グレート・ウェスタン鉄道4073型蒸気機関車

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グレート・ウェスタン鉄道4073型蒸気機関車
スウィンドン工場で修理を受けた5034号機「コーフ・キャッスル」、1954年
スウィンドン工場で修理を受けた5034号機「コーフ・キャッスル」、1954年
基本情報
運用者 グレート・ウェスタン鉄道
イギリス国鉄
製造所 スウィンドン工場
製造年 1923年-1950年
製造数 171両
引退 1965年
主要諸元
軸配置 2C(4-6-0、テンホイラー)
軌間 1,435 mm
全長 19,862.8 mm
2.72 m
高さ 4.08 m
機関車重量 79.77 t
炭水車重量 46.64 t
先輪 965 mm
動輪径 2,044.7 mm
軸重 20 t
シリンダ数 4気筒
シリンダ
(直径×行程)
406 mm × 660 mm[1]
弁装置 内側: ワルシャート式
外側: ロッキングバーにより内側シリンダーの弁装置から駆動
ボイラー圧力 15.82kg/cm²
(= 225lbs/in2 = 1.55MPa)
火格子面積 2.73 m²
燃料搭載量 石炭: 6.1 t
水タンク容量 18,000 l
引張力 140.68 kN
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アール・バサースト
ケアフィリー・キャッスル

グレート・ウェスタン鉄道4073型蒸気機関車(GWR 4073 Class)はイギリスのグレート・ウェスタン鉄道(GWR)が製造した急行旅客列車用テンダー式単式四気筒蒸気機関車の1形式である。軸配置はテンホイラー(4-6-0あるいは2C)。

本形式はその大半が1両ごとにイギリスの有名な城の名前を固有名として付けられており、このためキャッスル型(Castle Class)と通称される。

概要[編集]

スター型(4000-4072号機)の改良型増備車として、本線旅客列車の輸送力増強を可能とするより強力な機関車を、というGWR首脳陣の求めに応じて1923年に当時のGWR技師長(Chief Mechanic Engineer:CME)であった、チャールズ・コレット(在任期間:1922年 - 1941年)の手によって設計された。

強力かつ高速運転が可能で、しかもGWRの軌道条件に良く適合したため、1923年8月から 国有化後の1950年8月までの28年間にグレート・ウェスタン鉄道スウィンドン工場で4073-5082・5093-5099・7000-7037号機の合計155両が量産された。

設計[編集]

その設計思想は先代CMEであるジョージ・チャーチウォード(在任期間:1902年 - 1922年)が手がけたセイント型以来のGWR標準型蒸気機関車群のそれを継承している。

板台枠による台枠や軸配置、軸距、それにシリンダ配置などの基本設計は「スター型」のそれに従うが、GWR各線の軌道強化の進捗に合わせて最大軸重が18.5tから20tに引き上げられたのを受けて、ボイラーはより強力かつ大型な8号型(Type No.8)が新設計されている。

この8号型は使用圧力こそセイント型に搭載されていた1号型(Type No.1)と同じ1平方インチ当たり225ポンドのままであったが、その一方でベルペア式の火室は拡大されて火格子面積が27.07平方フィートから29.36平方フィートに増積されており、これによって蒸気発生量の増大を実現している。

またこの蒸気量増大に伴い、鋳鋼製シリンダブロックも設計変更され、シリンダ径が15インチから16インチに拡大されており、「スター型」の足回りの優れた設計を生かしつつ、軸重上限20tの範囲で最大性能を得られるようにリファインされたことが判る。

この火格子面積は同時代の他国の蒸気機関車と比較するとそれほど大きくはないが、性能面では決して見劣りしなかった。

当時ライバルと目されていた、ロンドン・アンド・ノース・イースタン鉄道 (LNER) の広火室付きパシフィック機であるクラスA1と交換の上で比較試験を行われた際には、LNER線上で通常使用時よりも低質炭(とはいえ世界的に見れば決して低質ではない)が用いられたにもかかわらず広火室ボイラーを備えるパシフィック機であるA1を上回る高性能と低燃費を記録し、燃焼効率の非常に優れたウェールズ産高カロリー炭[2]を燃料として使用していることが本形式の高性能の主因である(=自分たちの設計が劣っている訳ではない)と主張していたLNER側技術陣、特に同社CMEであったナイジェル・グレズリーに大きな衝撃を与えた。本形式の基本設計や弁装置のチューンはそれほどまでに傑出したものだったのである。

