アルド・チッコリーニ

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アルド・チッコリーニ
Aldo Ciccolini.JPG
撮影:2005年
基本情報
生誕 (1925-08-15) 1925年8月15日
出身地 イタリア王国の旗 イタリア王国 ナポリ
死没 フランスの旗 フランス (2015-02-01) 2015年2月1日(89歳没)
ジャンル クラシック音楽
職業 ピアニスト
担当楽器 ピアノ

アルド・チッコリーニAldo Ciccolini, 1925年8月15日 - 2015年2月1日[1])はフランス在住のイタリア人ピアニスト

経歴[編集]

ナポリ出身。16歳のときサン・カルロ劇場にデビューし、1949年パリロン・ティボー国際コンクールに優勝する。1969年にフランスに帰化し、1970年から1983年までパリ音楽院で教鞭を執った。

フランス近代音楽の解釈者ならびに擁護者として国際的に著名であり、サティドビュッシーのピアノ曲全集を録音している。ほかに、アルカンカスティヨンマスネセヴラックらの秘曲も録音している。

一方でリストの演奏でも名高い。パテ・マルコーニ社やEMIなどに100点以上の録音を残しており、中でもモーツァルトベートーヴェンピアノ・ソナタ全集が目立っている。

1999年12月9日に、フランスでの活動50周年を祝して、シャンゼリゼ劇場において記念リサイタルが催された。2002年には、ヤナーチェクのピアノ曲全集(アベイユ・ミュージック・レーベル)およびシューマンのピアノ曲集(カスカヴェル・レーベル)によってディアパソン・ドール賞を獲得。2006年にはやはりカスカヴェル・レーベルから、ベートーヴェンのソナタ全集が復刻された。

フランスアニエール=シュル=セーヌにて没。

文献[編集]

エピソード[編集]

速くより強くが奨励された業界の中にいたこともあってか、チッコリーニも若いころ速弾きの雄で知られていた。1956年2月8日にスイスロマンド放送局で録音したフリッチャイと共演したリストのピアノ協奏曲第二番は18分40秒で世界最速の録音[2]である。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 仏の世界的ピアニスト、チッコリーニさん死去 読売新聞 2015年2月2日
  2. ^ Concerto No. 2 / Symphonie no 1 etc.”. pastdaily.com. 2018年12月12日閲覧。