイツ国の副大統領ではありませんので、削除しました。61.124.224.39 2007年7月29日(日)(YK)

提案[編集]

ナチスのプロパガンダの手段を具体的に掲載してはどうでしょう?--218.110.239.67 2005年10月23日 (日) 01:38 (UTC)

それはどの部分にですか? 内容的には、ナチスの方がいいように思います。ゆきち 2005年10月23日 (日) 01:45 (UTC) 場所は得に問いませんが、ヒトラーのカリスマ性を強調するならヒトラーの欄でも良いかと。あるいはゲッベルス?--131.113.253.13 2005年10月25日 (火) 03:46 (UTC)

それはプロパガンダの項目でいいんじゃないの?220.208.188.195 2007年6月24日 (日) 20:41 (UTC)

依頼1[編集]

ヒトラーはユダヤ人排斥を主張し一般的にアウシュビッツなどでホロコーストを指示したと言われていますが、具体的にアウシュビッツなど強制収容所で計画的な抹殺を指示、あるいは知っていたのかについては研究者によってまだ議論が分れるところです。この項目のトップにそのような記載がありますが、参考とした文献等ありましたら、示してください。もちろん、ヒトラーの人種差別的な歴史を正当化しようという試みではありません。

依頼2[編集]

「日本観、日本人観」の項において、≪日本人は『我が闘争』内において、二流民族として「模倣のみに優れ、反映によってのみ輝く月のような存在」として「太陽のごとき」アーリア民族の下に置かれている、所謂月光文化として日本を述べている。ただしこの評価は、第二次世界大戦以前の有色人種に対する欧米の指導者の考えとしては特別酷いものではない。この記述は戦前戦中の日本の版では削除されている≫とありますが、「模倣のみに優れ、反映によってのみ輝く月のような存在」や「太陽のごとき」という部分は『わが闘争』からの引用でしょうか? それとも『わが闘争』内の記述の要約でしょうか? 私が確認できているのは「文化創造者」、「文化支持者」、「文化破壊者」という記述だけなのですが。また、「太陽のごとき」や「月光文化」という記述も見受けられず、代わりに「文化創造的」や「文化支持的」という記述が見受けられます。私の読み落としの可能性が高いのですが、≪この記述は戦前戦中の日本の版では削除されている≫という記述があり、『わが闘争』からの引用のような印象を受けたのでここに書かせて頂きました。もし引用ではなく、要約であるなら、≪この記述は戦前戦中の日本の版では削除されている≫ではなく、≪この内容は戦前戦中の日本の版では削除されている≫にした方がいいと思います。

 原文の日本人に関する記述を、独語和訳して掲載しました CCK

外部リンクについて[編集]

  • [http://www.freepe.com/ii.cgi?nazi 写真で見るヒトラーの歴史] を追加されていた方がおりましたが、写真などは多数あるものの、一部に[1]といったネタ系の記述があるので、リンクとしてふさわしいと思えません。ヒトラーという注意を要する記事に、ネタ系サイトのリンクを張るのは不適切と考えます。(あと、同時に2つリンクを張るのは宣伝行為との誤解を招きやすい行為です) と書いてる間にリバートされた。--Los688 2006年5月15日 (月) 13:45 (UTC)
  • 鵜飼研究室なるサイトのヒトラーの項にリンクされていましたがアフリエイトが多数あり画像等も既製の出版物からの流用、政治的遺書というタイトルに反し冗長にヒトラーの生涯を描くという判りにくい内容であり恣意的なリンクなのでガイドラインに照らして削除いたしました。--124.85.147.33 2008年10月24日 (金) 17:04 (UTC)

昭和天皇について[編集]

アドルフ・ヒトラー#日本観、日本人観において、

>1945年4月29日、昭和天皇の誕生日に「自らソ連共産軍と戦い散華することを決めました~天皇陛下万歳」というメッセージを残している。

のソースをお願いします。--経済準学士 2006年8月15日 (火) 07:27 (UTC)

外部リンク[編集]

佐藤卓巳氏の「ナチ宣伝という神話」という本のより抜きがリンクされていましたが内容はヒトラーが中心とは言い難く削除しました。 ナチス関連の項目に同じページがマルチポストされていますが宣伝でしょうか?wikipedeiaのガイドライン違反に抵触します。 それでも有意義な内容でありリンクされるべきだとおもう方はご意見をお聞かせください。--222.146.199.234 2006年11月22日 (水) 18:59 (UTC)

独自研究とみなされる記述について[編集]

「2007年10月10日 (水) 04:16野狐」氏によって下記の記述が加えられ、2007年10月13日 (土) 02:15にいったん削除されてからも、「2007年10月13日 (土) 02:16Akane700」両氏(あるいは「野狐」氏と同一人物か?)によって、何らの理由が説明されることなく復活されています。これはウィキペディアのガイドラインに抵触する「編集合戦」とみなさざるをえないでしょう。さらに、下記の記述の内容も、ガイドラインに抵触する「独自研究」にあたる可能性が高い上に、常識的に考えても百科事典としては不適切な冗長な文章であることは明らかです。したがって、いったん削除の上で「ノート」による合意形成を試みることが必要です。「野狐」氏および「Akane700」氏には、下記の記述の正当性を「ノート」欄において説明していただくことを要望します。 ●(以下、引用)「なお、プレジデントを漢語では総統と翻訳するのだが、(例:中華民国総統、アメリカ大統領は美国総統、ドイツ大統領は徳国総統、ノムヒョン総統など・・・)日本でも慣用により、ヒトラーに限って総統と呼ぶことが多い。しかし、正しい翻訳は大統領である。(そもそもヒンデンブルク第二代大統領の後任であり、ワイマール憲法上はヒトラーこそが、第三代大統領にほかならない。)中には、総統=国家指導者兼首相なんぞという、新しい官職が設置されたと解するむきもあるが、憲法上は大統領兼総理になっただけで(それはそれで大問題であるが・・・)別に、新しい官職が創設されたわけではない。なにゆえ、ヒトラーに限って漢語なのかは謎であるが、ただの習慣であろう。淮南王(ワイナンオウ)劉安が編纂させた書を淮南子(エナンジ)というがごときである。要は理屈ではなく、ただの慣例にすぎない。別に総統は悪いやつというわけでもあるまい。そんなことになったら孫文も悪玉になってしまう。第一、漢語ではプレジデントはすべて総統である。正しい日本語を使うのならヒトラー大統領兼総理にすべきであろう。」(引用終わり) --Sie220.147.187.41 2007年10月16日 (火) 02:47 (UTC)

