ウェストワード・ホー!

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ウェストワード・ホー!
ウェストワード・ホー!の位置(デヴォン内)
ウェストワード・ホー!
ウェストワード・ホー!
デヴォンにおけるウェストワード・ホー!の位置
人口 2,112人 
英式座標
SS426291
教区
ディストリクト
シャイア
カウンティ
リージョン
構成国 イングランドの旗 イングランド
イギリスの旗 イギリス
郵便地域 BIDEFORD
郵便番号 EX39
市外局番 01237
警察 デヴォン・アンド・コーンウォール
消防 デヴォン・アンド・サマセット
救急医療 サウス・ウェスタン
欧州議会 サウス・ウェスト・イングランド
英国議会
場所一覧
イギリス
イングランド
デヴォン
北緯51度02分24秒 西経4度14分10秒 / 北緯51.040度 西経4.236度 / 51.040; -4.236座標: 北緯51度02分24秒 西経4度14分10秒 / 北緯51.040度 西経4.236度 / 51.040; -4.236

ウェストワード・ホー!(Westward Ho!)イングランドデヴォンのバイドフォード近くにある海水浴場。A39道路でバーンステイプル、バイドフォード、ブードの町から行くことができる。ノーサム・バローズの南端に位置し、サドン・サンズとブラウントン・バローズの向かい、ビデフォード湾に西の方へ面している。選挙区の名前にもなっている。2011年の国勢調査における人口は2,112人であった[1]

名称[編集]

村の入り口を示す標識

ウェストワード・ホー!はその珍しい名前で有名である[2]。その名前はチャールズ・キングスレーの同名の小説に由来する。バイドフォードの近くが舞台となったこの小説はベストセラーとなり、起業家たちはその地域に観光開発の好機を得た。ポーツマス5代伯爵のアイザック・ニュートン・ウォロップが長を務めるノーザム・バローズ・ホテルとヴィラ・ビルディング・カンパニーが1863年に設立された。その設立趣意書にはこうある。

This Company has been formed for the erection of a Family Hotel, on an Estate purchased for the purpose immediately contiguous to Northam Burrows, and of Villas and Lodging Houses for Sale or Lease. The want of such accommodation has long been felt, and as no attempt to supply it has hitherto been made by individuals, it is deemed to be a legitimate project to be undertaken by a Company. The salubrity and beauty of the North of Devon have long been known and appreciated. Sir James Clark has placed it in the highest position for health-giving qualities; and the recent publication of Professor Kingsley's "Westward Ho" has excited increased public attention to the western part, more especially, of this romantic and beautiful coast. Nothing but a want of accommodation for visitors has hitherto prevented its being the resort of families seeking the advantages of sea bathing, combined with the invigorating breezes of the Atlantic....

そのホテルはウェストワード・ホー!ホテルと命名され、隣接するヴィラもその本の名前にちなんで名づけられた。さらなる開発が行われるにつれて、増えた宿泊施設もウェストワード・ホー!の名前を取得した[3][4]。したがって、この感嘆符は村の名前に意図的につけらけた部分である。このような名前の地名はブリテン諸島では唯一であり[5]カナダケベック州サン=ルイ=デュ=ア!・ア!とは感嘆符を持つ地名という特異性が共通している。

開発[編集]

1855年にキングスレーの小説が出版されてから 10年後にビクトリア朝の人々の海辺の休暇における熱を満たすために村の開発が始まった[6]。ユナイテッド・サービス・カレッジがこの村に1874年設立された。

中石器時代にまでさかのぼる貝殻と埋没林がウェストワード・ホー!の海岸線で発掘された[7]

休暇用のキャンプ場が閉鎖され、住宅と家屋が建てられたため、村はより住宅地となっている。かつてあった1つのキャンプはトービル・キャンプといい、まだやっている2つの主なキャンプはサーフデイ・ホリデイ。パークとブラディック・ホリデイ・センターという。

ウェストワード・ホー!の海岸からはトーとトリッジの河口に向かって

地理[編集]

ウェストワード・ホー!はそのサーフィンの海と、約3マイルに及ぶ小石や草原がひかれた、きれいな砂の長い広がりで知られています。バプテスト教会三位一体教会の2つの教会がある。

海の部分はエリア・オブ・アウトスタンディング・ナチュラル・ビューティーに指定されている北デボン・コーストに含まれている。

地質[編集]

ウェストワード・ホー!の海岸線にある岩石は、石炭期後期にあたる。バリスカン造山運動の間に岩は傾き、現在、それらは北と南に50〜70度の角度をもって沈んでいる。消波プラットフォームは、干潮時のテクトニクス活動の相と一緒のマルチスケール断層システムの一例である。

バイドフォード近くにあるキングスレーの像

スポーツ[編集]

イングランド及びウェールズで最も古いゴルフコースであるロイヤル・ノース・デボン・ゴルフ・クラブがある。他にはゴーカートのトラックやロックプールや潮でできるリドがある。

第二次世界大戦[編集]

適応されたベイリー橋はウェストワード・ホー!でマルベリー・ハーバー・プロジェクトの一環として試験された。パンジャンドラムは同様に多方面武器開発局によって試験された[8]

著名な住人[編集]

ラドヤード・キップリングは幼少期の数年間をウェストワード・ホー!で過ごし、ユナイテッド・サービス・カレッジに通った(のちに現在はハートフォードシャーにあるヘイリーベリー大学に吸収されている)。1899年に出版された彼の物語集であるStalky & Coはこの大学での経験をもとにしている。

内陸の風景

姉妹都市[編集]

ウェストワード・ホー!はフランスのモンドビルとドイツのビューデンシュテットと姉妹都市関係にある。

ポピュラー文化との関係[編集]

町での休暇についての夢を語るバンド、ハーフ・マン・ハーフ・ビスケットにその名前が貸されている。その歌はノーサム近くの村についても言及している。[9]

参考文献[編集]

  1. ^ Ward population 2011”. 2015年2月16日閲覧。
  2. ^ Symons, Mitchell (8 November 2012). The Bumper Book For The Loo: Facts and figures, stats and stories – an unputdownable treat of trivia. Transworld. p. 272. ISBN 978-1-4481-5271-1. https://books.google.com/books?id=Vnxaoks-vtAC&pg=PA272. 
  3. ^ Devon History Society, The ochidore and Westward Ho!
  4. ^ Westward Ho! History Group: Westward Ho! - The Beginning
  5. ^ “A wild West country walk”. London. (2007年2月11日). https://www.thetimes.co.uk/article/a-wild-west-country-walk-ns898jzscr8 2017年10月5日閲覧. "Westward Ho! is an invigorating starting point, because it's the only place in the British Isles with an exclamation mark." 
  6. ^ Kingsley, Charles (1855), Westward ho!, or, The voyages and adventures of Sir Amyas Leigh : knight, of Burrough, in the county of Devon, in the reign of Her Most Glorious Majesty Queen Elizabeth, Library of English literature, LEL 21079-80., Macmillan, OCLC 8813367 
  7. ^ Smith, P. (1983), “The investigation of a medieval shell midden in Braunton Burrows”, Proceedings of the Devon Archaeological Exploration Society (Devon Archaeological Exploration Society) 41, OCLC 220919032 
  8. ^ J.Evans, R.Walter, E.Palmer, 'A Harbour Goes To War: The Story Of Mulberry And The Men Who Made It Happen'. Publisher - South Machars Historical Society (2000), ISBN 1-873547-30-7. p. 37.
  9. ^ Urge for Offal - Westwood Ho!” (2015年12月28日). 2015年12月25日閲覧。

外部リンク[編集]