チャチャイ・チオノイ

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チャチャイ・チオノイ
Chartchai.Chionoi.jpg
基本情報
本名 Naris Chionoi
通称 Chartchai Laemfapha
階級 フライ級
身長 165cm
リーチ 166cm
国籍 タイ王国の旗 タイ
誕生日 1942年10月10日(74歳)
出身地 タイ王国の旗 タイバンコク
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 84
勝ち 62
KO勝ち 37
敗け 19
引き分け 3
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チャチャイ・チオノイ(Chartchai Chionoi、男性、1942年10月10日 - )は、タイ王国プロボクサー。第6代・第8代WBC世界フライ級王者。第11代WBA世界フライ級王者。

大場政夫花形進をはじめ、多くの日本人選手と熱戦を演じた。リングネームの「チオノイ」というのは彼の出身地の名前である。ニックネームは「稲妻小僧」。チャチャイ・ラエムファバーとも。

来歴[編集]

1957年、14歳でプロデビュー。

1961年1月4日、日本の関光徳に判定で敗れる。関とは1962年4月24日にタイで再戦し、10回判定勝ちを収めた。

1962年9月22日、フィリピンのプリモ・ファミロに12回判定勝ちでOBF東洋フライ級王座を獲得。

1962年12月31日、後の世界王者海老原博幸と京都市の弥栄会館で対戦し、判定負け。

1963年7月7日、中村剛に判定負けでOBF王座陥落。東洋王座陥落後もフィリピン・イタリア、日本、フランスなど様々な選手との対戦をハイペースで重ねていった。地元タイでの試合もあったが、フィリピンや日本など、敵地での試合にも多く出場した。

1966年12月30日、55戦目でEBUBBBofCリングマガジン認定世界フライ級王者ウォルター・マグゴーワンに挑戦し、9回KO勝ちで王座を獲得した。

1968年1月28日、アラクラン・トーレスと対戦し、13回TKO勝ちで3度目の防衛に成功した。

1968年11月10日、バーナベ・ビラカンポと対戦し、15回判定勝ちで4度目の防衛に成功するとともに、空位のWBC世界フライ級王座を獲得した[1][2][3]

1969年2月23日、5度目の防衛戦でアラクラン・トーレスと再戦し、8回TKO負けで王座陥落。しかし、1970年3月20日に行われたラバーマッチで対戦し、判定勝ちで王座奪回を果たした。

1970年12月7日、初防衛戦でエルビト・サラバリアと対戦し、2回TKO負けで王座から陥落した。

1973年1月2日、WBA世界フライ級王者大場政夫に挑戦。初回にダウンを奪い、負傷した大場に対し有利に試合を進めるも、大場の驚異的な逆襲を受け12回KO負けで王座獲得ならず。

1973年5月17日、大場の事故死によって空位となったWBA王座をフリッツ・シェルベットと争い、5回TKO勝ち。三たび世界王座に返り咲いた。

1974年10月18日、3度目の防衛戦で花形進と対戦予定であったが、当日計量で体重超過となり王座を剥奪された。試合も6回TKO負けとなり、花形が新王者となった。

1975年8月16日の試合を最後に引退した。

獲得タイトル[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b プロレス&ボクシング、1968年12月号、ベースボール・マガジン社、122頁、「またも訪れた世界への道《日本フライ級の復活は可能か》」、上から2段目、右から11行目から『とにかく、不在の支配者の座はなるべく早く埋めなければならない。WBCは十一月九日、バンコクで行われるEBU公認世界フライ級選手権、チャチャイ・チオノイ(タイ)対バーナベ・ビラカンポ(比)の十五回戦の勝者を、新王者と認定することに決めた。(※後略)』
  2. ^ a b ゴング、1969年1月号、日本スポーツ出版社、126頁、GONG GOSSIP、上から3段目、「ひょっこり フライシャー氏来日」『十一月の十二日にリング誌の主筆であるナット・フライシャー氏がひょっこり来日した。十一月の初めバンコクでのWBC(世界ボクシング評議会)フライ級王座決定戦チャチイ・チオノイ(タイ)-バーナベ・ビラカンポ(比国)戦を観戦しての帰途立ち寄ったもの。(※後略)』
  3. ^ a b ボクシング、平沢雪村主宰、1968年11月号、拳闘社、19頁、上から4段目、海外ニュース、「世界フライ級王座決定戦はチャチャイ対ビラカンポで行う」、『WBCモンタノ会長は十月十日、世界フライ級チャンピオン、オラシオ・アカバロの引退にともない、十一月一日バンコクで行われるWBC同級一位チャチャイ・チオノイとWBC同級三位バーナベ・ビラカンポの試合を、条件付きで世界タイトルマッチと承認すると発表した。この試合の勝者は九十日以内に、同級二位メキシコのアラクラン・トーレスと対戦する。』

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

空位
前タイトル保持者
オラシオ・アカバリョ
第6代WBC世界フライ級王者

1968年11月10日 - 1969年2月23日

次王者
アラクラン・トーレス
前王者
アラクラン・トーレス
第8代WBC世界フライ級王者

1970年3月20日 - 1970年12月7日

次王者
エルビト・サラバリア
空位
前タイトル保持者
大場政夫
第11代WBA世界フライ級王者

1973年5月17日 - 1974年10月18日(剥奪)

空位
次タイトル獲得者
花形進