アリタリア航空112便墜落事故

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アリタリア航空 112便
Alitalia Flight 112 01.jpg
事故機の尾部
事故の概要
日付 1972年5月5日
概要 CFITパイロットエラー
現場 イタリアの旗 イタリア パレルモ県モンターニャ・ロンガイタリア語版[注釈 1]
乗客数 108
乗員数 7
死者数 115 (全員)
生存者数 0
機種 ダグラス DC-8-43
運用者 イタリアの旗 アリタリア航空
機体記号 I-DIWB
出発地 イタリアの旗 フィウミチーノ空港
目的地 イタリアの旗 パレルモ国際空港
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アリタリア航空112便墜落事故は、1972年5月5日にイタリア・シチリア島で発生した航空事故。ローマフィウミチーノ空港パレルモ国際空港[注釈 2]行のアリタリア航空112便(ダグラス DC-8-43)が、パレルモ国際空港の南西5キロ地点に墜落し、乗員乗客115人全員が死亡した[1]。この事故は、イタリアで発生した単独機の事故としては最悪で、イタリア航空史上リナーテ空港事故(2001年)に次いで死者の多い事故である。

事故機[編集]

同型機のDC-8

事故機のダグラス DC-8-43(C-GQPW)は、4基のロールス・ロイス コンウェイ 508-12エンジンを搭載しており、初飛行を1961年に行っていた[1]

事故の経緯[編集]

112便はローマを36分遅れで離陸した。その後、21時10分頃にパレルモ進入管制と交信した。

21時23分頃、112便はモンターニャ・ロンガイタリア語版の山頂から300フィートほど下の、標高935メートル(1980フィート) 付近に墜落した[2]。衝突後、主翼やエンジンが脱落し、分解しながら山を滑っていった。

事故原因[編集]

112便の事故現場

公式の報告書では事故原因は、マニュアルに従わなかったためのCFITだとした[3]

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 行政上はチーニジカリーニの市域にまたがる。
  2. ^ 別名プンタ・ライシ空港。1992年にファルコーネ-ボルセリーノ空港と改称された。

出典[編集]

  1. ^ a b Aircraft accident Duglas DC-8-43 Flight 112”. Aviation Safety Network. 2018年5月12日閲覧。
  2. ^ The Lowell Press. "Italy Jet Crash Kills 115." 9 May 1972.
  3. ^ Joint Safety Implementation Team (JSIT) (29 February 2000). Safer Skies: A Focused Safety Agenda. FAA. p. 4. オリジナルの2006年10月1日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20061001180003/http://www.faa.gov/safety/programs_initiatives/pilot_safety/safer_skies/gajsc/gajsc_documents/media/cfit.pdf.