コンテンツにスキップ

サングレ・ラミザナ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ボイス・オブ・アメリカが作成した肖像画

アブバカル・サングレ・ラミザナ(Aboubakar Sangoulé Lamizana、1916年1月31日2005年5月26日)は、オートボルタ共和国(現ブルキナファソ)の政治家。同国大統領(1966年 - 1980年)を務めた[1]

生涯

[編集]

第2次世界大戦中はフランス軍に従軍、第1次インドシナ戦争にも参加した。1960年の独立後、1961年オートボルタ陸軍参謀総長。

1966年1月3日クーデター英語版を起こして腐敗していたモーリス・ヤメオゴ大統領を追放し、みずから大統領に就任(首相兼任)[2]1970年6月に国民投票により新憲法が採択され、同年12月、国民議会選挙が行われ、ジョセフ・ウエドラオゴ首相が就任。しかし、大旱魃に対する無策で内閣・国民議会は分裂した。

ラミザナ大統領は1974年2月28日議会を解散し(1974年オートボルタクーデター英語版)、5月には全政党を禁止するなど、民政移管とは逆に軍の指導権を強化した。民政移管のため1977年11月新憲法を制定、1978年4月大統領に選出、1979年首相を辞任。ラミザナは体制内での変革を試みたが経済状況は改善されず、1980年11月25日セイェ・ゼルボ大佐のクーデター英語版によって失脚した。

出典

[編集]
  1. ^ Burkina Faso”. Worldstatemen. 2025年4月19日閲覧。
  2. ^ 二石昌人『ブルキナファソの歴史』(世界歴史叢書、明石書店、2022年)。特に第五章「サングレ・ラミザナ大統領時代」の章、参照。
公職
先代
モーリス・ヤメオゴ
オートボルタ大統領
第2代:1966年 - 1980年
次代
セイェ・ゼルボ
(国家再建軍事委員会議長)