テニソン男爵

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初代テニソン男爵アルフレッド・テニソン

テニソン男爵(テニソンだんしゃく、英語: Baron Tennyson)は、連合王国貴族男爵位。

1884年に詩人アルフレッド・テニソンが叙されたのに始まる。

歴史[編集]

詩人アルフレッド・テニソン(1809-1892)は、17年にわたって推敲したアーサー・ハルム英語版を追悼する長詩『イン・メモリアム英語版』を1750年に発表し、桂冠詩人の称号を得た。その後もバラクラヴァの戦いでのイギリス軽騎兵の突撃を描いた『軽騎兵の突撃英語版』やアーサー王伝説を描いた『王の牧歌英語版』、妻の幸せを願って死にゆく水夫を描いた『イノック・アーデン英語版』などの詩を発表した[1]。そして1884年1月24日の勅許状で連合王国貴族サセックス州におけるアルドワース、およびワイト島におけるフレッシュウォーターのテニソン男爵(Baron Tennyson, of Aldworth in the County of Sussex and of Freshwater in the Isle of Wight)に叙せられた[2][3]

初代男爵の死後、その長男であるハラム・テニソン英語版(1852–1928)が2代男爵を継承した[2][4]。彼は1902年から1904年にかけてオーストラリア総督を務めた[5]

2代男爵の死後はその長男であるライオネル・テニソン英語版(1889–1951)が3代男爵[2][6]、彼の死後はその長男ハロルド・クリストファー・テニソン英語版(1919–1991)が4代男爵を継承した[2][7]

子供がない4代男爵が死去すると弟(3代男爵の次男)のマーク・オーブリー・テニソン英語版(1920–2006)が5代男爵を継承したが、彼にも子供がないため[2][8]、彼の死後には初代男爵に遡った分流(初代男爵の次男ライオネルの曽孫)にあたるデイヴィッド・ハロルド・アレグザンダー・テニソン英語版(1960-)が6代男爵を継承した。彼が2016年現在の当主である[2][9]

テニソン男爵 (1884年)[編集]

脚注[編集]

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出典[編集]

  1. ^ 松村赳 & 富田虎男 2000, p. 739.
  2. ^ a b c d e f Heraldic Media Limited. “Tennyson, Baron (UK, 1884)” (英語). Cracroft's Peerage The Complete Guide to the British Peerage & Baronetage. 2016年3月11日閲覧。
  3. ^ Lundy, Darryl. “Alfred Tennyson, 1st Baron Tennyson” (英語). thepeerage.com. 2016年3月11日閲覧。
  4. ^ Lundy, Darryl. “Hallam Tennyson, 2nd Baron Tennyson” (英語). thepeerage.com. 2016年3月11日閲覧。
  5. ^ 秦郁彦(編) 2001, p. 6.
  6. ^ Lundy, Darryl. “Major Lionel Hallam Tennyson, 3rd Baron Tennyson” (英語). thepeerage.com. 2016年3月11日閲覧。
  7. ^ Lundy, Darryl. “Harold Christopher Tennyson, 4th Baron Tennyson” (英語). thepeerage.com. 2016年3月11日閲覧。
  8. ^ Lundy, Darryl. “Mark Aubrey Tennyson, 5th Baron Tennyson of Aldworth” (英語). thepeerage.com. 2016年3月11日閲覧。
  9. ^ Lundy, Darryl. “David Harold Alexander Tennyson, 6th Baron Tennyson” (英語). thepeerage.com. 2016年3月11日閲覧。

参考文献[編集]