オロシウス

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オロシウス
サンテプヴルフランス語: Saint-Epvre写本の挿画に描かれたオロシウス(11世紀)
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影響を
受けた人物
アウグスティヌス
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オロシウスラテン語: Orosius、383年頃 - 417年以降)[1]は、ローマ帝国後期のキリスト教聖職者歴史家学者。  

生涯[編集]

生涯については不確かなことが多い。生地についても諸説あるが現在のポルトガルブラガとする説が有力[注釈 1]。 ローマ帝国上層のキリスト教徒家系に生まれたと考えられる[3]

ヒスパニアにまで進出したゲルマン人勢力から逃れて414年までにアフリカに渡り[4]ヒッポ教父アウグスティヌスに師事[5][6]

キリスト教徒として見聞を深めるため各地を訪れた。師匠アウグスティヌスのかわりにエルサレムペラギウスと神学論争をかわした。帰国後、師匠アウグスティヌスのもとで数多くの神学、歴史書を書いた[7]

後年の生涯については全く不明である。いつ頃、死去したかについても分かっていない。研究者によれば、おそらく5世紀初頭と見られているが、証拠はまったくない。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ ほかにタラゴナア・コルーニャ(いずれも現在のスペイン)、ブルターニュ地方(現フランス)の諸説がある[2]

出典[編集]

  1. ^ Martínez Cavero 2002, pp. 26f., 56f.
  2. ^ Martínez Cavero 2002, pp. 22–25.
  3. ^ Martínez Cavero 2002, pp. 27f.
  4. ^ Martínez Cavero 2002, pp. 29–34.
  5. ^ [1]
  6. ^ 『角川世界史辞典』角川書店、2001年、169頁。 
  7. ^ "Paulus Orosius". Encyclopaedia Britannica. 2022年10月23日閲覧

参考文献[編集]

外部リンク[編集]