ジョージ・ダイソン

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ジョージ・ダイソンGeorge Dyson, 1883年5月28日 ウェストヨークシャー州ハリファクス1964年9月28日 ウィンチェスター)は英国作曲家。息子は著名な物理学者フリーマン・ダイソン。孫娘のエスター哲学者で、 その弟で同名のジョージ科学史家。

略歴[編集]

王立音楽大学に学び、メンデルスゾーン遊学奨学金の勝者となって、イタリアドイツに留学することができた。その後30年にわたって(ラグビー校やウェリントン・カレッジ、ウィンチェスター・カレッジで)教壇に立った後、1937年王立音楽大学学長に任命された。1941年叙勲されナイトとなり、1953年には中級勲爵士の称号を得た。

作品[編集]

作品に《交響曲ト長調》(1937年)、《ヴァイオリン協奏曲》など多くの器楽曲のほかに、数多くの合唱曲がある。交響曲は、アーネスト・ジョン・モーランの交響曲と同時期に着手され(しかも同年に完成され)ており、様式的にも類似点が見られる。いずれも45分ほどの長さで、どちらの作曲家にとっても管弦楽曲では最も長い野心作である。しかも楽器法和声法において、ジャン・シベリウスからの影響が多少なりとも顕著である。

著作[編集]

  • George Dyson, The New Music (1924)
  • George Dyson, The Progress of Music (1932)
  • George Dyson, Fiddling While Rome Burns (1954)
  • George Dyson, Manual of Grenade Fighting