ノート:アドルフ・ヒトラー

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村瀬興雄 『アドルフ・ヒトラー 「独裁者」出現の歴史的背景』(中公新書、1977年)並びにヴォルフガング・シュトラール『アドルフ・ヒトラーの一族 独裁者の隠された血筋』(畔上司訳、2006年、草思社)からの引用の箇所は幾つか中立性を著しく欠いていませんか?修正を提案します。[編集]

幾つかの引用の箇所について、明確に著者の個人的解釈、感情的なバイアスのかかった文章にお見受けします。 研究書と称して一度出版されたものからは無反省に引用できることを利用して、中立性を損壊し、個人を中傷しているのではないでしょうか?

具体的には、「放浪生活」の以下の箇所 ヒトラーはすでに父からの遺産分与700クローネはある程度浪費しており、また母親の葬儀費用などで370クローネを支払っている[74]が、母からは父の遺産全額の3000クローネが残されたし、また妹パウラとヒトラーが24歳になるか就業するまでは孤児保護の恩給として月50クローネの受給もオーストリア・ハンガリー政府から認められた[74]。遺産の一部と孤児恩給の半額は妹パウラを引き取った義姉アンゲラに養育費として渡されたが[74]、10代の青年としては十分過ぎる程の遺産と当面の生活費が残されたのである。引き続きウィーンでの放蕩生活を送っていたとしても数年は遊んで暮らせていたはずであり、我が闘争で主張されたような貧困伝説は政治的なプロパガンダでしかない[74]。むしろ遺産を受け取り、労働が可能で、かつ就学もしていない身の上を鑑みればパウラが恩給の全額を受け取る権利があったにも関わらず[78]、妹や後見人に無断で勝手に孤児恩給の申請書を出すなど策を巡らし、学校に通っていた妹から半分恩給を奪い取っている[79]。

アウグスト・クビツェク「アドルフ・ヒトラー わが青春の友」MK出版社によれば、p235 「それによるとアドルフの取り分は二十五クローネになる。それではもちろん生活するには少な過ぎる。比較のために挙げれば、アドルフだけでもツァクライス夫人方の部屋代を月極めで十クローネ払わなければならなかった。」 その上p234では後見人に遺児年金の相談に来たヒトラーについての後見人マイヤーホーファーの話が載っていますし、p232にはアドルフが姉のラウバル家に妹パウラを預かってもらえるよう手を回した旨が書いてあります。

クビツェク氏のこれらの記述と、村瀬氏シュトラール氏の記述にはこれほどの乖離があるのですが、それでも後見人に無断で行動したり妹を見捨てたという表現をあたかも正史のように書いたままで許されるのでしょうか? これらのことから上記の箇所を、wikipediaの本来あるべき姿から逸脱したアドルフ・ヒトラー氏への中傷だと判断しましたので、修正を提案いたします。

最低でも、上記の箇所を「誰々という研究者の考えでは~」という書き方にした上でクビツェク氏の本の方の記述と併記しなければなりません。子どもも読むwikipediaですので、激しい偏見を含む研究者の文章がその場の注釈無しに書いてあれば、遥か下に引用が申し訳程度に書かれていることなど知らないためにこのwikipediaの文章を正史だと考えてしまうでしょう。--ドンブラコ会話) 2018年7月16日 (月) 20:11 (UTC)[返信]

記事改善の提案[編集]

丁寧語を割愛致します。又長文失礼します。

このページの特に経歴の項があまりにもデマやゴシップの切り貼りで占められ、もはや少しずつ修正するだけではどうにもならないことを、ヒトラーの口述筆記本を読んだ方なら知っているはずだ。

最初期に編集された方が「悪人の破滅の物語」という先入観で筋書きを用意してしまったため、記事全体としてその偏向に忠実になり、逃れようとしてもできない構造になっている。 そして、一度編集済になってしばらく経った記事は、客観性を軽んじた思い込みのストーリーであろうが、無責任な憶測の切り貼りをあまりに多く含んでいようが、それら風説を否定する証拠が明確に提出されない限り反駁されないという特権的地位を得てしまっている。