上記の記述はあまりに冗長なので削除しました。wikipediaは個人的意見を述べる場ではありません。このような低レベルな記述を野放しにすれば要出典だらけの記事になるのは目に見えています。どうしても上記のような主張をしたいのならば、ノート:総統で存分に議論すればよろしい。(61.210.172.68 2007年10月16日 (火) 10:59 (UTC))
61.210.172.68さん、Sieです。ありがとうございます。関連項目を見ていると、どうも、「ヒトラーは大統領に就任した」という独自研究を主張したい方々が、あちらこちらの項目において編集合戦を挑んでいるようです(たとえば、ノート:総統)。この「アドルフ・ヒトラー」の項目でもそれが見受けられますので、いったん、すべてを元にもどします。あとは、この欄のノートで充分に議論することが必要でしょう。--Sie211.2.42.182 2007年10月16日 (火) 15:24 (UTC)

大統領テンプレート[編集]

2007年12月11日 (火) 21:32版で、ページ右上端のボックスの項目に「人種」に関する加筆がなされていますが、本来テンプレートにない項目を付け足す意味はあるのでしょうか?確かにヒトラー=ユダヤ人説は存在しますが、ボックスの部分で特筆すべき「基本的」な情報でしょうか??そもそもナチス時代ならぬ現代の通説では、人種と民族は一致するものではないと思いますが。

項目名が縦書きになるなど見かけの体裁も崩れていますし、この部分を元に戻すことを提案いたします。--Shalmaneser 2007年12月17日 (月) 19:19 (UTC)

ホロコースト関連の要出典[編集]

Wikipedia:信頼できる情報源#情報源に「事実を報告するとき、ウィキペディアでは出典を明記する必要があります[2]。ウィキペディアは三次情報源です。ウィキペディア自身の記事を出典として引用することは、自己参照となるため、できません。」とありますので、ウィキペディアの別のページを出典とすることはできません。

要出典としているのは、「だが、ヒトラーがユダヤを本当に「殺害する」という意味で言葉を使用しているのかどうかは不明である。」と不明とした人物の記述、「Ausrottungは、「ユダヤ人が経済的に、あるいは権力的に支配しようとしている」などを意味している。つまり、ヒトラーはユダヤ人に市民権の停止や身分の剥奪などを行う、と述べている」と記した人物の本、「連合国・ソ連によってかなり強引で違法な取調べが行われた。 」等の記述を書いた人物が誰であるかということです。もし、執筆者の方が考えて書かれたのでしたら「独自研究」です。Wikipedia:信頼できる情報源に当てはまる出典をお示しください。あと、マルティン・ブロシャート博士が「命令を出していない」と書いた本の名前とページ名もお願いいたします。--模様砂漠2 2009年6月23日 (火) 16:21 (UTC)


質問が書かれているので応答します。 まず基本的な歴史学知識についてですが、ヒトラーがヨーロッパのユダヤ人を殺害せよとの文書資料、命令、全体的な計画書は全く存在していません。 戦後、半世紀以上経った現在も見つかっていません。 発見したという学者も一人もいません。

  •  wiki自身の記事を出典として引用するつもりはありませんが

項目の中で

・カティンの森事件

・ナチスが人間の死体から石鹸を作ったという話

・ソ連の検察がアウシュヴィッツで400万の虐殺があったとニュルンベルク裁判で主張した話(1995年まで事実だとされていた) (1995年まで事実だとされていたが、現在では公式の資料館ですら100から150万だとしているほどである。)

これらの話は現在では捏造だとはっきりしており、現在、歴史学者で事実だと主張してる者は一人も居ません。また、実際に行なわれた証拠も全くありません。 従って引用は問題ありません。 逆に、現在でもカティンの森事件がドイツ側の仕業だとか、アウシュヴィッツで400万が死亡したと主張している歴史学者がいるのでしょうか?

  •  「ヒトラーがユダヤを本当に「殺害する」という意味で言葉を使用しているのかどうかは不明である。」の件

ヒトラーがAusrottungを殺害という意味で使ったのかどうかは不明なのは事実です。

出典箇所を詳細に検討してみましょう。

Ungeheuer waren die Lasten, die man dem deutschen Volk zumutete, unerhört seine Opfer an Steuern und an Blut, und dennoch mußte jeder nicht gänzlich Blinde erkennen, daß dies alles umsonst sein würde. Was uns dabei am meisten schmerzte, war die Tatsache, daß dieses ganze System moralisch gedeckt wurde durch das Bündnis mit Deutschland, womit der langsamen Ausrottung des Deutschtums in der alten Monarchie auch noch gewissermaßen von Deutschland aus selber die Sanktion erteilt wurde.

Adolf Hitler, Mein Kampf, Franz Eher Verlag, München 1933, S. 13f.

ヒトラーが書いたMein Kampfの問題の箇所のドイツ語原文です。明らかに「ガス室によるオーストリア国内のドイツ系住民の殺害」と言う意味ではない。 「ドイツの文化性が他民族(スラブ民族)によって、「剥奪される。奪われる。」」という意味で使用している。 第一、オーストリア・ハンガリー帝国時代にオーストリーにガス室があったなどと言う学説は存在しません。 日本語訳の「我が闘争」でも、この部分のAusrottungをガス室による殺害という意味で翻訳している書籍はありません。 つまり、前述の通りヒトラーが、直接的な言葉でユダヤ人を殺すようにと命じたという証拠はありませんし、そのような説を述べている学者も居ないということです。 例えば、ユダヤ人でホロコースト研究の第一人者であったラウル・ヒルバーグですら、ユダヤ人の「再定住」(aussieden)、「疎開」(evakuieren)をヒトラー・ドイツが殺害の意味で使っていたと主張しているほどです。

ドイツの公的機関、現代史研究所所長マルティン・ブロシャート教授・博士は、「ヒトラーは決定的な決定を下しておらず、最終解決の全体命令を出してもいなかった」としています。

Colloque de l’Ecole des Hautes Etudes en sciences socials, L’Allemagne nazie et le génocide juif. Gallimard-Le Seuil, p. 1985, p. 191.

