ティモシー・ローレンス

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ティモシー・ローレンス
Timothy Laurence
生誕 (1955-05-01) 1955年5月1日(64歳)
イギリスの旗 イギリス
イングランドの旗 イングランドロンドン、キャンバーウェル
所属組織 イギリス海軍
軍歴 1973年 - 2010年
最終階級 海軍中将
除隊後 プリンセス・ロイヤル王女配
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ティモシー・ジェームズ・ハミルトン・ローレンス英語: Timothy James Hamilton Laurence, 1955年5月1日 - )は、イギリス(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)の軍人。

略歴[edit]

海軍士官ガイ・ステュアート・ローレンスの息子としてキャンバーウェル英語版に生まれ、父と同じく海軍を志す。

軍歴[edit]

1973年1月1日付で海軍士官候補生となる。1975年1月1日、海軍中尉海軍兵学校に入校し学ぶ傍ら、ダラム大学理学学士の学位を取得。フリゲート艦オーロラ英語版」に配属される。1977年5月1日、海軍大尉1979年掃海艇「ポリントン」配属。短期間王室ヨット英語版ブリタニア英語版」の航海長を経た後、同じく駆逐艦「シェフィールド」の航海長を1980年から1982年にかけて務めた。1982年より、哨戒艦艇シグネット」で北アイルランド勤務。

1985年5月1日、海軍少佐となり、フリゲート艦「アラクリティー」配属。1986年オーストラリア海軍との交流でシドニーに移り、ワトソン海軍基地英語版配属。1988年12月31日、海軍中佐。その後本国へ戻り、1989年10月、フリゲート艦「ボクサー英語版」に配属。1990年1月30日、34歳で艦長となる。

1992年より1994年まで、国防省勤務。1994年5月16日より国防大臣マルコム・リフキンド英語版の秘書官。1995年6月30日、海軍大佐

1996年、フリゲート艦「カンバーランド」艦長として和平履行部隊に出動。帰任後の8月27日にはフリゲート艦「モントローズ英語版」艦長として10月までフォークランド諸島警備のため南大西洋へ出動。

1997年、再び国防省に戻り、防衛戦略改定案英語版の策定に関わる。1999年1月よりオックスフォード大学セントアンソニー校英語版客員研究員。7月15日海軍代将2001年には三度国防省へ戻る。2004年7月5日、海軍少将となり、国防会議に属する。2007年4月30日、海軍中将2009年、”Head of Profession for the British Government's Property Asset Management community”となる。

2010年8月、退役。

王室一員として[edit]

1986年、女王エリザベス2世の長女アン王女と出会う。王女はマーク・フィリップス英語版との結婚生活が破綻しかけた頃であった。1992年にアン王女はマークと離婚。その年の12月12日、王女とティモシーはスコットランドでささやかな婚儀を執り行った。海軍退役後は慈善団体の代表などを務めている。

ティモシーは女王の娘婿であったため、本来ならば何らかの爵位に叙せられる資格があった。しかし、アン王女は自らの家系は叙爵を全て辞退する意向であったため、ティモシーも肩書きは海軍のものに留まった。その後、2011年ロイヤル・ヴィクトリア勲章ナイト・コマンダーを受賞した。

夫妻は王女が初婚時に与えられたガットクーム・パーク英語版の土地を保有している。ロンドン滞在時の住居には当初はドルフィン・スクエア英語版の一室を充てていたがその後退去し、セント・ジェームズ宮殿の一室が割り当てられている。