グイード・ゴンザーガ

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グイード・ゴンザーガGuido Gonzaga, 1290年 - 1369年9月22日)は、マントヴァの僭主(シニョーレ)である。

生涯[編集]

ルドヴィーコ1世・ゴンザーガとリキルダ・ランベルティ (Richilda Ramberti) との息子である。

1360年に父の跡を継ぎカピターノ・デル・ポポロとなった。アニェーゼ・ピーコ・デッラ・ミランドラ (Agnese Pico della Mirandola) と結婚し、彼女の死後の1340年にはカミッラ・ベッカリーア (Camilla Beccaria)と結婚した。

最後の妻はベアトリーチェ・ディ・バール (Beatrice di Bar) で、彼女はグイードの後継者であるルドヴィーコ2世の母となった。

子女[編集]

  • ウゴリーノ(1330年 - 1362年)
  • ルドヴィーコ2世(1333年頃 - 1382年)
  • フランチェスコ(? - 1369年)
  • マルゲリータ(? - 1399年) - ジャコポ・ダ・カラーラと結婚
  • トマシーナ - アッツォ・ダ・コレッジオと結婚
  • ベアトリーチェ - ニッコロ・デステと結婚
  • エレナ

脚注[編集]

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参考文献[編集]

  • Selwyn Brinton, The Gonzaga - Lords of Mantua, Methuen & Co. Ltd., 1927.

関連項目[編集]

先代:
ルドヴィーコ1世
マントヴァの
カピターノ・デル・ポポロ
1360年 - 1369年
次代:
ルドヴィーコ2世