なぜ過去編集してきた人々は、思い思いの空想の筋書き、風説や噂の孫引きや憶測を、客観性を担保したと言い張ってwikipediaに平気で書き、適当に承認し、そのままにしたのか。 客観性を重んじ、噂話を排そうとする人ならば当然この記事を見過ごすことはできない。

ヒトラーという人物は二十世紀で最も歴史的評価が定まっておらず、従ってその可能な限り客観的な記事を書こうとするにあたっては、細心の注意を払わなければならない。それに反してこのページを編集した人々の少なくない数は、ヒトラー自身の口述筆記からは情報を得ず、ヒトラーと関わりの殆ど無かった人々の暴露本やオカルト本に軽率に依拠してヒトラーの考えを各々創り出し、この記事を編集したのだ。こんなことはwikipediaにおいて起きてはならないことである。歴史的事実として、ここ何十年もの間、アドルフ・ヒトラーに関しては事実に基づかないデマやゴシップが公然と出回ってしまった。そんなことは皆知っているはずなのだが。それを野に放ったままでは無く、選別して少しでも記事を改善することはwikipediaの役割では無いのか?

本当に残念なことは、この偏向記事が、wikipediaのページとして一定の信頼を大衆に保証してしまっているということである。

さて、このような治療しがたい最悪の状態に対して私から提案がある。この中立からかけ離れたとりわけ経歴を別ページに移すなりして、本人の思想のみを本人の口述にのみ基づいて書くべきである。現状の悲惨な状態から一つ一つ修正するのでは無く、一から信頼のおける文章で構成されなければならない。「我が闘争」の内容は、1940年代のヒトラーが若気の至りとして後悔しているものなので、当然「ヒトラーのテーブルトーク」が主な参考文献とならなければならない。

「記事は長ければ長いほど良い」と安易に主張して、これほどまでに虚実入り交ざった文章を堂々と公開していてはならない。許されないことに、皆で丁寧に推敲し客観性を担保した結果だと称して、この嘘まみれの記事が検索のトップに出てきてしまうのだ。このページで引用されている本の内の驚くほど多くが、デマやゴシップの辻褄をこじつけた無責任な個人研究で、ヒトラー自身の思想と食い違っているものも多い。そんなものが、一度引用元として記事に残ってしまえば疑われないので、いかにも史実研究として信用されかねない危険な状態にある。

あまりにも指摘すべき点が多すぎるが、ここでは一点だけ指摘する。 アドルフ・ヒトラーの記事の頭に堂々と「ユダヤ人大虐殺を主導した」という有名な宣伝が、わざわざ絶滅という語を避けて取り入れられている。この記事を編集した者は、本当はヒトラーの口述筆記を読んでいないのではなかろうか?まさか、本人の著作ではない本しか読まないで噂をそのまま書いたのなら、許されないことで、それを指摘しなかった全ての人々にも当然責任がある。

「ヒトラーのテーブルトーク」三交社、上p337、HITLER'S TABLETALK Ostara Publications p94で「なぜユダヤ人をロシアの戦争捕虜と比べて特別扱いしなければならないのだ?」とヒトラーは述べている。つまり、ユダヤ人は戦争捕虜以上でもそれ以下でも無く、歴史の主役でも無ければ何でもないのだ。第二次大戦後に作られたビジネスのための映画、特定の集団の利益のための大がかりな宣伝で扇動されて、歴史の創作活動に加わることは、この記事の編集者として不適切な態度だ。世間の流れに身を委ねた風見鶏のような記事がwikipediaにあって良いはずが無い。「ユダヤ人」を歴史の悲劇の主人公とし、その付属品としてヒトラーのストーリーやドイツ人の視点からのストーリーを空想で補完した筋書きを正史として臆面無く発表することは、客観性という言葉で許される限度を大きく超えている。

