シャフナーズ・パフラヴィー

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シャフナーズ王女

シャフナーズ・パフラヴィーペルシア語:شهناز پهلویラテン文字転写:Šahnāz Pahlavi, 1940年10月27日 テヘラン - )は、パフラヴィー朝イランの王女。最後のイラン皇帝モハンマド・レザー・シャーの長女で、現在のイラン皇帝家家長クロシュ・レザー・パフラヴィーペルシア語版英語版の異母姉。

モハンマド・レザーとその最初の妻でエジプトフアード1世の娘であるファウズィーヤの間の長女、一人娘として、テヘランサーダバード宮殿Sa'dabad Palace)で生まれた。両親が1948年に離婚した後は、実母とは離れて暮らした。1957年10月11日にゴレスターン宮殿Golestan Palace)において、外交官のアルデシール・ザーヘディArdeshir Zahedi)と結婚した[1]。アルデシールは1953年のクーデタモハンマド・モサッデクを失脚させて首相となったファズロラフ・ザーヘディ将軍(Fazlollah Zahedi)の息子である。夫妻の間には一人娘のザーフラ(1958年 - )が生まれたが、1964年には離婚した[1]

1971年2月にパリのイラン大使館において、ガージャール朝ファトフ・アリー・シャーの子孫であるホスロー・ジャハーンバーニーペルシア語版英語版(Khosrow Jahanbani、1942年 - )と再婚し、間にカイホスロー(1971年 - )、ファウズィーヤ(1973年 - )の1男1女をもうけた[2]。 ホスローとは、2014年4月に死別している。[3]

父王の在位中は2つの農業法人とホンダの組み立て工場の代表出資者として関わっていた[4]

1979年のイラン革命で家族と共に国外に脱出し、スイスに移住した。

脚注[編集]