  •  ニュルンベルク裁判への批判ですが、

イギリス人の歴史学者A・J・P・テイラーはこのように述べています。 「法律家ですら,今日ではニュールンベルクでの証拠について疑念を抱いているにちがいない。文書は被告人の戦争犯罪を証明するためだけでなく,原告である諸大国の戦争犯罪を隠すためにも選択されたのである。」 「評決は裁判に先行し,文書はすでに決まっている結論を証拠立てるために提出されたのである。」A・J・P・テイラー,吉田輝夫訳『第二次大戦の起源』中央公論社 31-32頁

裁判の手続きを批判して辞任したアメリカ高裁のウェナストラム判事 (Charles F. Wennerstrum)は、 「ここでは、戦争犯罪はアメリカ人、ロシア人、イギリス人、フランス人によって起訴され、裁かれた。彼らは、多くの時間と努力、誇張した表現を使って、連合国を免責し、第二次大戦の唯一の責任をドイツに負わせようとした。」「裁判は、ドイツ人に自分たちの指導者の有罪を納得させるはずであったが、実際には、自分たちの指導者は凶暴な征服者との戦争に負けただけだと確信させたにすぎなかった。」としています。

ドイツ史学者の重鎮、ヴェルナー・マーザー教授・博士(Werner Maser) は著書の「ニュルンベルク裁判」でこのように述べています。 「弁護団の証人や援助者は、ときどき頃合いをみて、また執拗に脅迫を受けたりして、強引に出廷させてもらえなかったり、あるいは退廷させられたりすることも珍しくなく、さらには自分たちの声名を検閲されたり、押収されたりしたうえで、検察側の証人にされたりした。」

アメリカ・ペンシルベニア州判事、ヴァン・ローデン氏は連合国による裁判の不正行為を告発した報告書でこのように書いています。 「合衆国法廷のアメリカ人尋問官は,自白を手に入れるために次のような方法を使った。すなわち,殴打と野蛮な足蹴。歯を折ること。顎を砕くこと。偽裁判。独房への拘禁。僧侶の振りをすること。食糧配給の減額制。無罪の約束。」 報告書の原文はココで読めます。

E. L. Van Roden, "American Atrocities in Germany"

最後にEU最大の経済大国であるドイツ国家自身やドイツ司法がニュルンベルク裁判を全く認めていないことを挙げます。 戦後、数十年間経ってますがドイツ政府やその関係者は、裁判を受諾する如何なる条約、講和を結んだ事はありません。 違法な裁判を受諾する事は法治国家として出来ないという事です。

あなたが指摘したように、「ウィキペディア自身の記事を出典として引用することは、自己参照となるため、できません。」同様にホロコースト否認に関する箇所を削除しました。


それから、あなたにお伺いしたい歴史学的な事項があります。

  •  まず、ユダヤ人殺害を命令するような、ヒトラーの命令書や文書が見つかっていますか?
  •  日本語訳「我が闘争」におけるオーストリア・ハンガリー二重帝国の部分のドイツの文化性に関する部分で、Ausrottungを「ガス室による殺害」と翻訳している書籍はあるでしょうか?

私が調べた限りではありませんし、実際にそのような意味でヒトラーは使用していません。 例えば角川文庫から出ている我が闘争では、(他民族によって)「ドイツ主義が次第に絶えていく」P38 と翻訳されています。

  •  カティンの森事件がドイツ側によって行なわれたなどと主張している学者は居ますか?(ソ連が捏造したように)アウシュヴィッツで400万が殺されたと主張している学者は居ますか?少なくとも、カティンの森事件等については間違っていない以上、削除するのはおかしいと思いますね。
  •  最後にニュルンベルク裁判が本当に合法に裁かれたと信じているなら、

つまり、裁判が公平的、中立的に行われた。近代刑法における原則が守られた。と言われるのであれば、その証拠を挙げて欲しいですね。 法の遡及、事後法は適応されなかった。 裁判官は戦勝国からではなく、全員が中立国から選ばれた。 証拠の採用基準が存在し、実地調査が行われた。 被告の自白強要は弁護団の立会いの下で人道的に行われた。 などです。

そのような歴史学的証拠を挙げてください。 --60.45.201.96 2009年7月5日 (日) 12:59 (UTC)

Wikipediaは事実について論争する場所ではありません。Wikipediaの要出典とは公式方針であるWikipedia:検証可能性の「広く信頼されている発行元からすでに公開されている事実、表明、学説、見解、主張、意見、および議論についてのみ言及すべきです。」に従い、Wikipedia:出典を明記するに書かれている書式に基づいて、「○○としている」といったのは誰か、どの著書で言ったかを明記するためのものです。執筆者が史料を読んで、解釈を行うと独自研究になるのです。Wikipedia:独自研究は載せないをお読みください。ニュルンベルク裁判への批判があるなら、「○○という人物は著書○○の中でこう主張している」という形で書いて、refタグ等で出典の原著書名を書いてください。--模様砂漠2 2009年7月6日 (月) 04:33 (UTC)

出典らしいものを見つけました。[2]特に我が闘争の引用訳文と、ヒルバーク博士の発言とされる文は完全に一致します。にもかかわらず、翻訳者(歴史的修正主義研究会)の情報は一切記載されませんでした。これは翻訳者の著作権を侵害しています。引用の要件を満たしていないことが明らかですので、特定版削除を依頼します。--模様砂漠2 2009年7月6日 (月) 09:23 (UTC)