また、1942年1月20日のヴァンゼー会議でホロコーストなりユダヤ人絶滅が決定されたと書いてあるが、

「ヒトラーのテーブルトーク」三交社、下p283、HITLER'S TABLETALK Ostara Publications p238で1942年7月22もしくは23日に「ユダヤ人の助けが必要だ。彼らの無敵の商才があれば、ウクライナに避妊具を普及させられるだろう」と話しているのだ。ヒトラーは絶滅命令を出したはずのユダヤ人に何故仕事を任せたのか?本人の口述筆記と食い違うことが客観的記事としてそのまま晒されているが、ただの妄想をいかにも根拠ある事実であるかのように残しているのは信じがたいことだ。それだけでなく、記事全体を通していかにもホロコーストでユダヤ人が全滅したことを信じさせようとする非公正な記事ではないか。はっきりと「ユダヤ人絶滅計画」に言及せず、「証拠はまだ見つかっていないので確定できない」として一見客観性を装いながら、その状況証拠とやらを何とかして事実上否定できないものとして読者に信じ込ませようと幾度となく誘導している。こんな偏向記事が果たしてwikipediaのページとして君臨し続けて良いのか?

上記二つのヒトラー自身の口述、殆ど唯一信頼できる証拠から組み立てられるのは、「ユダヤ人は戦争捕虜以上でも以下でも無い。ロシア兵捕虜と同じく厳しい環境におかれ、粛清された者も少なくなかった。そして、それ以上の大がかりなストーリーをデマ、ゴシップ、先入観と憶測で勝手に組み立てるのは歴史の検証でも何でも無い」という事実だ。そのストーリーの内で有名なものが大々的に商業宣伝されてきたからといって、史実として確定させようと試みるのは大きな誤りだ。ましてやその出鱈目が、wikipediaの記事に有力な歴史として勘違いされるような書き方で載せられて、そこから更に宣伝されるようなことは許されることでは無い。それは1910年代の、主にアメリカにいるユダヤ系金融資本家と、それに利害が反する人々との対立から尾を引く一連の対立問題に意図をもって介入することである。対立する片方の側、ユダヤ系金融資本家の人々への利益誘導と見做される行為で、この記事内でやってよいことでは無い。 そもそも、このページはアドルフ・ヒトラーの主張を書くところであって「ユダヤ人被害者」のページでは無い。「アドルフ・ヒトラー」という記事に、ユダヤ人被害者側の主張がいかにも正当なように書かれている一方、本人の主張はまともに書かれていないとはあるまじき状態である。

本来アドルフ・ヒトラーの記事は、ユダヤ人絶滅計画とやらを中心に組み立てられるべきものでは無い。ヒトラーのテーブルトークでは、ユダヤ人の話など本筋でも何でも無い。ヒトラーにとってユダヤ人サウロがもたらしたキリスト教やボルシェヴィスムは排除されるべき敵ではあるが、どう読解しようがヒトラーの思想の中心はユダヤ人との小競り合いでは無い。歴史資料を自分に都合の良いストーリーで捻じ曲げるべきでは無い。 教会との対立、大陸ヨーロッパとヨーロッパの没落、目下のドイツの抱える問題の改善について、後継者問題、共産主義と国家社会主義の話等々の方が圧倒的に主題として多い。 それを中心として「ヒトラーの口述」ないし思想として再編し、一方で細々と修正したところでどうにもならない「経歴」の部分は「ノート」かどこかに移し、これ以上虚偽を広める役割を終える必要がある。 ヒトラー自身の著作を手許に持ち、この記事の現状を憂いている方には、ぜひ助力していただきたいものだ。--ドンブラコ会話) 2018年8月2日 (木) 14:16 (UTC)[返信]

