イノシマ全治6ヶ月

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イノシマ全治6カ月(いのしまぜんちろっかげつ、1982年8月18日 - )は、日本のお笑い芸人である(ピン芸人)。

愛知県瀬戸市出身[1]SHUプロモーションに所属。かつては石井光三オフィスに所属していた。本名:猪島一将(いのしま かずまさ)[2]

来歴・人物[編集]

中学生の時にダウンタウンに憧れ、部活で所属していたサッカー部の同級生とコンビを組み、練習後に後輩に漫才を披露していた。その後もずっと芸人になりたいと思い続け、愛知学泉大学3年生の時に本格的に芸人の道に進むことを決意し、上京[3]

デビューは2006年[1]。小松崎和也(元・朝倉小松崎、現・ハナイチゴ)とのコンビ『でこぼこビート』で活動した後、2007年12月から2009年1月まで『きまぐれカウンター』、2009年5月から同年末まで『千葉ダイブ』とそれぞれのコンビで活動。かつてのコンビ仲間に誘われて、2010年ドレミ倶楽部の結成に参加。ネタ作成を担当していたが、2012年3月末にドレミ倶楽部脱退(本人曰く、他の2人から“戦力外通告”を受けたとのこと)、その後はピンで活動[2]。フリーで活動した後、石井光三オフィス所属、その後、SHUプロモーション所属となる。

本名のイノシマに野球の遊撃手を表す数字の「6」を付けて芸名にしようとしたが、これだけではネットでの検索でなかなか出てこないと思った上で、「全治」と「ヶ月」を足して芸名とした[2]。この芸名から、ライブのアンケートで「イノシマの笑いも全治6ヶ月」と酷評されたり、ファンレターの宛名で「イノシマ余命6ヶ月様」と間違えられたこともあった[3]

趣味はゲーム、野球観戦(祖父と父の影響で、中日ドラゴンズの大ファン)、ボウリングプロ野球2003年の開幕前に中日球団が打線のニックネームを公募していたが、イノシマが応募した「ブルー・スリー打線」(この他にも同名の応募が数件あった)に決定したということがあった[4]

ゲーム実況を得意としている

ネタはショートコント中心である[1]

出演[編集]

ライブ[編集]

  • 石井光三オフィスアッパーズ
  • 100円すっとこ(大川興業主催ライブ)
  • ガブリヨリ(shuプロモーション主催ライブ)
  • サンミュージックゲットライブ
  • 太田プロジュニアライブ
  • ちかフォース

笑いの現象学

テレビ[編集]

  • NTV ニノさんSP!! 人類サミット
  • NTV 行列のできる法律相談所(再現VTR)
  • MX 東京オーディション(仮)
  • NTV 誰だって波瀾爆笑 ※トリオ時代
  • MX ネタ鑑定 ※トリオ時代
  • CM 富士急ハイランド(2009年) - ナレーション
  • CM DAKARA(2009年) - エキストラ
  • テレビ東京 サバイバル・キス(2018年)

CX SMAP×SMAP

TBS 検索ちゃん

その他[編集]

  • FF14チャンネルシーズン3(ニコニコ動画
  • ファミ通カドカワ
  • イノシマ全治6ヶ月の配信も全治6ヶ月(ニコニコ動画)
  • 笑劇ラフプレイ(大型ビジョン)
  • 中日スポーツ
  • お笑いポポロ

イノシマ全治6ヶ月の配信も全治6ヶ月(MIX CHANNEL)

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 【ビッくらぼんの365日・芸人日記(37)】ドラゴンズ愛を笑いに変えるピン芸人、イノシマ全治6ヶ月(1/5)”. サンケイスポーツ (2016年6月14日). 2016年6月16日閲覧。
  2. ^ a b c 【ビッくらぼんの365日・芸人日記(37)】ドラゴンズ愛を笑いに変えるピン芸人、イノシマ全治6ヶ月(2/5)”. サンケイスポーツ (2016年6月14日). 2016年6月16日閲覧。
  3. ^ a b 【ビッくらぼんの365日・芸人日記(37)】ドラゴンズ愛を笑いに変えるピン芸人、イノシマ全治6ヶ月(3/5)”. サンケイスポーツ (2016年6月14日). 2016年6月16日閲覧。
  4. ^ 【ビッくらぼんの365日・芸人日記(37)】ドラゴンズ愛を笑いに変えるピン芸人、イノシマ全治6ヶ月(4/5)”. サンケイスポーツ (2016年6月14日). 2016年6月16日閲覧。

外部リンク[編集]