ただし、本形式が当時他国やロンドン・アンド・ノース・イースタン鉄道(LNER)など他のイギリスの鉄道各社が導入していたボイラの広火室化と従台車追加による軸配置のパシフィック(4-6-2あるいは2C1)への変更[3]を実施せず、あえて狭火室のボイラーを搭載するテンホイラー(4-6-0あるいは2C)とされた[4]背景に、この高火力炭の使用を前提とした狭火室設計で所要の性能が確保できた[5] ことがあったのも事実である。

製造[編集]

キャッスル型は戦後1948年の鉄道国有化後、中断を挟んで1950年まで製造が続けられ、合計155両が新造されている。ただしそれとは別に16両が改造によって他形式から編入されているため、総数は171両となる。

16両の改造車の内訳は15両がスター型からの改造、残る1両はスター型を基本として1908年に試作された 111号機「グレート・ベア」(The Great Bear、大熊座)[6]からの改造[7]であった。

1927年には、より大型の4気筒機関車であるキング型(6000-6029号機)が設計され、主要幹線に投入が開始されたが、こちらは大軸重ゆえに軌道負担が大きく、入線可能路線に制約が生じた[8]ため、同形式と並行して汎用性に優れ、しかも燃費の良いキャッスル型の製造が継続された。

運用[編集]

第二次世界大戦前[編集]

キャッスル型は1930年代にロンドンパディントンチェルトナム・スパ間の急行列車「チェルトナム・スパ・エクスプレス」(通称:チェルトナム・フライヤー)に使用された。1932年6月6日には5006号機「トレジェンナ・キャッスル」の牽引する同列車がスウィンドンからパディントンまでの124kmの区間で通常は65分で走破するところを56分47秒で走り切って平均時速131.45km/hを記録し、当時の蒸気機関車に牽引される列車の世界最高速度記録を更新した。

また、1926年には 5000号機「ローンセストン・キャッスル」がロンドン・ミッドランド・アンド・スコティッシュ鉄道(LMS)に貸し出され、ロンドン-カーライル間で試験が行なわれた。その試験の結果が良好であったことから、LMSは西海岸本線で使用するためにGWRから本形式の購入を希望したが、当時スウィンドン工場はキング型の量産でフル稼働しており手一杯で叶えられなかった[9]という。

第二次世界大戦後[編集]

本来ならば後継となるべきであったカウンティ型(1000-1029号機)の不振から、本形式は量産が再開されたが、その最後期製造グループについてはコレットの後任となったフレデリック・ホークスワース(在任期間:1941年-1947年)らの手によって改良が加えられている。

それはホークスワースが先に手がけた、前述のカウンティ型やホール改型(6959-6999、7900-7929号機)の開発成果を取り入れたものであり、基本設計は変えずにテンダーの全溶接構造化、通風力増大を目的とした二本煙突化、そして過熱管の増強・改良など、当時の社会情勢[10]や技術の進展を反映した設計変更が実施されている。

なお、本形式はGWRの代表形式であり、その安定した性能から、4082号機「ウィンザー・キャッスル」が長らく英国王室のお召し列車牽引機として指定されていたことでも知られている。

本形式の廃車は1950年代に開始され、最後まで残った7029号機「クラン・キャッスル」が1965年に廃車されて形式消滅となった。

スター型からの編入車一覧[編集]

スター型からの編入車は下記の通り。

  • 100号機 「A1・ロイズ」(A1 Lloyds) - 旧4009号機 「シューティング・スター」(Shooting Star)
  • 4000号機 「ノース・スター」(North Star)
  • 4016号機 「ザ・サマーセット・ライト・インファントリー」(The Somerset Light Infantry)
  • 4032号機 「クイーン・アレクサンドラ」(Queen Alexandra)
  • 4037号機 「ザ・サウス・ウェールズ・ボーダラーズ」(The South Wales Borderers)
  • 5083号機 「バース・アビー」(Bath Abbey) - 旧4063号機
  • 5084号機 「レディング・アビー」(Reading Abbey) - 旧4064号機
  • 5085号機 「イヴシャム・アビー」(Evesham Abbey) - 旧4065号機
  • 5086号機 「ヴァイカント・ホーン」(Viscount Horne) - 旧4066号機
  • 5087号機 「ティンターン・アビー」(Tintern Abbey) - 旧4067号機
  • 5088号機 「ランソニー・アビー」(Llanthony Abbey) - 旧4068号機
  • 5089号機 「ウェストミンスター・アビー」(Westminster Abbey) - 旧4069号機
  • 5090号機 「ニース・アビー」(Neath Abbey) - 旧4070号機
  • 5091号機 「クリーヴ・アビー」(Cleeve Abbey) - 旧4071号機
  • 5092号機 「トレスコ・アビー」(Tresco Abbey) - 旧4072号機