wikipedia:信頼できる情報源には「その二次資料は複数の独立した一次資料を利用していますか」という文章があるように、一次資料(党から出版された政治文書であるわが闘争、ボルマンの手が入っているという指摘のあるテーブル・トーク、クビツェク一人の記憶を根拠とする自伝)から「(Wikipediaの)執筆者が導き出した結論」を根拠とする記述は認められていません。このことはWikipediaの変わらない大原則です。史料批判を行うのは「研究者」の仕事であり、また研究に対する批判を行うのも研究者の仕事です。Wikipedia:検証可能性にあるように「出典とする情報源自体はかならずしも中立性を満たしている必要はありません。多くの信頼できる情報源は中立的ではないことが多いです。」ですが、「(Wikipediaの)編集者の仕事は、単に信頼できる情報源に記載されている主張を忠実に紹介するだけです。」ということです。あなたが「テーブル・トーク」やクビツェクの回想録から導きだした結論を書くことや、それに基づいて既存の研究を批判することはできません。--126.60.198.231 2018年8月5日 (日) 04:47 (UTC)(誤字修正)--126.60.198.231 2018年8月5日 (日) 04:49 (UTC)[返信]

「私が導き出した結論を書く」と、誰が言いましたか?「wikipediaの変わらない大原則」という言葉を使いたいがために論点のすり替えをするのは好ましからざる行為です。 私が間接的に指摘しているのは正に、あなたが研究者と呼ぶような、これら問題について大量に本を世に送り出した方々の内の少なくない数が、「わざとデマやゴシップを流すことで歴史への忠実な検証を限りなく困難にさせた」問題なのです。どれだけの世のヒトラーについての出版物が悪ふざけを含んでいないのか、あなたは幻想に浸っていませんか?

細則に一応目を通しましたが、つまらない大学の学生でもわかる常識的なレベルのことしか書いていないではないですか。わざわざ引用する必要はありませんよ。「信頼できる出版元によって、その情報が入手できる状態になっていない一次資料は、使ってはいけません」と書いてありますね。私が使っている資料はヒトラー本人の思想に可能な限り忠実な、人類が手に入れられる内で一番ましなものだと理解していますが。何通りか資料の経路があり、何人も歴史学者が検証に加わって編纂され最終的に出版が決まり、今日まで史料批判に耐えてきたものです。何より、わざとデマやゴシップが盛り込まれている類のものでは無いのです。それよりも「えせ学者が書いて、全く学術的で無い出版社から出ている」二次資料を疑うのを忘れていませんか?

私が書き直さなければならないと主張したのは「思想」の項目です。経歴の項目は、個々の実例は省略するが出鱈目が平気で混じっているので「ノート」にでも移すしかないと言いました。 この人物について記事を書くには、他人の思想を整理して連関に注意して文章を再構成する能力が必要ですが、現状ではまるで取り留めの無いやり方で脈絡なく纏められ、晒されています。ご覧になったなら分かりますね。対象の思想家について、その本人をまるで自分の一部であるかのようにして感情移入しながら、読みながら思想の運動を追体験できる形の文章に纏めなければなりません。それには一定の能力が要りますが、そのように書き直さなければ実際アドルフ・ヒトラーは理解不能なのです。

今の記事では、ヒトラーは全く思想に向ける集中力が無く、その場凌ぎの発想以上のものを持っていなかったという描写にしかなりません。しかしアドルフ・ヒトラーの1941-1944までの口述筆記だけでも分かりますが、彼は十二分に体系だった理性的な思考をしています。様々な領域への理解は互いに連関しています。それを、私が改変する必要は全く無いのです。「私が導き出した結論」にする必要などもありません。私は彼の体系だった思考をよく整理して忠実に文章に纏める目途が立ったため、この記事を編集しても良いと提案しました。


そもそもあなたは形式論理と順序だった推論について理解しているのでしょうか?「結論」という語のあなたの中での定義は疑わしいものです。一つの語をあなたの中で定義するのならば、それは他のあなたが使うすべての語と排別されてある必要があります。さて、このwikipediaには文章から丸々引用したものは禁止されています。ですから、理解したうえで誰しも書き換えているわけです。しかしながら、各々が「導き出した結論」を書かなければこのwikipediaのページは一ページも書けないわけです。それを理解できていますか?そこで、あなたが私の行動をどうやって制限をつけようとするのか、疑問符がつきます。私だけは何の推論も働かせず丸写ししなければならないのですか?