現在削除依頼中なので、ホロコースト関連の加筆はやめてください。また、「ここで、ヒトラーは述べたわけではない」はユルゲン・グラーフの主張であり、広く認められた結論ではありません。また、あなたが加筆の根拠とされた歴史的修正主義研究会、はメンバー名も公表していないインターネット上の同好会に過ぎず、「個人のウェブサイトやブログ、そのほかの自己公表物あるいは自費出版物は、二次情報源として使用できません。」(Wikipedia:信頼できる情報源)。もちろんその文章をコピペした他のサイトが出典などはもってのほかです。--模様砂漠2 2009年7月8日 (水) 14:38 (UTC)

翻訳者(歴史的修正主義研究会)の著作権を侵害しないように、Mein Kampfの翻訳文は角川文庫から引用しました。翻訳者の情報、出版社など著作情報を記載しましたので侵害はありません。歴史的修正主義研究会の著作権を侵害するような部分は削除しました。また、ヒトラー本人の著作権のため、ヒトラーの原文も載せました。 ヒルバーグ博士は翻訳書があるものは和訳で、無かったものは原文をそのまま載せました。著作者の情報は明記してあります。 一体、何処が著作権侵害になるのでしょうか?

あと、自分と意見が合わないと理由だけでの削除は止めていただきたい。私は事実を書いているだけです。 もう一度言いますが、歴史的修正主義研究会の文章の引用にあたる部分は著作権侵害を恐れて、全て削除してあります。 大体、グラーフなどの歴史修正主義者の意見が駄目なら、同時代の日本の侵略行為や虐殺行為を懐疑する意見も全て削除依頼しないといけません。 立派な歴史修正主義的な意見ですからな。 国際的にも日本以外の、、特に旧連合国国家では認められてない意見です。キチンと削除依頼はやってるのですか? それとも特定の国家や民族のみ言論封鎖や削除をするのでしょうか? それは明らかな人種・民族差別でしょう。こういう行為は謹んでいただきたい。 ちゃんと反証するべきでしょう。 --60.45.201.96 2009年7月8日 (水) 14:58 (UTC)

ページが削除されるためには、削除依頼での審議を経て、合意が得られることが必要です。Wikipedia:削除の方針 ここを読んでください。あなたの行っていることは審議もしてないし、合意も得てない行為です。 wikiの管理人を呼んでも、私と同じ事を言われると思いますよ。 法律でも言論の自由は保障されています。 法治国家に住んでいる以上、言論の自由を尊重して頂きたい。 このノートだって、欧米人など外国人の方々が読む可能性があります、外国の犯罪を強調して自国の犯罪は過小評価しているのではないか?と思われるような 言動は控えて下さい。あなたはドイツなど特定の犯罪を懐疑している者のみ削除行為をしています。 繰り返しますが、私は歴史学者による意見を述べているに過ぎません。 引用元の資料は開示しています。問題はありません。

wikiの管理人の方々が審議した上で削除を行うと言うなら私は従いますが、管理者の権限もなく審議もしてない、あなたの個人的意思で削除するなら残念ですが従うことは難しいといわざるを得ません。あなたが勝手に削除した部分を加筆することになるでしょう。 --60.45.201.96 2009年7月8日 (水) 15:37 (UTC)

まず、現在削除依頼中ですから、あなたがいくら加筆されたところで、審議次第ではあなたが最初に執筆された時点の版から最新版まで削除されます。。審議中に書き込むのは問題を紛糾させるだけです。削除というのは、あなたが書いた記述を過去の版からも確認不能にすることです。私がやっているのは「著作権違反に当たる可能性の記述の除去」です。これはWikipedia:削除依頼の依頼に当たって行わなければならない正当な手続きです。「'ファイル以外のページで、権利侵害のおそれがある場合は、本文から権利侵害と思われる部分を除去します。」「『「差し戻し」: 履歴から権利侵害部分を含む版(複数の版が該当する場合は、最も古いもの)を見つけ出して、その版の直前の版まで差し戻します。「手動除去」: 最新版から権利侵害部分だけを除去します。』」。それと、削除依頼を審議するのは、管理人だけではなく投票権のあるログインユーザーです。Wikipediaのルールをもう一度お読み直しください。
出典について
私は歴史修正主義者だからだめだとは一言も言ってません。あなたが「歴史的修正主義研究会」のサイトの記事を元に書かれたことが明白だから問題と言っているのです。Wikipedia:信頼できる情報源を読んでください。もう一度強調して書きますが、「個人のウェブサイトやブログ、そのほかの自己公表物あるいは自費出版物は、二次情報源として使用できません。」これは、その個人のウェブサイトが引用したと書いてある部分にもおよびます。つまり、歴史的修正主義研究会が翻訳した「ユルゲン・グラーフ」の発言は、「ユルゲン・グラーフがこう言っている」という形でも使えないのです。本当にユルゲン・グラーフの発言を記載する場合は各国版のユルゲン・グラーフの記事から翻訳するか、彼の著書を著作権が及ばない形で翻訳して使うことが必要です。これがたとえ「ホロコースト否定を許さない市民の会」でも、「歴史的修正主義研究会」と同程度の状態では出典としては利用できません。
著作権について
著作権というのは言葉の端々を変えたから、それで大丈夫というわけではありません。
Wikipedia:ガイドブック 著作権に注意「あなた以外の人が制作したウェブページや書籍の文章・画像・音声などや、それを修正したり翻訳したもの」は投稿できないのです。歴史的修正主義研究会のサイトにも「当研究会が執筆・編集した文献の版権は当研究会にあります。」とありますし、最新版であなたが行った行為は剽窃にあたります。
また、書籍の引用情報についても同じです。ヒルバーグ博士の書籍について、あなたがその目で確認したのですか?ヒルバーグ博士の件の文章の前に何が書いてあるか質問された時に、あなたは答えられますか?原文はエルンスト・ツンデルのサイトなどで十分に公開され簡単に参照できるので無意味です。
私はずっとブロシャート博士の発言の出典を求めています。よそのサイトにこうのっていたから出典が不要というわけではありません。どういう書籍で、もしくはどの場で「ブロシャート博士自身が言ったのか」発言か答えてください。
あなたの著作権違反について
あなたが最新版で表記した「この文章の中で、ヒトラーは、皇帝ヨーゼフがオーストリア国内の全てのドイツ系オーストリア人をガス殺しようとしていたと述べているわけではない。スラヴ民族に権力を譲ろうとしていると主張している。」は、最初に書かれた「ここで、ヒトラーは、フランツ・ヨーゼフ皇帝が全てのドイツ系オーストリア人をガス殺しようとしていたと述べているわけではない。」とほぼ同じであり、歴史的修正主義研究会のユルゲン・グラーフ著書翻訳の「ここでは、ヒトラーは、フランツ・ヨーゼフ皇帝がすべてのドイツ系オーストリア人をガス処刑あるいは射殺しようとしていたと述べているわけではない。スラヴ族に権力を譲ろうとしていると述べているのである。」ときわめて酷似しています。グラーフの著書は国内で出版されていませんが、この文章はどこから出てきたのですか?もし信頼できる出典がない場合は「独自研究」になります。
また、あなたが最初に投稿されたゲーリングの陳述は加藤研究室「ヘルマン・ヴィルヘルム・ゲーリングの最終陳述」と句読点の位置までぴたりと一致します。これも著作権違反です。
信頼できる情報源
著作権関係をクリアしても、ユルゲン・グラーフの著書がWikipedia:信頼できる情報源#情報源の評価によって信頼できる情報源と見なされるかどうかは別問題です。そこまでは言及しません。--模様砂漠2 2009年7月8日 (水) 16:58 (UTC)
追記。テンプレートに「この版の編集や引用はしないで下さい。」とはっきり書いてあります。--模様砂漠2 2009年7月8日 (水) 17:02 (UTC)