これらは100号機から4037号機までが1920年代後半に、それ以降は1937年から1940年にかけて、それぞれスウィンドン工場でボイラおよびシリンダブロックを交換の上で編入された。

保存車[編集]

現在、下記の8両が保存されている。

  • 4073号機 「ケアフィリー・キャッスル」(Caerphilly Castle)
  • 4079号機 「ペンデニス・キャッスル」(Pendennis Castle)
  • 5029号機 「ナニー・キャッスル」(Nunney Castle)
  • 5043号機 「アール・オブ・マウント・エッジカム」(Earl of Mount Edgcumbe)
  • 5051号機 「アール・バサースト」(Earl Bathurst)
  • 5080号機 「デファイアント」(Defiant)
  • 7027号機 「ソーンベリ・キャッスル」(Thornbury Castle)
  • 7029号機 「クラン・キャッスル」(Clun Castle)

脚注[編集]

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  1. ^ 単式のため4気筒とも同一サイズ。
  2. ^ 俗に積出港の名を取ってカーディフ炭と呼称される。日露戦争時に帝国海軍が使用しその勝利に貢献したことでも知られる。発熱量8,000kcal/kg以上の強粘結性を示す無煙炭に近い瀝青炭で、粒度が高く灰分も数%と極めて少ない。
  3. ^ 蒸気発生能力の強化を実現するための切り札と目されていた。
  4. ^ 車体のコンパクト化と自重および走行抵抗の軽減、さらには各動軸の重量配分の点では広火室と従台車を備えるパシフィック(2C1)やミカド(1D1)よりテンホイラー(2C)やコンソリデーション(1D)の方が望ましく、特に重心の後方への移動が発生する牽き出し時には、重心移動で動軸重が加算されるテンホイラーやコンソリデーションは、粘着力確保や空転抑止の点で最後尾の動軸重の一部が従台車に移動してしまうパシフィックやミカドに勝る。日本でも公称出力で60%以上、動軸重でも1t上回るミカドのD50形やD51形でさえ2,400tが精一杯であった超重量級の石炭輸送用貨物列車において、コンソリデーションかつ軽自重の9600形がその17%減となる2,000tの牽引を実施したことが知られている。
  5. ^ 例えば車体寸法的には本形式と大差ない、日本のC62形の場合は3.85m²と40%以上火格子面積が広かったが、公称牽引力がストーカーを併用した状態でさえ13,870 kgに留まり、本形式の14,344 kgを下回った。C62形は通常は国鉄標準炭で発熱量6,500kcal/kg、戦後すぐの最悪の時期に使用されていた石炭で発熱量5,000kcal/kgとウェールズ炭と比較してあまりにも劣悪と言って良い品質の石炭の使用が前提であったために出力が明らかに見劣りしており、4tの軸重差や単式4気筒と単式2気筒の相違に起因する通風量の差、それに弁装置自体の設計の優劣などといった基本設計そのものの格差と合わせて、石炭の品質格差が性能に大きく影響していたことが見て取れる。
  6. ^ イギリス初の、そしてGWR唯一のパシフィック形軸配置を採用した蒸気機関車であった。
  7. ^ 同機は1924年にボイラの大修理が必要となった際にスウィンドン工場で大改造され、従台車撤去と主台枠の短縮、ボイラーとシリンダブロックの交換を実施して、番号はそのままにViscount Churchillと改名された。
  8. ^ 最大軸重22.5tとなり、本形式の20.0tを上回った。このため、大軸重を許容するパディントン - トーントン - プリマスおよびパディントン - バーミンガム - ウルヴァーハンプトン間の主要幹線でしか使用できなかった。
  9. ^ このクラスの高性能機関車を欲するLMSの希望は、1933年になって、GWRから同社へ移籍したウィリアム・ステニアー(Sir William Arthur Stanier F.R.S.)の手で本形式を広火室ボイラーを備える単式4気筒パシフィック機にアレンジして設計され、同社クルー工場(Crewe Works)で製造された、ロンドン・ミッドランド・アンド・スコティッシュ鉄道7P形(LMS Princess Royal Class) プリンセス・ロイヤルの完成でようやく叶えられている。
  10. ^ これらの燃焼効率向上を意図した改良は、1947年以降外貨獲得の必要に迫られたイギリス政府がウェールズ産高カロリー炭を輸出専用品に指定し、旧GWR自社保有炭坑からの採掘品であっても鉄道用燃料としての使用が禁止されたことに起因する。同様に発熱量の大きな高カロリー炭の使用を前提に設計されていたキング型など旧GWRに由来する他の各機種についても、この時期に集中的に各種対策が講じられている。