ヌーオロ

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ヌーオロ
Nuoro
ヌーオロの風景
Ortobene山からの市街眺望
行政
イタリアの旗 イタリア
サルデーニャの旗 サルデーニャ
ヌーオロ
CAP(郵便番号) 08100
市外局番 0784
ISTATコード 091051
識別コード F979
分離集落 Lollove
隣接コムーネ #隣接コムーネ参照
公式サイト リンク
人口
人口 36,635 [1](2012-01-01)
人口密度 190.5 人/km2
文化
住民の呼称 nuoresi
守護聖人 Santa Maria della Neve
祝祭日 8月5日
地理
座標 北緯40度19分0秒 東経9度20分0秒 / 北緯40.31667度 東経9.33333度 / 40.31667; 9.33333座標: 北緯40度19分0秒 東経9度20分0秒 / 北緯40.31667度 東経9.33333度 / 40.31667; 9.33333
標高 549 (95 - 955) [2] m
面積 192.27 [3] km2
ヌーオロの位置(イタリア内)
ヌーオロ
ヌーオロの位置
ヌーオロ県におけるコムーネの領域
ヌーオロ県におけるコムーネの領域
イタリアの旗 ポータル イタリア
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ヌーオロイタリア語: Nuoro ( 音声ファイル))は、イタリア共和国サルデーニャ州東部にある都市であり、その周辺地域を含む人口約3万7000人の基礎自治体コムーネ)。ヌーオロ県県都である。

名称[編集]

日本語文献では「ヌオロ」とも表記される。

サルデーニャ語ではヌーゴロ(Nùgoro)。

地理[編集]

位置・広がり[編集]

サルデーニャ島内陸部東部、ヌーオロ県の中部に位置する。ヌーオロの市街はOrtobene山の斜面に位置する。

隣接コムーネ[編集]

ヌーオロは以下のコムーネと隣接している。SSはサッサリ県所属。

歴史[編集]

ヌーオロ市を中心とするヌーオロ地域における人類の定住は紀元前3千年紀にさかのぼり、Domus de Janasと呼ばれる墳墓の跡が残されている。

30以上のヌラーゲ遺跡があることから、ヌーオロ地域はヌラーゲ文化(サルデーニャに紀元前1500年頃から紀元前250年頃まで栄えた文化)の中心地であったと考えられている。たとえば、ヌーオロ郊外のタンカ・マンナ(Tanca Manna)には、800戸ほどからなる集落遺跡が見つかっている。

ヌーオロ地域には、カラリス(カリャリ)とウルビア(オルビア)を結ぶローマ街道が通過していた。ローマ人による支配の痕跡は、サルデーニャ語の中にさまざまに残されており、今日もヌーオロで話されている。サルデーニャ語ヌーオロ方言 (Logudorese dialectは、ロマンス諸語の中でも最も保守的な言語と見なされている。

西ローマ帝国の崩壊後、サルデーニャははじめヴァンダル人の、次いで東ローマ帝国の支配下に入った。ローマ教皇グレゴリウス1世(在位: 590年 - 604年)の書簡によれば、サルデーニャ島の内陸部では、ローマ化・キリスト教化された文化と異教徒の文化が共存していたという。東ローマ帝国の支配力が弱体化すると、サルデーニャ島ではジュディカーティたちが登場した。

1147年に描かれた地図に、Nugor という小さな村がはじめて登場する。つづく2世紀のうちに、Nugor は1000人以上の人口を持つ村へと成長する。サルデーニャ島をアラゴン王国スペイン王国が支配した時代も、ヌーオロは主要な町であり続けたが、17世紀末に飢饉と疫病による被害を受けた。

1720年にサルデーニャ島をサヴォイア家が購入してサルデーニャ王国を形成すると、ヌーオロはこの地域の行政的な中心地となった。1836年に、ヌーオロは都市の格を得た。

社会[編集]

人口推移[編集]

人口推移
人口±%
18614,827—    
18715,472+13.4%
18816,099+11.5%
19017,051+15.6%
19117,248+2.8%
19218,534+17.7%
19319,188+7.7%
193611,459+24.7%
195116,949+47.9%
196123,033+35.9%
197131,033+34.7%
198135,779+15.3%
199137,527+4.9%
200136,678−2.3%
201136,674−0.0%

文化・観光[編集]

姉妹都市[編集]

交通[編集]

ヌーオロ駅

鉄道[編集]

道路[編集]

国道

人物[編集]

著名な出身者[編集]

ヌーオロは、1926年にノーベル文学賞を受賞した小説家グラツィア・デレッダをはじめとする多くの文化人を輩出している。デレッダは、イタリア人女性としては初の(そして2012年までで唯一の)ノーベル文学賞受賞者である。

脚注[編集]

外部リンク[編集]