(コメント)Wikipedia:削除依頼/アドルフ・ヒトラー20090706において削除が実行され、問題は解消されました。--模様砂漠2 2009年10月12日 (月) 22:21 (UTC)

ナチス・ドイツへの転記[編集]

経済政策と治安対策はドイツの国としての政策ですので、ナチス・ドイツに転記してはどうでしょうか。--模様砂漠2 2009年6月28日 (日) 12:46 (UTC)

一週間反対意見がなかったので、転記を行います。--模様砂漠2 2009年7月6日 (月) 04:33 (UTC)

外部リンク修正[編集]

編集者の皆さんこんにちは、

アドルフ・ヒトラー」上の1個の外部リンクを修正しました。今回の編集の確認にご協力お願いします。もし何か疑問点がある場合、もしくはリンクや記事をボットの処理対象から外す必要がある場合は、こちらのFAQをご覧ください。以下の通り編集しました。

編集の確認が終わりましたら、下記のテンプレートの指示にしたがってURLの問題を修正してください。

ありがとうございました。—InternetArchiveBot (バグを報告する) 2017年10月29日 (日) 15:00 (UTC)

村瀬興雄 『アドルフ・ヒトラー 「独裁者」出現の歴史的背景』(中公新書、1977年)並びにヴォルフガング・シュトラール『アドルフ・ヒトラーの一族 独裁者の隠された血筋』(畔上司訳、2006年、草思社)からの引用の箇所は幾つか中立性を著しく欠いていませんか?修正を提案します。[編集]

幾つかの引用の箇所について、明確に著者の個人的解釈、感情的なバイアスのかかった文章にお見受けします。 研究書と称して一度出版されたものからは無反省に引用できることを利用して、中立性を損壊し、個人を中傷しているのではないでしょうか?

具体的には、「放浪生活」の以下の箇所 ヒトラーはすでに父からの遺産分与700クローネはある程度浪費しており、また母親の葬儀費用などで370クローネを支払っている[74]が、母からは父の遺産全額の3000クローネが残されたし、また妹パウラとヒトラーが24歳になるか就業するまでは孤児保護の恩給として月50クローネの受給もオーストリア・ハンガリー政府から認められた[74]。遺産の一部と孤児恩給の半額は妹パウラを引き取った義姉アンゲラに養育費として渡されたが[74]、10代の青年としては十分過ぎる程の遺産と当面の生活費が残されたのである。引き続きウィーンでの放蕩生活を送っていたとしても数年は遊んで暮らせていたはずであり、我が闘争で主張されたような貧困伝説は政治的なプロパガンダでしかない[74]。むしろ遺産を受け取り、労働が可能で、かつ就学もしていない身の上を鑑みればパウラが恩給の全額を受け取る権利があったにも関わらず[78]、妹や後見人に無断で勝手に孤児恩給の申請書を出すなど策を巡らし、学校に通っていた妹から半分恩給を奪い取っている[79]。

アウグスト・クビツェク「アドルフ・ヒトラー わが青春の友」MK出版社によれば、p235 「それによるとアドルフの取り分は二十五クローネになる。それではもちろん生活するには少な過ぎる。比較のために挙げれば、アドルフだけでもツァクライス夫人方の部屋代を月極めで十クローネ払わなければならなかった。」 その上p234では後見人に遺児年金の相談に来たヒトラーについての後見人マイヤーホーファーの話が載っていますし、p232にはアドルフが姉のラウバル家に妹パウラを預かってもらえるよう手を回した旨が書いてあります。

クビツェク氏のこれらの記述と、村瀬氏シュトラール氏の記述にはこれほどの乖離があるのですが、それでも後見人に無断で行動したり妹を見捨てたという表現をあたかも正史のように書いたままで許されるのでしょうか? これらのことから上記の箇所を、wikipediaの本来あるべき姿から逸脱したアドルフ・ヒトラー氏への中傷だと判断しましたので、修正を提案いたします。

最低でも、上記の箇所を「誰々という研究者の考えでは~」という書き方にした上でクビツェク氏の本の方の記述と併記しなければなりません。子どもも読むwikipediaですので、激しい偏見を含む研究者の文章がその場の注釈無しに書いてあれば、遥か下に引用が申し訳程度に書かれていることなど知らないためにこのwikipediaの文章を正史だと考えてしまうでしょう。--ドンブラコ会話) 2018年7月16日 (月) 20:11 (UTC)

記事改善の提案[編集]

丁寧語を割愛致します。又長文失礼します。

このページの特に経歴の項があまりにもデマやゴシップの切り貼りで占められ、もはや少しずつ修正するだけではどうにもならないことを、ヒトラーの口述筆記本を読んだ方なら知っているはずだ。

