オットー・シュバルツ

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オットー・シュバルツ(Otto Karl Anton Schwarz、1900年4月29日 - 1983年4月7日)はドイツの植物学者である。イェーナ大学の講師、ドイツ民主共和国人民議会の議員を務めた。

略歴[編集]

ヴァイマルで職人の息子に生まれた。第一次世界大戦で1918年から兵役につき、ドイツ革命前後の兵士と労働者による評議会組織、労兵レーテのメンバーとなった。イェーナ大学、ハンブルク大学ベルリン大学で植物学を学び1927年にオーストラリアの植物の研究で学位を得た。1919年に自由社会主義青年団(Freie sozialistische Jugend、後にドイツ共産主義青年連盟:Kommunistischer Jugendverband Deutschlandsとなる)のメンバー、1923年にRoten Studentenbundes、1927年にドイツ共産党に入党した。1928年に帝国農林生物学研究所( Biologischen Reichsanstalt für Land- und Forstwirtschaft)の助手として働き、1931年から1934年の間はトルコイズミルの植物病理学研究所の教授、所長として働いた。1934年にドイツに戻ると過去の共産党員であったために起訴され、公職から追放された。1934年から1939年の間、ベルリン・ダーレム植物園、植物博物館で研究者助手として働いた。1939年から1944年の間、兵役につかされた。

1946年にドイツ共産党とドイツ社会民主党が合併して成立したドイツ社会主義統一党の党員となり、東ドイツ文化連盟に参加した。1946年からイェーナ大学の植物学の教授となり、チューリンゲン植物学会、チューリンゲン植物園の理事長を務めた。1951年から1958年の間、イェーナ大学の学長を務め、その他の公職も務めた。

1956年に愛国功労勲章(Vaterländischer Verdienstorden)、1980年にカール・マルクス勲章を受勲した。

イェナ大学の標本館に多くの標本を残した。International Plant Names Indexには341件の新種植物の同定と分類の記録が登録されている。

参考文献[編集]

  • Handbuch der Volkskammer der Deutschen Demokratischen Republik, 2. Wahlperiode. Kongress-Verlag Berlin, 1957
  • Handbuch der Volkskammer der Deutschen Demokratischen Republik, 3. Wahlperiode. Kongress-Verlag Berlin, 1959
  • Ekkehard Höxtermann: Schwarz, Otto. In: Wer war wer in der DDR? 5. Ausgabe. Band 2, Ch. Links, Berlin 2010, ISBN 978-3-86153-561-4.
  • Ekkehard Höxtermann: Schwarz, Otto Karl Anton. In: Neue Deutsche Biographie (NDB). Band 24, Duncker & Humblot, Berlin 2010, ISBN 978-3-428-11205-0, S. 8 f. (Digitalisat).
  • Asuman Baytop: Otto Schwarz'ın (1900–1983) Anadolu florasına katkıları (Otto Schwarz' Beiträge zur Pflanzenwelt Anatoliens). In: Osmanlı Bilimi Araştırmaları, Band 10, Nr. 1 (2008) (online). (Türkisch)
  • Harry Waibel: Diener vieler Herren : ehemalige NS-Funktionäre in der SBZ/DDR. Frankfurt am Main : Lang, 2011 ISBN 978-3-631-63542-1, S. 310


O.Schwarzは、植物の学名命名者を示す場合にオットー・シュバルツを示すのに使われる。命名者略記を閲覧する/IPNIAuthor Detailsを検索する。)