エイドリアン・ハーディ・ハワース

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
Adrian Hardy Haworth

エイドリアン・ハーディ・ハワース(Adrian Hardy Haworth、1767年4月19日 - 1833年8月24日)はイギリスの昆虫学者、植物学者、甲殻類学者である。

略歴[編集]

キングストン・アポン・ハルで生まれた。父親はハワース・オールド・ホール(現在も観光地として残る)の主人ベンジャミン・ハワースである。家庭教師に教育を受け、法律家となる教育を受けたが、仕事には興味を持たず、両親が没して、屋敷を相続した後は博物学の研究に専念した。1792年にチェルシーに移り、昆虫学者のウィリアム・ジョーンズと知り合い、感化をうけた。1798年にロンドン・リンネ協会の会員になり、ジョセフ・バンクスのライブラリや標本を閲覧し、キューガーデンを頻繁に訪れて、博物学を研究した。

1803年から1828年の間に刊行された著書の『イギリスの鱗翅類』("Lepidoptera Britannica")は1857年にヘンリー・ステイントン(Henry Tibbats Stainton)の『イギリスの蝶と我の手引き』("Manual of British Butterflies and Moths")が刊行されるまで、最も権威のある書籍であった。エビを専門にする甲殻類学者でもあった。王立昆虫学協会(Royal Entomological Society)の設立にも貢献いた。

30近くの新種生物を記載した。

多肉植物の属名、ハオルシア属Haworthia)や、ガの種、Celaena haworthiiに献名されている。

著作[編集]

参考文献[編集]

  • Robert Zander, Fritz Encke, Günther Buchheim, Siegmund Seybold (Hrsg.): Handwörterbuch der Pflanzennamen. 13. Auflage. Ulmer, Stuttgart 1984, ISBN 3-8001-5042-5