ジム・シェイ

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ジム・シェイ
Jimmy Shea
Jimmy Shea.jpg
Shea in 2002
個人情報
フルネーム James Edmound Shea Jr.[1]
生誕 (1968-06-10) 1968年6月10日(50歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国コネチカット州ウエストハートフォード
身長 5 ft 10 12 in (179 cm)
体重 181 lb (82 kg)

ジェームス・エドモンド・シェイ・ジュニア (James Edmound Shea Jr.、1968年6月10日 -) はアメリカの元スケルトン選手。2002年のソルトレークシティ五輪で金メダルを獲得した。その五輪の開会式で選手宣誓する選手に選ばれた。父のジム・シェイ・シニアとともに聖火をキャミー・グラナートとピカボ・ストリートに渡した。彼らは1980年のアメリカ男子ホッケーチームに渡しコールドロンへ点火された。オリンピックの直前には2002年の年頭教書でファーストレディーのローラ・ブッシュの席のゲストであった。

経歴[編集]

シェイは冬季五輪に3世代にわたって参加している。父は1964年ノルディック複合クロスカントリースキーに出場し、祖父のジャック・シェイは1932年のレークプラシッドスピードスケートで2つの金メダルを獲得している 。祖父も1932年の開会式で選手宣誓を行っている。コネチカット州ウエストハートフォードで生まれ育ち、十代最後の頃にニューヨーク州レークプラシッドへ移った[2] 。アメリカ人では初めてワールドカップレースとワールドチャンピオンシップで優勝し、アメリカ人では誰よりもワールドカップの優勝を果たしている。2005年10月に引退した。

FIBT世界選手権では、全てのメダルを獲得している。1999年に金、1997年に銀、2000年に銅 (オーストリアのアレキサンダー・ミュラーと3位タイ) を獲得した。男子スケルトンワールドカップでの最高シーズン総合成績は1998-9年、2000-1年の2度獲得した3位であった。彼の努力と世界選手権の地位はメダルスポーツとしてのスケルトンの再導入を後押しした。

シェイ・ファミリー・ファウンデーションを設立し、スポーツで子どもを援助しそのための資金を集めている。現在はユタ州経済開発委員会に勤務している[3]

救急医療の医師ケリーと結婚し、2人の娘をもうけ、ユタ州パークシティに暮らしている[4][5]

参考文献[編集]

  1. ^ "Jim Shea Jr.". Olympics at Sports-Reference.com. Sports Reference LLC. August 24, 2015閲覧. 
  2. ^ "http://www.sheafoundation.com/meettheboard.cfm". June 4, 2016閲覧.  External link in |title= (help)
  3. ^ Rhett Wilkinson (2012年2月18日). “Five memorable faces from the 2002 Olympics”. KSL. 2015年8月21日閲覧。
  4. ^ Lori Riley Column: The second of three generations of Olympians, Jim Shea Sr., is back in Lake Placid, where his dad, Jack, won two gold medals in 1932.”. Hartford Courant. 2015年8月21日閲覧。
  5. ^ Always about family with Shea”. 2016年6月4日閲覧。

外部リンク[編集]