あるいは、私が少ない資料で歴史を確定させ、「恣意的な歴史の筋書きを書こうとしている」とあなたは推測し、それで批判しているのですか?その場合についてもあなたの推論は全く不正確なのです。私は「不正確な歴史資料で記事の中に出来合いのストーリーを登場させるな」と上で明白に主張しています。推論の飛躍をして何らかの結論を書く気は全くないし、むしろ以前の編集者たちが価値判断とそうで無いものの区別がつけられないまま編集してしまったままなのを改善しなければならないと主張しました。それは元はと言えば、「研究者」たちが価値判断とそうでないものの区別ができないで本を書いて無責任に売り出したのが一因です。いいですか?あなたの受けてきた教育で培ったドグマを「活用したい」「利用したい」という欲求はあるでしょう。しかしそれは、歴史を見るに際しては斥けなければならないものです。「歴史の悪者」という偏見で人物を見ては誤りに落ち込みます。特定のストーリーが大前提になってしまったために、ユリアヌス帝も西欧で1000年以上一貫して悪者だったのです。


さて、あなたは「テーブルトーク」をよく読んだうえで話しているのでしょうね?日本版wikipediaの項を読んで論争を理解した気になり、「ボルマンの手が入っているかもしれない」という一本槍で話に参加しようとするのは馬鹿げた行為です。それは既に歴史学者が何人も検討した上で、最終的に出版されたのです。あなたは歴史的文書の資料集めと最終的編纂の手続きを知らないのでは?原理的にどの歴史的文書も偽造とか手を加えられたのではないかという危険と隣り合わせです。だからといって全く参考にしない人はおらず、他の資料と照らし合わせて明らかな矛盾があれば覆されますよ。その推論方法は哲学や科学で広く使われるものではないですか。もう少し詳細に調べて来て下さい。ボルマン・メモのコピーの一経路の一部は今もアメリカ議会図書館にあり、検証可能ですよ。

歴史を可能な限り冷静に振り返ろうとし、世界大戦の犠牲からでも教訓を得ようとする人々にとっては、入手可能な一番「ましな」歴史資料の一つです。まず私が「本人の口述に基づいて、思想についてしか書かない」と上に書いたのを見落とさないで欲しいものです。本人の思想について纏めるのに「えせ学者が信頼できない出版社から出した二次資料ばかりしか使わない」と頑張ってもどうにもならないでしょう。アドルフ・ヒトラーは口述筆記しか残していない故、「闘争」はヘスの筆記、「テーブルトーク」もボルマンとその他副官の筆記なりタイプです。しかしそれを信用できないと言いながら、悪ふざけの本だけに依拠した記事を死守すべきだと主張するあなたのことを、いったい誰が常識人だと思うことができるでしょうか。何といっても、それら悪ふざけの本には、本人に一度もインタビューせず出生記録や小学校の成績、外交文書くらいしか集めていないのに「ヒトラーの思想」を勝手に著述したのが少なからず混じっているでしょう。それとヒトラーの口述に矛盾があったら、あなたはその著者の創作だけを資料として採用し本人の口述を棄却するということでいいですね?

wikipediaは規則主義では無いと書いてありますが、正にこの問題において、「先に編集されていたからという理由だけで嘘デタラメを再検証の手から守る」という規則主義をどうにかする必要があります。なぜなら、最初にヒトラーの口述筆記に基づいて余計な推論をせず先人がきちんと纏めてくれさえいればそれで問題は無かったのです。最初に嘘デタラメから出発したがためにこの愚かな逆転現象が起きているのです。

