ステファン・ビブロフスキー

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ステファン・ビブロフスキー
生誕 1891年
ロシア帝国マゾフシェ県ポーランド)ビエルスク
死没 1932年 (41歳)
ヴァイマル共和国ベルリン

ステファン・ビブロフスキー(Stephan Bibrowski、1891年 - 1932年)は、有名なサイドショー芸人 (sideshow performer) で、「獅子面男ライオネル」(Lionel the Lion-faced Man)として知られる。その全身は長い毛でおおわれ、そのために外見はライオンのようであった。これは、過剰異所発毛症 (hypertrichosis) というめずらしい病気によるらしかった。

ビブロフスキーは1891年に、身体を1インチの毛におおわれて、ポーランドロシア帝国領)のプウォツク近くのビエルスク(Bielsk)に生まれた。母親は病気を、父親がライオンにひどくひっかかれたことのせいにしたが、彼女はステファンの妊娠中にそれを目撃していた。彼女はステファンを忌み嫌い、そして彼が4歳であったときにドイツの興行主ゼーデルマイヤー (Sedlmayer) に引き渡した。ゼーデルマイヤーは彼にステージ名をあたえ、そしてヨーロッパ中で見せものにした。

見せものにされるときまでに、ライオネルの顔の毛は8インチに伸び、そしてほかのすべての部位で約4インチにたれさがっていた。全身のほとんどが毛でおおわれていて、唯一の例外が両てのひらと両足の裏であった。1901年にライオネルは、アメリカ合衆国に旅行し、そしてバーナム・アンド・ベイリー・サーカスとともに公演しはじめた。彼はそのときからサーカスとともに旅行し、ときどきヨーロッパに帰った。

演技中に、ライオネルは体操の芸を演じ、そしてひとびとに話しかけて、外見とはするどく対照をなすやさしい側面をみせた。彼は完璧な紳士であることが知られ、そしていつも服装は非の打ち所が無かった。彼はまた教育が行き届いていて、そして5カ国語を話した。彼は人気のある呼びものになったので、1920年に合衆国に永住した。彼はニューヨークに移り、そしてコニーアイランドに定住した。

1920年代後半までにライオネルはサイドショー業から引退し、そしてドイツに帰った。彼は、ベルリン心臓発作のために41歳で死亡したと報じられた。

参考文献[編集]