最初期に編集された方が「悪人の破滅の物語」という先入観で筋書きを用意してしまったため、記事全体としてその偏向に忠実になり、逃れようとしてもできない構造になっている。 そして、一度編集済になってしばらく経った記事は、客観性を軽んじた思い込みのストーリーであろうが、無責任な憶測の切り貼りをあまりに多く含んでいようが、それら風説を否定する証拠が明確に提出されない限り反駁されないという特権的地位を得てしまっている。

なぜ過去編集してきた人々は、思い思いの空想の筋書き、風説や噂の孫引きや憶測を、客観性を担保したと言い張ってwikipediaに平気で書き、適当に承認し、そのままにしたのか。 客観性を重んじ、噂話を排そうとする人ならば当然この記事を見過ごすことはできない。

ヒトラーという人物は二十世紀で最も歴史的評価が定まっておらず、従ってその可能な限り客観的な記事を書こうとするにあたっては、細心の注意を払わなければならない。それに反してこのページを編集した人々の少なくない数は、ヒトラー自身の口述筆記からは情報を得ず、ヒトラーと関わりの殆ど無かった人々の暴露本やオカルト本に軽率に依拠してヒトラーの考えを各々創り出し、この記事を編集したのだ。こんなことはwikipediaにおいて起きてはならないことである。歴史的事実として、ここ何十年もの間、アドルフ・ヒトラーに関しては事実に基づかないデマやゴシップが公然と出回ってしまった。そんなことは皆知っているはずなのだが。それを野に放ったままでは無く、選別して少しでも記事を改善することはwikipediaの役割では無いのか?

本当に残念なことは、この偏向記事が、wikipediaのページとして一定の信頼を大衆に保証してしまっているということである。

さて、このような治療しがたい最悪の状態に対して私から提案がある。この中立からかけ離れたとりわけ経歴を別ページに移すなりして、本人の思想のみを本人の口述にのみ基づいて書くべきである。現状の悲惨な状態から一つ一つ修正するのでは無く、一から信頼のおける文章で構成されなければならない。「我が闘争」の内容は、1940年代のヒトラーが若気の至りとして後悔しているものなので、当然「ヒトラーのテーブルトーク」が主な参考文献とならなければならない。

「記事は長ければ長いほど良い」と安易に主張して、これほどまでに虚実入り交ざった文章を堂々と公開していてはならない。許されないことに、皆で丁寧に推敲し客観性を担保した結果だと称して、この嘘まみれの記事が検索のトップに出てきてしまうのだ。このページで引用されている本の内の驚くほど多くが、デマやゴシップの辻褄をこじつけた無責任な個人研究で、ヒトラー自身の思想と食い違っているものも多い。そんなものが、一度引用元として記事に残ってしまえば疑われないので、いかにも史実研究として信用されかねない危険な状態にある。

あまりにも指摘すべき点が多すぎるが、ここでは一点だけ指摘する。 アドルフ・ヒトラーの記事の頭に堂々と「ユダヤ人大虐殺を主導した」という有名な宣伝が、わざわざ絶滅という語を避けて取り入れられている。この記事を編集した者は、本当はヒトラーの口述筆記を読んでいないのではなかろうか?まさか、本人の著作ではない本しか読まないで噂をそのまま書いたのなら、許されないことで、それを指摘しなかった全ての人々にも当然責任がある。

「ヒトラーのテーブルトーク」三交社、上p337、HITLER'S TABLETALK Ostara Publications p94で「なぜユダヤ人をロシアの戦争捕虜と比べて特別扱いしなければならないのだ?」とヒトラーは述べている。つまり、ユダヤ人は戦争捕虜以上でもそれ以下でも無く、歴史の主役でも無ければ何でもないのだ。第二次大戦後に作られたビジネスのための映画、特定の集団の利益のための大がかりな宣伝で扇動されて、歴史の創作活動に加わることは、この記事の編集者として不適切な態度だ。世間の流れに身を委ねた風見鶏のような記事がwikipediaにあって良いはずが無い。「ユダヤ人」を歴史の悲劇の主人公とし、その付属品としてヒトラーのストーリーやドイツ人の視点からのストーリーを空想で補完した筋書きを正史として臆面無く発表することは、客観性という言葉で許される限度を大きく超えている。

また、1942年1月20日のヴァンゼー会議でホロコーストなりユダヤ人絶滅が決定されたと書いてあるが、

「ヒトラーのテーブルトーク」三交社、下p283、HITLER'S TABLETALK Ostara Publications p238で1942年7月22もしくは23日に「ユダヤ人の助けが必要だ。彼らの無敵の商才があれば、ウクライナに避妊具を普及させられるだろう」と話しているのだ。ヒトラーは絶滅命令を出したはずのユダヤ人に何故仕事を任せたのか?本人の口述筆記と食い違うことが客観的記事としてそのまま晒されているが、ただの妄想をいかにも根拠ある事実であるかのように残しているのは信じがたいことだ。それだけでなく、記事全体を通していかにもホロコーストでユダヤ人が全滅したことを信じさせようとする非公正な記事ではないか。はっきりと「ユダヤ人絶滅計画」に言及せず、「証拠はまだ見つかっていないので確定できない」として一見客観性を装いながら、その状況証拠とやらを何とかして事実上否定できないものとして読者に信じ込ませようと幾度となく誘導している。こんな偏向記事が果たしてwikipediaのページとして君臨し続けて良いのか?

