クロシュ・レザー・パフラヴィー
この記事は最新の出来事(2025年-2026年イラン抗議デモ)に影響を受ける可能性があります。 |
| クロシュ・レザー・パフラヴィー | |
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| パフラヴィー家 | |
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2023年撮影 | |
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| 称号 | イラン皇太子(王位請求者) |
| 出生 |
1960年10月31日(65歳) |
| 父親 | モハンマド・レザー・パフラヴィー |
| 母親 | ファラー・ディーバー |
クロシュ・レザー・パフラヴィー(Reza Pahlavi、1960年10月31日-)は、元パフラヴィー朝イランの皇太子。民主化運動家。最後の皇帝モハンマド・レザー・パフラヴィー(日本の呼称ではパーレビ国王)と皇后ファラー・ディーバーの長男。1979年のイラン革命で帝政が崩壊して以降はアメリカ合衆国(米国)で亡命状態にある[1]。
経歴
[編集]1960年、首都テヘランに生まれる。イラン革命により父親が亡命を余儀なくされると、米国へ移る。以降、イスラム原理主義政権支配下となったイランには戻れず、米国を拠点にイラン・イスラーム共和国における人権抑圧を批判し、慈善事業の傍らで民主化を支援するなどの活動を行っている。同じく亡命の身であった弟のアリー・レザー・パフラヴィーは2011年に自殺している[2]。
2020年には、インタビューにて昨年来のイラン国内の大規模デモやウクライナ国際航空752便撃墜事件による抗議活動を挙げたうえで、最高指導者アリー・ハーメネイーが率いるイランの現在の体制は、数か月以内に崩壊すると予言。欧米の主要諸国に対してイラン政府と交渉しないようアピールを行った[3]。2024年5月19日に東アーザルバーイジャーン州ヘリコプター墜落事故が発生してイランの大統領エブラーヒーム・ライースィーらが死亡した際には声明を発表し、ライースィーは追悼に値しない残虐な虐殺者だったと批判。ハーメネイーを頂点とする現状の転換を訴えた[4]。
「イラン国民の連帯」など、イランの現体制転換を求める政治勢力には、彼を擁立して国王を象徴として戴く民主国家樹立を求める支持者がいる。イラン国内での反政府デモにおいても、王政復古が叫ばれることがある[5][6]。ただし本人は王政復古の意思はないとしており、世俗的な民主主義体制に移行する過程で象徴的な役割を果たすことを表明している[7]。
2025年6月13日、イスラエルがイラン革命防衛隊の拠点や原子力施設を攻撃(ライジング・ライオン作戦)したことを受け、イランの軍や警察、治安部隊に対して体制からの離反を呼び掛け、イスラム共和国の打倒を望む考えを表明した[8]。
2025年末からイラン国内の抗議デモが活発化すると、イランに圧力を掛けるドナルド・トランプ米国大統領に対し「介入する準備をしてほしい」と呼びかけたほか、イラン市民に対し2026年1月8日と1月9日は街頭へ出るよう促すメッセージを発信した[9][10]。
イスラム原理主義体制が崩壊すれば帰国して国政に関与する意欲を示している[1]が、イラン国内での同氏への支持は限定的とされる。かつてのパーレビ朝での独裁や汚職で、今も一族には不信の目が向けられている[11]。
脚注
[編集]- ^ a b イラン元皇太子「米早期介入を」『毎日新聞』朝刊2026年1月18日(国際面)掲載の共同通信記事
- ^ “アリレザ・パーレビ氏死去 故パーレビ元イラン国王の息子”. 共同通信. 47NEWS. (2011年1月5日) 2011年10月12日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “米に亡命の元皇太子「イランの現体制は数か月以内に崩壊する」”. AFP (2020年1月18日). 2020年1月17日閲覧。
- ^ “パーレビ元皇太子、ライシ師非難 「追悼に値しない虐殺者」”. 47NEWS. 共同通信社. (2024年5月21日) 2024年5月21日閲覧。
- ^ 王室物語(5)末裔たち 辛酸と野心/イラン 政情不安、復権に意欲『読売新聞』朝刊2019年4月20日(国際面)
- ^ “イランでデモ10人死亡、反体制色強め「独裁者に死を」…トランプ大統領は介入辞さず「臨戦態勢」”. 読売新聞ONLINE (2026年1月3日). 2026年1月10日閲覧。
- ^ “「シャー万歳」を叫ぶイランの街頭…反政府デモ、追放された王朝召喚”. 中央日報. (2026年1月12日) 2026年1月13日閲覧。
- ^ “亡命中のイラン元皇太子、イラン国民に体制離反を呼び掛け”. AFP (2025年6月14日). 2025年6月14日閲覧。
- ^ “イラン最高指導者、「暴徒」がトランプ氏を喜ばせようとしていると 人権団体はデモ参加者の被害増を報告”. BBC (2026年1月10日). 2026年1月10日閲覧。
- ^ “元皇太子、トランプ氏にイランへの緊急介入を要請「国民を助けて」”. AFPBB NEWS (2026年1月10日). 2026年1月13日閲覧。
- ^ Inc, Nikkei (2026年1月14日). “イラン元皇太子、デモ「鼓舞」 米在住、SNS投稿や米紙寄稿 「民主化の提唱者」自称、国民の支持限定的”. 日本経済新聞. 2026年1月14日閲覧。
クロシュ・レザー・パフラヴィー
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| 請求称号 | ||
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| 先代 ファラー・ディーバー 摂政(名目上)として |
— 名目上 — 1980年10月31日 – 現在 継承失敗の理由 イラン革命による帝政崩壊 |
現職 推定相続人 パトリック・アリー・パフラヴィー |
| 継承順位 | ||
| 空位 最後の在位者 モハンマド・レザー・パフラヴィー
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イラン皇太子 1967年10月26日 – 1979年2月11日 |
空位 |
| 党職 | ||
| 新設 結党
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イラン国民会議議長 2013年4月 – 2017年9月16日 |
次代 集団指導制に移行 |