ジェマイティヤ公国

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ジェマイティヤ公国
Žemaičių seniūnija(リトアニア語)
 Księstwo żmudzkie(ポーランド語)
リトアニア公国 1219年 - 1808年 ロシア帝国
ジェマイティヤ公国の国旗
(POL województwo żmudzkie IRP COA.svg)
公用語 リトアニア語、ポーランド語
首都 ヴァルネイ
1386年 - 1413年 ルンバウダス・ヴァリマンタイティス(判明している中で一番古い人物)
1795年 - 1808年 ミハウ・ギェウグド(最後)
変遷
設置 1219年
ポーランド分割によりロシア領に編入 1795年10月24日
消滅 1808年
1654年におけるリトアニア大公国領。北西部の赤色の部分がジェマイティヤ公国

ジェマイティヤ公国リトアニア語: Žemaičių seniūnijaポーランド語: Księstwo żmudzkie)は、1219年からリトアニア大公国の行政単位で、1569年からはポーランド・リトアニア共和国の一部だった。1419年から1441年までジェマイティヤEldershipとして知られていた。リトアニア大公は、ジェマイティヤ公の称号を持っていた。しかし、公爵に対し責任のある実際の統治者がthe General Elder (Seniūnas)として知られていた。

公国は、現在のリトアニア共和国西部にあたる地域に存在した。歴史的に、西の境界はバルト海に接するリトアニアの境界でもあった。北では、クールラント・ゼムガレン公国、南では、プロシア公領と接していた。中世から1795年ポーランド分割までに、ジェマイティヤがジェマイティヤ公国の領域として定義された。のちに、ジェマイティヤ教区も含むものとされた。

現在ではジェマイティヤは民族学的な地域の1つとされるにとどまり、リトアニア共和国の行政地区として定められてはいない。