上記二つのヒトラー自身の口述、殆ど唯一信頼できる証拠から組み立てられるのは、「ユダヤ人は戦争捕虜以上でも以下でも無い。ロシア兵捕虜と同じく厳しい環境におかれ、粛清された者も少なくなかった。そして、それ以上の大がかりなストーリーをデマ、ゴシップ、先入観と憶測で勝手に組み立てるのは歴史の検証でも何でも無い」という事実だ。そのストーリーの内で有名なものが大々的に商業宣伝されてきたからといって、史実として確定させようと試みるのは大きな誤りだ。ましてやその出鱈目が、wikipediaの記事に有力な歴史として勘違いされるような書き方で載せられて、そこから更に宣伝されるようなことは許されることでは無い。それは1910年代の、主にアメリカにいるユダヤ系金融資本家と、それに利害が反する人々との対立から尾を引く一連の対立問題に意図をもって介入することである。対立する片方の側、ユダヤ系金融資本家の人々への利益誘導と見做される行為で、この記事内でやってよいことでは無い。 そもそも、このページはアドルフ・ヒトラーの主張を書くところであって「ユダヤ人被害者」のページでは無い。「アドルフ・ヒトラー」という記事に、ユダヤ人被害者側の主張がいかにも正当なように書かれている一方、本人の主張はまともに書かれていないとはあるまじき状態である。

本来アドルフ・ヒトラーの記事は、ユダヤ人絶滅計画とやらを中心に組み立てられるべきものでは無い。ヒトラーのテーブルトークでは、ユダヤ人の話など本筋でも何でも無い。ヒトラーにとってユダヤ人サウロがもたらしたキリスト教やボルシェヴィスムは排除されるべき敵ではあるが、どう読解しようがヒトラーの思想の中心はユダヤ人との小競り合いでは無い。歴史資料を自分に都合の良いストーリーで捻じ曲げるべきでは無い。 教会との対立、大陸ヨーロッパとヨーロッパの没落、目下のドイツの抱える問題の改善について、後継者問題、共産主義と国家社会主義の話等々の方が圧倒的に主題として多い。 それを中心として「ヒトラーの口述」ないし思想として再編し、一方で細々と修正したところでどうにもならない「経歴」の部分は「ノート」かどこかに移し、これ以上虚偽を広める役割を終える必要がある。 ヒトラー自身の著作を手許に持ち、この記事の現状を憂いている方には、ぜひ助力していただきたいものだ。--ドンブラコ会話) 2018年8月2日 (木) 14:16 (UTC)

wikipedia:信頼できる情報源には「その二次資料は複数の独立した一次資料を利用していますか」という文章があるように、一次資料(党から出版された政治文書であるわが闘争、ボルマンの手が入っているという指摘のあるテーブル・トーク、クビツェク一人の記憶を根拠とする自伝)から「(Wikipediaの)執筆者が導き出した結論」を根拠とする記述は認められていません。このことはWikipediaの変わらない大原則です。史料批判を行うのは「研究者」の仕事であり、また研究に対する批判を行うのも研究者の仕事です。Wikipedia:検証可能性にあるように「出典とする情報源自体はかならずしも中立性を満たしている必要はありません。多くの信頼できる情報源は中立的ではないことが多いです。」ですが、「(Wikipediaの)編集者の仕事は、単に信頼できる情報源に記載されている主張を忠実に紹介するだけです。」ということです。あなたが「テーブル・トーク」やクビツェクの回想録から導きだした結論を書くことや、それに基づいて既存の研究を批判することはできません。--126.60.198.231 2018年8月5日 (日) 04:47 (UTC)(誤字修正)--126.60.198.231 2018年8月5日 (日) 04:49 (UTC)

「私が導き出した結論を書く」と、誰が言いましたか?「wikipediaの変わらない大原則」という言葉を使いたいがために論点のすり替えをするのは好ましからざる行為です。 私が間接的に指摘しているのは正に、あなたが研究者と呼ぶような、これら問題について大量に本を世に送り出した方々の内の少なくない数が、「わざとデマやゴシップを流すことで歴史への忠実な検証を限りなく困難にさせた」問題なのです。どれだけの世のヒトラーについての出版物が悪ふざけを含んでいないのか、あなたは幻想に浸っていませんか?

細則に一応目を通しましたが、つまらない大学の学生でもわかる常識的なレベルのことしか書いていないではないですか。わざわざ引用する必要はありませんよ。「信頼できる出版元によって、その情報が入手できる状態になっていない一次資料は、使ってはいけません」と書いてありますね。私が使っている資料はヒトラー本人の思想に可能な限り忠実な、人類が手に入れられる内で一番ましなものだと理解していますが。何通りか資料の経路があり、何人も歴史学者が検証に加わって編纂され最終的に出版が決まり、今日まで史料批判に耐えてきたものです。何より、わざとデマやゴシップが盛り込まれている類のものでは無いのです。それよりも「えせ学者が書いて、全く学術的で無い出版社から出ている」二次資料を疑うのを忘れていませんか?

私が書き直さなければならないと主張したのは「思想」の項目です。経歴の項目は、個々の実例は省略するが出鱈目が平気で混じっているので「ノート」にでも移すしかないと言いました。 この人物について記事を書くには、他人の思想を整理して連関に注意して文章を再構成する能力が必要ですが、現状ではまるで取り留めの無いやり方で脈絡なく纏められ、晒されています。ご覧になったなら分かりますね。対象の思想家について、その本人をまるで自分の一部であるかのようにして感情移入しながら、読みながら思想の運動を追体験できる形の文章に纏めなければなりません。それには一定の能力が要りますが、そのように書き直さなければ実際アドルフ・ヒトラーは理解不能なのです。

今の記事では、ヒトラーは全く思想に向ける集中力が無く、その場凌ぎの発想以上のものを持っていなかったという描写にしかなりません。しかしアドルフ・ヒトラーの1941-1944までの口述筆記だけでも分かりますが、彼は十二分に体系だった理性的な思考をしています。様々な領域への理解は互いに連関しています。それを、私が改変する必要は全く無いのです。「私が導き出した結論」にする必要などもありません。私は彼の体系だった思考をよく整理して忠実に文章に纏める目途が立ったため、この記事を編集しても良いと提案しました。


そもそもあなたは形式論理と順序だった推論について理解しているのでしょうか?「結論」という語のあなたの中での定義は疑わしいものです。一つの語をあなたの中で定義するのならば、それは他のあなたが使うすべての語と排別されてある必要があります。さて、このwikipediaには文章から丸々引用したものは禁止されています。ですから、理解したうえで誰しも書き換えているわけです。しかしながら、各々が「導き出した結論」を書かなければこのwikipediaのページは一ページも書けないわけです。それを理解できていますか?そこで、あなたが私の行動をどうやって制限をつけようとするのか、疑問符がつきます。私だけは何の推論も働かせず丸写ししなければならないのですか?