編集者が「信頼できる情報源」としてデマ本やゴシップ本を用いるのを見過ごすとしても、次の問題があるのです。繰り返しになりますが、価値判断の入った記述が複数あります。これはそもそも忠実な紹介以前の問題です。「感情的に書かれた本に依拠すれば、単なる誹謗中傷の一文が実は数えきれないほど混入しているということもwikipediaにふさわしい」あなたのおっしゃることはこれでよろしいですね?価値判断を含んだ文章と、それらを排除した記述との違いについて理解する必要があるのですが、あなたはその区別ができない状態に留まっているのではないでしょうか。さもなければ、現状のこの記事が恥ずかしい落書きの域を出ないという判別はつくでしょうから。私は「既存の研究の批判」と称してデマ本を一冊一冊反証しようとしているのでは無く、要は「価値判断とそうでないものの区別をつけられていないような作者が書いた本を堂々と参考文献にした先人が悪い」と言っているのです。研究書と称して出鱈目な本が流通するのは避けられないことです。彼らも商売人なので。しかし、それらを真に受けてこうしてwikipediaに堂々と資料として持ち込んでくる連中、彼らがこの場合非難されなければなりません。一度編集されてしまったせいで、その先人の悪ふざけから出発しなければならない悲惨な状況ですからね。ですから削除依頼も視野に入れています。

そうそう、「中立性」という語の定義も、あなたの中でどうなっているのか分かりません。これはwikipedia管理者が形式論理を理解していないために生じる問題なのかもしれませんが。Neutralityという語は使われる場によって定義が不安定なので、私は基本的に使いません。しかしあなたは平気で使っていますね。そのせいで意思疎通が困難になっている部分もあるかもしれません。 さて、126.60.198.231さんはIPアドレスとは別にアカウントがあるのでしょうが、そちらで話すべきことではないですか?あなたがわざわざログアウトしてIPアドレスで書き込んだために、この「ノート」で議論せざるを得なくなっています。--ドンブラコ会話) 2018年8月5日 (日) 23:18 (UTC)[返信]

方針に異論があるなら、wikipedia財団や全世界のユーザーと交渉してルールを変えるか、別のところで書くことをおすすめします。--126.60.198.231 2018年8月6日 (月) 13:43 (UTC)[返信]

合意を形成する気が無いなら書き込まないことです。あなたは議論に参加しようとはせずに、制裁制度の悪用-印象操作を用いています。荒らし行為ですよ。--ドンブラコ会話) 2018年8月6日 (月) 19:28 (UTC)[返信]

過去の翻訳作業における不備[編集]

外国語版の記事から日本語版アドルフ・ヒトラーへと翻訳されたものの、その出典となる文献の書名・著者名・発行元などの詳細情報が翻訳元の版(の参考文献節)から転記されなかったと思われる版がありますので、ここに挙げておきます。この転記が行われなかったために、出典を示す各脚注のリンク先となるべき文献が、現在のアドルフ・ヒトラーの記事内(参考文献節)に存在しない状態となっているようです。

可能でしたら、脚注を付けたり、各脚注に対応する参考文献の転記をしてください。--Leonidjp会話) 2019年2月20日 (水) 08:39 (UTC)[返信]

エヴァ・ブラウンとエーファ・ブラウンの表記の揺れについて[編集]

エヴァ・ブラウンとエーファ・ブラウンの表記の揺れについて、どちらかに統一すべきと思います。--蒙以養正会話) 2019年5月18日 (土) 05:32 (UTC)[返信]

ヒトラーが薬物依存によりホロコーストを認識していなかったという記述を繰り返されることについて[編集]

ヒトラーがコカインやアンフェタミンの投与を受けていたことは昔から知られていたことですが、ホロコースト研究においてそのことは全く重視されていません。 なぜならば、重度の薬物中毒に陥っていたことが、その期間、その人間に認識能力がなかったということに必ずしもつながるわけではないからです。

薬物中毒に対してそのような認識を持っている方が、ヒトラーが主治医に薬漬けにされていたと証言するゲーリング(重度のモルヒネ中毒者であった)の証言を信頼できるというのは自己矛盾にほかなりません。 出典を示す際には著者名を正しく書き、ページ数を明示してください。また、ページ数の明示された「信頼できる情報源」の出典付き記述を削除する場合は必ずノート等で呼びかけてからにしてください。 --126.62.109.91 2019年6月8日 (土) 04:43 (UTC)[返信]

海外におけるヒトラードラッグ中毒説への歴史家の反応を踏まえて加筆しました。「可能性が高い」ことを示すものはありませんでした。--126.62.109.91 2019年6月9日 (日) 05:52 (UTC)[返信]