チマヒ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
Cimahi
—    —

印章
標語:Saluyu Ngawangun Jati Mandiri
Cimahiの位置(インドネシア内)
Cimahi
Cimahi
チマヒの位置
座標: 南緯6度52分59秒 東経107度32分29秒 / 南緯6.88306度 東経107.54139度 / -6.88306; 107.54139
インドネシア
西ジャワ州
チマヒ
行政
 - 市長 アッティー・スハルティ・トチジャ
面積
 - 計 40.2km2 (154mi2)
標高 685m (2,247ft)
人口 (2014)
 - 計 561,386人
等時帯 WIB (UTC+7)
ウェブサイト www.cimahikota.go.id

概要[編集]

チマヒはインドネシアジャワ島西ジャワ州の都市。バンドン都市圏の西に有る。繊維産業が盛んで、多くの軍事訓練施設が有る。 [1]

地理[編集]

シテウレウプから望むタンクバン・ペラフ山とブランラン山

チマヒは首都ジャカルタの180km南東に位置し、バンドン西バンドン県に挟まれる。 [2] チマヒは3つの区から成り、その下に15の村が有る。最低標高は685mのシタルム川で、最高標高は1040mのタンクバン・ペラフ山とブランラン山の斜面である。チマヒ川はチマヒを通り、シクダとシソントクの2つの泉が有る。 [3]

歴史[編集]

市を流れるチマヒ川からチマヒという名が付いた。チマヒはスンダ語で「充分な水」を意味する。住民はチマヒ川から水を得ている。 [4] 1811年、チマヒの重要性は高まった。オランダ領東インド政府総督ヘルマン・ウィレム・ダンデルス大横断道路を建設したのだ。検問所(ロジ)がチマヒ広場に造られた。

1874年1893年、チマヒ駅と、バンドンとシアンジュルを結ぶ鉄道が造られた。

1886年、軍事訓練施設が建てられ始めた。

1935年、チマヒは地区になる。

1975年、チマヒは西ジャワ州で初めて(国内で3番目)に行政市になる。

2001年、チマヒは市になる。 [5]

観光[編集]

チマヒの観光地には、Alam Wisata CimahiやPandiga Recreation Sport、Rumah Pajang、Lembur Batik、Kampung Adat Cirendeuが有る。市観光局によると、特有の自然や料理、手芸、伝統社会が体験出来る。 [6] 加えて、Dustira病院やEreveld墓地、軍事刑務所やSudirmanビル等歴史的建築物も有る。 [7]

参考資料[編集]

  1. ^ PENGANTAR DARI WALIKOTA CIMAHI” (Indonesian). 2015年9月16日閲覧。
  2. ^ GEOGRAFI” (Indonesian). 2015年9月16日閲覧。
  3. ^ Data Wilayah” (Indonesian). 2015年9月16日閲覧。
  4. ^ SEJARAH” (Indonesian). 2015年9月16日閲覧。
  5. ^ Sejarah” (Indonesian). 2015年9月16日閲覧。
  6. ^ WISATA” (Indonesian). 2015年9月16日閲覧。
  7. ^ Heritage Dan Pusat Pendidikan Militer” (Indonesian). 2015年9月16日閲覧。

外部リンク[編集]

Template:West Java