あるいは、私が少ない資料で歴史を確定させ、「恣意的な歴史の筋書きを書こうとしている」とあなたは推測し、それで批判しているのですか?その場合についてもあなたの推論は全く不正確なのです。私は「不正確な歴史資料で記事の中に出来合いのストーリーを登場させるな」と上で明白に主張しています。推論の飛躍をして何らかの結論を書く気は全くないし、むしろ以前の編集者たちが価値判断とそうで無いものの区別がつけられないまま編集してしまったままなのを改善しなければならないと主張しました。それは元はと言えば、「研究者」たちが価値判断とそうでないものの区別ができないで本を書いて無責任に売り出したのが一因です。いいですか?あなたの受けてきた教育で培ったドグマを「活用したい」「利用したい」という欲求はあるでしょう。しかしそれは、歴史を見るに際しては斥けなければならないものです。「歴史の悪者」という偏見で人物を見ては誤りに落ち込みます。特定のストーリーが大前提になってしまったために、ユリアヌス帝も西欧で1000年以上一貫して悪者だったのです。


さて、あなたは「テーブルトーク」をよく読んだうえで話しているのでしょうね?日本版wikipediaの項を読んで論争を理解した気になり、「ボルマンの手が入っているかもしれない」という一本槍で話に参加しようとするのは馬鹿げた行為です。それは既に歴史学者が何人も検討した上で、最終的に出版されたのです。あなたは歴史的文書の資料集めと最終的編纂の手続きを知らないのでは?原理的にどの歴史的文書も偽造とか手を加えられたのではないかという危険と隣り合わせです。だからといって全く参考にしない人はおらず、他の資料と照らし合わせて明らかな矛盾があれば覆されますよ。その推論方法は哲学や科学で広く使われるものではないですか。もう少し詳細に調べて来て下さい。ボルマン・メモのコピーの一経路の一部は今もアメリカ議会図書館にあり、検証可能ですよ。

歴史を可能な限り冷静に振り返ろうとし、世界大戦の犠牲からでも教訓を得ようとする人々にとっては、入手可能な一番「ましな」歴史資料の一つです。まず私が「本人の口述に基づいて、思想についてしか書かない」と上に書いたのを見落とさないで欲しいものです。本人の思想について纏めるのに「えせ学者が信頼できない出版社から出した二次資料ばかりしか使わない」と頑張ってもどうにもならないでしょう。アドルフ・ヒトラーは口述筆記しか残していない故、「闘争」はヘスの筆記、「テーブルトーク」もボルマンとその他副官の筆記なりタイプです。しかしそれを信用できないと言いながら、悪ふざけの本だけに依拠した記事を死守すべきだと主張するあなたのことを、いったい誰が常識人だと思うことができるでしょうか。何といっても、それら悪ふざけの本には、本人に一度もインタビューせず出生記録や小学校の成績、外交文書くらいしか集めていないのに「ヒトラーの思想」を勝手に著述したのが少なからず混じっているでしょう。それとヒトラーの口述に矛盾があったら、あなたはその著者の創作だけを資料として採用し本人の口述を棄却するということでいいですね?

wikipediaは規則主義では無いと書いてありますが、正にこの問題において、「先に編集されていたからという理由だけで嘘デタラメを再検証の手から守る」という規則主義をどうにかする必要があります。なぜなら、最初にヒトラーの口述筆記に基づいて余計な推論をせず先人がきちんと纏めてくれさえいればそれで問題は無かったのです。最初に嘘デタラメから出発したがためにこの愚かな逆転現象が起きているのです。

編集者が「信頼できる情報源」としてデマ本やゴシップ本を用いるのを見過ごすとしても、次の問題があるのです。繰り返しになりますが、価値判断の入った記述が複数あります。これはそもそも忠実な紹介以前の問題です。「感情的に書かれた本に依拠すれば、単なる誹謗中傷の一文が実は数えきれないほど混入しているということもwikipediaにふさわしい」あなたのおっしゃることはこれでよろしいですね?価値判断を含んだ文章と、それらを排除した記述との違いについて理解する必要があるのですが、あなたはその区別ができない状態に留まっているのではないでしょうか。さもなければ、現状のこの記事が恥ずかしい落書きの域を出ないという判別はつくでしょうから。私は「既存の研究の批判」と称してデマ本を一冊一冊反証しようとしているのでは無く、要は「価値判断とそうでないものの区別をつけられていないような作者が書いた本を堂々と参考文献にした先人が悪い」と言っているのです。研究書と称して出鱈目な本が流通するのは避けられないことです。彼らも商売人なので。しかし、それらを真に受けてこうしてwikipediaに堂々と資料として持ち込んでくる連中、彼らがこの場合非難されなければなりません。一度編集されてしまったせいで、その先人の悪ふざけから出発しなければならない悲惨な状況ですからね。ですから削除依頼も視野に入れています。

そうそう、「中立性」という語の定義も、あなたの中でどうなっているのか分かりません。これはwikipedia管理者が形式論理を理解していないために生じる問題なのかもしれませんが。Neutralityという語は使われる場によって定義が不安定なので、私は基本的に使いません。しかしあなたは平気で使っていますね。そのせいで意思疎通が困難になっている部分もあるかもしれません。 さて、126.60.198.231さんはIPアドレスとは別にアカウントがあるのでしょうが、そちらで話すべきことではないですか?あなたがわざわざログアウトしてIPアドレスで書き込んだために、この「ノート」で議論せざるを得なくなっています。--ドンブラコ会話) 2018年8月5日 (日) 23:18 (UTC)

方針に異論があるなら、wikipedia財団や全世界のユーザーと交渉してルールを変えるか、別のところで書くことをおすすめします。--126.60.198.231 2018年8月6日 (月) 13:43 (UTC)

合意を形成する気が無いなら書き込まないことです。あなたは議論に参加しようとはせずに、制裁制度の悪用-印象操作を用いています。荒らし行為ですよ。--ドンブラコ会話) 2018年8月6日 (月) 19:28 (UTC)